21 / 112
第5章-2
しおりを挟む
祐樹に目を戻した孝弘はシャツの胸ポケットに赤い箱が入っているのに気づいた。中国たばこだ。赤い箱なら中華か北京か紅塔山か。ていうか吸うんだ。
ちょっと意外な気がする。何度か会って、けっこう長時間一緒に過ごしたが、祐樹は一度もたばこを口にしなかった。だからてっきり非喫煙者だと思っていた。
「たばこ、吸うんだ?」
胸ポケットをさして問うと、ああと言いながら首を横にふった。
「接待たばこだよ」
「接待たばこ?」
話を聞くと、中国人との話のきっかけにたばこを勧めるのに使っているようで、自分で吸うためではないらしい。
先輩駐在員の教えだといい、面子たばことして相手からもらった場合は、吸わなくても断らずにふかさなければいけないのがちょっと面倒、と顔をしかめた。
へえ、知らなかった。会社員の世界にはそんな習慣があったのか。
「どうする? 高橋さん、もう帰る?」
グラスが空いたところで訊くと、うなずいたので孝弘も一緒に店を出た。騒がしかった店から出ると、外は驚くくらい静かに感じる。
時計を見ると深夜2時。
「ここ、よく来るの?」
「月イチくらい? 誘われたら来るって感じ。北京にはこういう店はほとんどないから、洋楽好きとか踊るのが好きな留学生はけっこう来てる。日本人より欧米人のほうが多いかもね」
ホテルのロビーまで出て、タクシー乗り場へ向かう。
「タクシーだよね? こんな時間に寮に入れるの?」
「門限は12時だから正面のドアは閉まってるけど、まあなんとかなるかな」
「なんとかって?」
「1階の洗面所の窓のカギ、壊れかかってるんだ。たいてい開いてるか、開いてなくても外からたたくと開く」
それを聞いて祐樹は微妙な顔をした。
不用心なと思ったのか、そんな泥棒みたいなこととでも思ったのか。
「よかったら、うちに泊まる?」
「女の子は連れ帰らないのに?」
孝弘の冗談に、祐樹はそうだねと声を上げて笑う。
「さっきの小姐(おねえさん)より上野くんのほうが好みかな」
その軽口にドキッとする。
「いいの? 迷惑じゃない?」
「べつに。あした休みだしゴルフの予定もないし。上野くんがよければ」
何の下心も感じられない口ぶりだった。ごく単純に遅くなったから泊まっていけばと友人を誘うテンションだ。
当たり前だ、男相手にどんな下心を持つんだか。
思ったより酔ってんのかな。でもなにげに上野くんのほうが好みとか言われたし。いやいや、初対面の小姐よりはってことだろ。
やっぱり酔ってるだろ、俺。
コロ ナビール2杯とカクテル2杯ってけっこうキてる?
きょうは祐樹がタクシーのドアを開け、孝弘を乗せてドアを閉め、ホテルから十分もかからずマンションに着いた。
目が覚めると薄いカーテンから日が差し込んでいた。
一瞬、どこだっけ?と思い、ああそうかと思い出す。高橋さんちに泊めてもらったんだっけ。
腕時計を見ると9時を過ぎたところで、リビングに行くと祐樹はすでに起きて、ソファで雑誌を読んでいた。テレビからは英語のニュースが聞こえてくる。
祐樹は昨夜見た部屋着のままで、休日のゆるい感じがいいなと思う。
「おはよう、よく眠れた?」
孝弘の顔を見て、にっこり笑う。
「おはよ。寮のベッドより寝心地よくって一瞬で落ちた」
「よかった。朝ごはん、食べる人?」
ソファから立ち上がった祐樹がキッチンに入っていく。
「いつも食べるよ。屋台の軽食だけど」
「いいね、北京の朝ごはんって感じ」
安くて手軽なので家で食事をするよりも路上の屋台で食べたり、軽食を買って職場で食べるほうが多いのだ。
「高橋さんが作るの?」
「作るっていうか、毎日、同じメニューなんだけど。おれもまだだから一緒に食べよう」
そういって祐樹が出してきたのは、なぜか鍋敷きとお玉と汁椀だった。
ふしぎに思ったが、顔洗っておいでといわれて洗面所に向かう。
顔を洗ってからキッチンを覗くと、沸騰した土鍋のなかで豆腐がふわふわ浮いていた。そこに薄切り豚肉ともやしを入れてふたをする。
え、朝から鍋?
