あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第3章-4

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 帰りのタクシーで祐樹は寝てしまい、孝弘の肩にもたれかかってきた。
 そんな無防備で大丈夫かよと思ってしまう。海外でろくに知らない相手と出かけてタクシーで爆睡とか。どっかに連れ去られて売り飛ばされても知らねーぞ。
 寝顔を上からのぞいて、まつ毛の長さにはっとして、窓のそとに目を移した。
 乾いた大地がどんどん後ろへ流れていく。土埃が舞う道路の両脇には背の高い街路樹がずっと先まで続いている。高い建物がないから空が広い。
 
 肩に乗った頭の重さを感じながら、孝弘は落ち着かない気分になる。
 なんとなく見てはいけないような気がして、あえて窓の外を見つづけた。さっきちらりと見た祐樹の寝顔になぜこんなにドキッとするのかわからない。
 動揺してる? 何に動揺してるんだ? なんか色っぽい気がしたから? 
 男の寝顔を見て何思ってるんだか。でもきれいな顔だし。
 だからって、触れてみたいとか思うのはどうかしてるよな?

 孝弘が起きているのを見て、外国人が珍しいと運転手があれこれ話しかけてくる。気を紛らわそうと雑談につきあっていると、肩に乗った頭が動いた。
「ごめん、……寝てた。どのくらい経った?」
「1時間くらいかな。市内までまだかかるから、寝ててもいいけど」
「んー、1時間しか寝てないの? なんかめちゃめちゃよく眠れた気がする。肩ごめんね、重かった?」
「いや全然。それよりあしたは絶対筋肉痛になるから、風呂で足揉んで寝たほうがいいよ」
「あー、そうだね。ふくらはぎのとことか、すでに張ってる感じする」
 そういってジーンズ の上からふくらはぎあたりをさすっている。

「そういえば寮にはお風呂がないっていってたよね。うちで入っていく?」
 留学生寮にはシャワーしかないと話したのを覚えていたらしい。
「え……でも」
 ごく単純な親切心で言ってくれているのはわかる。でも初めての自宅訪問で、風呂を使わせてもらうってどうよ。
 これが留学生同士なら遠慮なく寮におじゃまするのだが、相手が社会人ということで孝弘もちょっとためらう。
 いいのかな、駐在員の家っていうとやっぱあーゆー感じの、と頭のなかで想像する。
「遠慮しなくていいよ、一人暮らしだし」
 孝弘がためらったのに気づいて、祐樹が再度誘った。
 それで、まあいいかと思った。
「じゃあ、ありがたく、寄らせてもらいます」

 祐樹の家は日本大使館近くの会社が用意した外国人用マンションだった。主に日本人が住んでいるらしい。日本式に玄関で靴を脱ぐようになっている。
「さすが広いなー」
「家族帯同用の部屋なんだけど、ここしか空いてなくて」
 3LDKらしいが、リビングにもキッチンにも物はほとんど置いてなくて、がらんとした印象だ。半年間の仮住まいならそんなものかもしれない。
 風呂に湯を張るあいだに、祐樹はコーヒーを用意する。
「ドリップパックだけどいい?」
「それ何? インスタントしか飲んだことない」
 孝弘の返事に、祐樹は中国にはまだないかもねと返した。

 テーブルの上を見たら、マグカップの上にフィルター入りの粉をそのままセットしている。コーヒーミルもフィルターもいらない。なるほど、確かに便利だ。
「へえ、こういうの初めて見た」
 中国にもあるのかもしれないが、大衆向けではないだろう。コーヒーそのものがまだ一般民衆に浸透しているとはいえないのだ。

 北京市民が一般的によく飲むのは白湯で、次に茶葉を入れっぱなしの:花茶(ホァチャ)(ジャスミン茶)だ。食堂でも白湯が一般的で、中国人と一緒のときにコーヒーを飲んだことは孝弘にはなかった。
「お湯を注ぐだけだからインスタントと手間は同じだけど、インスタントよりはおいしいよ」
 じっと淹れるところを見ていると、ゆっくりとお湯を注いでいた祐樹がくすくす笑う。
「中国コーヒー思い出しちゃった」
「ああ、北京飯店?」
「うん。五つ星ホテルのカフェって初めて行ったけど、それであのコーヒーって」
 こらえきれなくなったようで、声を上げて笑い出す。
「いい思い出になった?」
「ほんとだよ、一生忘れない気がするよ」
 そのフレーズにどきっととした。一生忘れない。そんな強く印象に残ったのか。
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