あの日、北京の街角で

ゆまは なお

文字の大きさ
22 / 112

第5章-3

しおりを挟む
 食後、祐樹の語学の課題につきあっているうちにいま話題のドラマの話になり、見ていないというのでVCDを買いに行くことになった。
 こちらのテレビドラマやVCDは基本的に字幕が出るので、中国語学習者にはなかなか便利だ。
「上野くんと一緒のときでないとバスには乗れそうもないから、路線バスで行きたい」という祐樹の希望でバスに乗ることになる。

 バスの乗り方自体は特に難しいものではない。
 日本と違うのは切符売りの車掌が乗っているところだ。客は乗ったら車掌に降りる駅を告げて切符を買うが、それがとても早口で愛想のない態度なのだ。
 もう一点、不慣れな祐樹を怯ませる要因は、路線によってはかなりの混雑で、並んで乗るとか降りる人が優先という習慣がないため、力ずくで乗り降りしなければならないことだ。
 初めてのバスだという祐樹はものめずらしそうにしていたが、バスを降りた途端くすくす笑い出した。

「どうかした?」
「車掌が、切符買ったかどうかチェックする目つきがすごくて」
 混んでいると買わずにすませる無賃乗車がけっこういるので、車掌たちはみな目つき鋭く語気も荒い。
 そして無賃乗車ではないかと疑ったときの詰問の鋭さときたら、孝弘が聞いても恐ろしいくらいにけんか腰なのだが、客もそれに負けずに言い返す。
 払っている場合は当然として、払っていなくてもものすごい怒鳴り合いになったりとなかなかの見ものになるのだ。
 そんな面倒を避けるために、切符はなくさないでと念を押して祐樹に渡してあった。それを手の中で揺らしながら、しかもこれすっごいペラペラだし、唇につけてる人がいるしとまだ笑っている。

「上野くんと出かけると発見が多くて楽しいよ」
 切符を買ったという証明にそれを唇に張り付けいているのもよくある光景なのだが、路線バス初体験の祐樹には新鮮だったようだ。
「それはなにより」
「うん、接待ゴルフや賭け麻雀の十倍は楽しい」
 麻雀はともかく、接待ゴルフがどのくらい楽しいものか想像もつかないが、その十倍楽しいというのだからうれしくなる。
 バスに乗ったくらいでそんなにも楽しいなら、次はどこへ連れていこうかなどとつい考えてしまう。

「そういえば、こっちの麻雀牌ってすごく大きいね」
 ふーん、麻雀とかするんだ、いやするよな、麻雀くらい。でも祐樹が雀卓に座っている図というのは何となく想像しにくかった。
 とはいえ男兄弟で育ったせいか、実際話してみたら見た目を裏切る男っぽさがあったりするし。
「ああ、日本の4倍くらいあるかな。寮で使ってるやつ、貰い物なんだけど、半透明の赤いやつにきれいな模様が入ってて、パッと見ゼリーかケーキに見える」
「なんかおいしそう。大きくてびっくりしたけど意外と積みやすいし、摸牌モーパイしやすいよね」

 麻雀談義をしながら孝弘が連れて行ったのは、学生がよく買物に行く海淀区のVCDや音楽CDの店が軒を連ねている路地だ。
 とにかく安く色々な国の映画のVCDや音楽CDがところ狭しと積んであり、無許可の翻訳漫画やアニメや怪しげな洋物AVまで、とにかくごちゃごちゃした界隈で、駐在員が足を踏み入れることはほとんどないだろう。

「マンションにあったデッキで再生できるよ。中国はPAL方式だから日本に持って帰っても多分映らないと思うけど」
 日本はNTSC方式なので放送方式の切換えのない機器では再生できない。
「こっちで再生できれば大丈夫。ていうか、こんな安いの?」
「基本、假版ジャアパン(海賊版)だからね。たまに再生できない不良品もあったりするよ」
「やっぱり海賊版が多いの?」
 その質問に孝弘はちょっと眉を寄せた。
「ていうかそもそも正規品なんてここでは見たことない気がするけど」
「そっか。それはそれで著作権を考えると問題だな。まあ、学習者としてはありがたいけど」

 孝弘も来たついでに物色していると祐樹が訊ねた。
「テレビ、ないんじゃなかった?」
「俺の部屋にはないけど、持ってる奴がけっこういるから、そこで見せてもらう」
「いいね、寮生活ってやっぱり楽しそう」
「高橋さんは大学は通いだったの?」
「うん。四人目だから学費だけでも親は大変だったと思うよ」
「そっか。あ、これすごく面白いよ」
 祐樹は孝弘のお勧めを訊きながら、VCDを十枚ほど購入した。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

処理中です...