それが顔に出ていたのだろう、祐樹はすました顔で微笑む。
「基本、鍋なんだ。肉も魚も野菜もキノコもなんでも入れられて、味付けも適当でいいから」
ふたをあけて最後にうどんを入れると、ポン酢の瓶を渡された。
それをテーブルに運び、祐樹が鍋を運んでできあがり。
テーブルのうえの朝ごはんを見て、孝弘はとうとう我慢できず吹きだした。
「高橋さん、おもしろすぎ」
日本でも中国に来てからもあちこち外泊はしているが、朝ごはんに鍋を出されたのは初めてだ。
遠慮なくげらげら笑う孝弘をみても祐樹は気を悪くした様子もなく「料理、苦手なんだよね」とあっけらかんとしている。
聞けば朝も夜も外食でない日はだいたい鍋だという。
「坦々風に辛めにしたり、和風だしにしたり、こんな感じでポン酢とかごまだれとかで、とにかく適当な具を入れて煮るだけ。この国で外食続くと胃が疲れるし、あっという間に太りそうだから」
朝から鍋なんてと思ったが、豆腐ともやしと豚肉のシンプルな鍋はけっこうあっさり胃におさまってしまい、意外とありかもなあと感心した。
包子や油条(揚げパン)ですませるより、よほどバランスがいい。
「ごちそうさまでした。おいしかった」
「うん、お粗末でした」
食後には熱いほうじ茶と塩昆布が出されて、その渋い好みにまた爆笑する。
祐樹は相変わらず、つくったすまし顔だ。
朝は優雅にスクランブルエッグにサラダにクロワッサンとかいいそうな見た目とのギャップにかなりやられた。
ちょっと意外な気がする。何度か会って、けっこう長時間一緒に過ごしたが、祐樹は一度もたばこを口にしなかった。だからてっきり非喫煙者だと思っていた。
「たばこ、吸うんだ?」
胸ポケットをさして問うと、ああと言いながら首を横にふった。
「接待たばこだよ」
「接待たばこ?」
話を聞くと、中国人との話のきっかけにたばこを勧めるのに使っているようで、自分で吸うためではないらしい。
先輩駐在員の教えだといい、面子たばことして相手からもらった場合は、吸わなくても断らずにふかさなければいけないのがちょっと面倒、と顔をしかめた。
へえ、知らなかった。会社員の世界にはそんな習慣があったのか。
「どうする? 高橋さん、もう帰る?」
グラスが空いたところで訊くと、うなずいたので孝弘も一緒に店を出た。騒がしかった店から出ると、外は驚くくらい静かに感じる。
時計を見ると深夜2時。
「ここ、よく来るの?」
「月イチくらい? 誘われたら来るって感じ。北京にはこういう店はほとんどないから、洋楽好きとか踊るのが好きな留学生はけっこう来てる。日本人より欧米人のほうが多いかもね」
ホテルのロビーまで出て、タクシー乗り場へ向かう。
「タクシーだよね? こんな時間に寮に入れるの?」
「門限は12時だから正面のドアは閉まってるけど、まあなんとかなるかな」
「なんとかって?」
「1階の洗面所の窓のカギ、壊れかかってるんだ。たいてい開いてるか、開いてなくても外からたたくと開く」
それを聞いて祐樹は微妙な顔をした。
不用心なと思ったのか、そんな泥棒みたいなこととでも思ったのか。
「よかったら、うちに泊まる?」
「女の子は連れ帰らないのに?」
孝弘の冗談に、祐樹はそうだねと声を上げて笑う。
「さっきの小姐(おねえさん)より上野くんのほうが好みかな」
その軽口にドキッとする。
「いいの? 迷惑じゃない?」
「べつに。あした休みだしゴルフの予定もないし。上野くんがよければ」
何の下心も感じられない口ぶりだった。ごく単純に遅くなったから泊まっていけばと友人を誘うテンションだ。
当たり前だ、男相手にどんな下心を持つんだか。
思ったより酔ってんのかな。でもなにげに上野くんのほうが好みとか言われたし。いやいや、初対面の小姐よりはってことだろ。
やっぱり酔ってるだろ、俺。
コロ ナビール2杯とカクテル2杯ってけっこうキてる?
きょうは祐樹がタクシーのドアを開け、孝弘を乗せてドアを閉め、ホテルから十分もかからずマンションに着いた。
目が覚めると薄いカーテンから日が差し込んでいた。
一瞬、どこだっけ?と思い、ああそうかと思い出す。高橋さんちに泊めてもらったんだっけ。
腕時計を見ると9時を過ぎたところで、リビングに行くと祐樹はすでに起きて、ソファで雑誌を読んでいた。テレビからは英語のニュースが聞こえてくる。
祐樹は昨夜見た部屋着のままで、休日のゆるい感じがいいなと思う。
「おはよう、よく眠れた?」
孝弘の顔を見て、にっこり笑う。
「おはよ。寮のベッドより寝心地よくって一瞬で落ちた」
「よかった。朝ごはん、食べる人?」
ソファから立ち上がった祐樹がキッチンに入っていく。
「いつも食べるよ。屋台の軽食だけど」
「いいね、北京の朝ごはんって感じ」
安くて手軽なので家で食事をするよりも路上の屋台で食べたり、軽食を買って職場で食べるほうが多いのだ。
「高橋さんが作るの?」
「作るっていうか、毎日、同じメニューなんだけど。おれもまだだから一緒に食べよう」
そういって祐樹が出してきたのは、なぜか鍋敷きとお玉と汁椀だった。
ふしぎに思ったが、顔洗っておいでといわれて洗面所に向かう。
顔を洗ってからキッチンを覗くと、沸騰した土鍋のなかで豆腐がふわふわ浮いていた。そこに薄切り豚肉ともやしを入れてふたをする。
え、朝から鍋?
それが顔に出ていたのだろう、祐樹はすました顔で微笑む。
「基本、鍋なんだ。肉も魚も野菜もキノコもなんでも入れられて、味付けも適当でいいから」
ふたをあけて最後にうどんを入れると、ポン酢の瓶を渡された。
それをテーブルに運び、祐樹が鍋を運んでできあがり。
テーブルのうえの朝ごはんを見て、孝弘はとうとう我慢できず吹きだした。
「高橋さん、おもしろすぎ」
日本でも中国に来てからもあちこち外泊はしているが、朝ごはんに鍋を出されたのは初めてだ。
遠慮なくげらげら笑う孝弘をみても祐樹は気を悪くした様子もなく「料理、苦手なんだよね」とあっけらかんとしている。
聞けば朝も夜も外食でない日はだいたい鍋だという。
「坦々風に辛めにしたり、和風だしにしたり、こんな感じでポン酢とかごまだれとかで、とにかく適当な具を入れて煮るだけ。この国で外食続くと胃が疲れるし、あっという間に太りそうだから」
朝から鍋なんてと思ったが、豆腐ともやしと豚肉のシンプルな鍋はけっこうあっさり胃におさまってしまい、意外とありかもなあと感心した。
包子や油条(揚げパン)ですませるより、よほどバランスがいい。
「ごちそうさまでした。おいしかった」
「うん、お粗末でした」
食後には熱いほうじ茶と塩昆布が出されて、その渋い好みにまた爆笑する。
祐樹は相変わらず、つくったすまし顔だ。
朝は優雅にスクランブルエッグにサラダにクロワッサンとかいいそうな見た目とのギャップにかなりやられた。
12
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~
結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】
愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。
──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──
長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。
番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。
どんな美人になっているんだろう。
だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。
──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。
──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!
──ごめんみんな、俺逃げる!
逃げる銀狐の行く末は……。
そして逃げる銀狐に竜は……。
白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる