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第6章-1 期間限定の恋
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昼食は夕べのお礼に孝弘が店を選んだ。俺がおごるからと最初に宣言すると「中国方式だね」と祐樹は文句をいわなかった。
中国には割り勘という考え方がなく、基本的に地位のあるほう、収入のあるほうが払う習慣だ。
あるいは誘ったほうが払うという暗黙の了解があり、誘われたほうが金を出そうものなら誘った側は面子をつぶされたと大騒ぎになる。
「高橋さん、羊肉(ヤンロウ)はいける?」
「けっこう好き。日本では食べたことなかったけどね」
孝弘もそうだった。羊を食べたのは北京に来てからだ。
「ウイグル料理って食べたことある?」
「ないよ。ウイグル族って西のほうの少数民族だよね? ウイグル族自治区だっけ?」
「そう。去年の夏休みにぞぞむに誘われて、シルクロードの旅行にいったんだ。そこで食べた料理がうまくてさ、けっこうハマって北京戻ってからも食べに行ったりしてて」
何度か行って顔なじみになった新疆食堂に行き、メニューを広げて祐樹に見せる。上から下まで目を走らせた祐樹は「知ってる料理があまりないね」と笑って孝弘に任せた。
「じゃあ、適当に頼むね。烤羊肉串儿、抓飯、大盘鸡、拌麺、あ、ビール飲む?」
「要冰的(冷えたやつね)」
オーダーしながらの問いに祐樹が笑って答える。
発音は完璧だった。
冷たい燕京啤酒が出てきた。
「これ、おいしいね。ジャガイモがほくほくしてて、鶏肉も味しみてて。このピラフみたいなのも好き」
「そうそう、この大盘鸡にはまってこの店に来てんの。こっちの抓飯て、つかむめしって意味の漢字なんだけど、現地の人は手でつかんで食べるからこういうんだって」
人参でオレンジ色にそまったご飯の上に、ごろんと大きな羊の骨付き肉がのったピラフを取り分ける。
日本人旅行者が持っていたガイドブックによるとポロと訳されていたが、そんな言葉は聞いたことがなかったし、そもそも日本にウイグル料理があるのか孝弘は知らない。
四品は多いかもと思ったが、見た目の細さに反して祐樹がしっかり食べることは知っていたので、ちょうどよかったようだ。
「高橋さん、見た目のわりに食べるよね」
「言ったでしょ、男ばっか四人兄弟だって。食事もバトルだったから、とにかくたくさん早く食べなきゃってがっついてる感じだったんだよ」
兄三人と囲む食卓を想像すると、なかなか大変そうだ。
そのせいで、かなりの早食いだったのを、大学生くらいで自覚してゆっくり食べる練習をしたらしい。
祐樹に早食いを指摘したのはたぶん彼女だろうなと思ったが、孝弘は口には出さなかった。
「そうそう、うちは高校生になると週に一回食事当番があってね、おれの料理が鍋に定着したのはその時だね。ろくに料理なんかできないから、鍋なら野菜と肉切って入れればいいやっていう安易な考えで始まったんだった」
祐樹のおおざっぱな性格がよくあらわれているエピソードだ。
兄弟のいない(正確には今は二人もいるのだが)孝弘には高橋家の話はどれも新鮮だった。
「お兄さんたちも?」
「上二人はけっこう器用でちゃんと料理だったなあ。っていってもチャーハンとか焼肉丼とかからあげとか男メシだね、すぐ上の兄は麺ばっか作ってた。パスタとかラーメンとか焼きそばとか。パスタはけっこううまかったな、いろんなソース作ってくれて。でもだし変えてとにかく鍋っていう俺とどっこいだったのかも、いま考えたら」
男ばかりの兄弟でキッチンに立つ姿を想像したら、なかなか楽しそうな家庭なのがよくわかった。サバイバルな日々だったというが、それでもきっと兄弟仲もよかったんだろう。
高1まで父子家庭だった孝弘にはちょっとうらやましい気もした。もし兄がいたら、こんな感じだったんだろうか。
「お母さんは?」
「俺たちが作ると男メシだから、残りは母親がまともな食事、作ってくれてた。焼き魚とか煮物とか。母親も毎日作るのが大変だったんだろうね、食事当番はあんたたちの自立のためよなんて言ってたけど」
「お母さんて、高橋さんに似てる?」
「うん、似てるっていわれる。でもとくに女顔だとは思えないんだけど」
「高橋さんは女性っぽく見えないけど、顔だちがすごくきれいだと思う。でも行動は男らしくてかっこいいけど。あ、でも甘え上手って感じもするな」
孝弘はなにも考えていなかった。
祐樹があっけにとられた顔になったのを見て、しまったとあせる。ただ思ったことをストレートに言ってしまい、ストレート過ぎたと思うがフォローのしようがなかった。
孝弘のあせりまくった顔を見て、祐樹が楽しそうに笑い出した。それでほっとした。
「いやいや、お褒めにあずかり光栄です。でも甘え上手ってなに」
くすくすとまだ笑っている。
「いやなんか、つい面倒見ちゃうというか、自然と頼られてる気がするというか。年上なのに失礼か。えーと、中国歴のせいだと思うけど」
「ああ、末っ子気質なのかも。上に面倒みられ慣れてて、ちゃっかり者だって言われたことあるな」
反対に長男気質というか自立した一人っ子気質の孝弘は、祐樹の世話を焼くのが案外楽しい。中国初心者の祐樹を見ていると自分もああだったと思い出す。
中国には割り勘という考え方がなく、基本的に地位のあるほう、収入のあるほうが払う習慣だ。
あるいは誘ったほうが払うという暗黙の了解があり、誘われたほうが金を出そうものなら誘った側は面子をつぶされたと大騒ぎになる。
「高橋さん、羊肉(ヤンロウ)はいける?」
「けっこう好き。日本では食べたことなかったけどね」
孝弘もそうだった。羊を食べたのは北京に来てからだ。
「ウイグル料理って食べたことある?」
「ないよ。ウイグル族って西のほうの少数民族だよね? ウイグル族自治区だっけ?」
「そう。去年の夏休みにぞぞむに誘われて、シルクロードの旅行にいったんだ。そこで食べた料理がうまくてさ、けっこうハマって北京戻ってからも食べに行ったりしてて」
何度か行って顔なじみになった新疆食堂に行き、メニューを広げて祐樹に見せる。上から下まで目を走らせた祐樹は「知ってる料理があまりないね」と笑って孝弘に任せた。
「じゃあ、適当に頼むね。烤羊肉串儿、抓飯、大盘鸡、拌麺、あ、ビール飲む?」
「要冰的(冷えたやつね)」
オーダーしながらの問いに祐樹が笑って答える。
発音は完璧だった。
冷たい燕京啤酒が出てきた。
「これ、おいしいね。ジャガイモがほくほくしてて、鶏肉も味しみてて。このピラフみたいなのも好き」
「そうそう、この大盘鸡にはまってこの店に来てんの。こっちの抓飯て、つかむめしって意味の漢字なんだけど、現地の人は手でつかんで食べるからこういうんだって」
人参でオレンジ色にそまったご飯の上に、ごろんと大きな羊の骨付き肉がのったピラフを取り分ける。
日本人旅行者が持っていたガイドブックによるとポロと訳されていたが、そんな言葉は聞いたことがなかったし、そもそも日本にウイグル料理があるのか孝弘は知らない。
四品は多いかもと思ったが、見た目の細さに反して祐樹がしっかり食べることは知っていたので、ちょうどよかったようだ。
「高橋さん、見た目のわりに食べるよね」
「言ったでしょ、男ばっか四人兄弟だって。食事もバトルだったから、とにかくたくさん早く食べなきゃってがっついてる感じだったんだよ」
兄三人と囲む食卓を想像すると、なかなか大変そうだ。
そのせいで、かなりの早食いだったのを、大学生くらいで自覚してゆっくり食べる練習をしたらしい。
祐樹に早食いを指摘したのはたぶん彼女だろうなと思ったが、孝弘は口には出さなかった。
「そうそう、うちは高校生になると週に一回食事当番があってね、おれの料理が鍋に定着したのはその時だね。ろくに料理なんかできないから、鍋なら野菜と肉切って入れればいいやっていう安易な考えで始まったんだった」
祐樹のおおざっぱな性格がよくあらわれているエピソードだ。
兄弟のいない(正確には今は二人もいるのだが)孝弘には高橋家の話はどれも新鮮だった。
「お兄さんたちも?」
「上二人はけっこう器用でちゃんと料理だったなあ。っていってもチャーハンとか焼肉丼とかからあげとか男メシだね、すぐ上の兄は麺ばっか作ってた。パスタとかラーメンとか焼きそばとか。パスタはけっこううまかったな、いろんなソース作ってくれて。でもだし変えてとにかく鍋っていう俺とどっこいだったのかも、いま考えたら」
男ばかりの兄弟でキッチンに立つ姿を想像したら、なかなか楽しそうな家庭なのがよくわかった。サバイバルな日々だったというが、それでもきっと兄弟仲もよかったんだろう。
高1まで父子家庭だった孝弘にはちょっとうらやましい気もした。もし兄がいたら、こんな感じだったんだろうか。
「お母さんは?」
「俺たちが作ると男メシだから、残りは母親がまともな食事、作ってくれてた。焼き魚とか煮物とか。母親も毎日作るのが大変だったんだろうね、食事当番はあんたたちの自立のためよなんて言ってたけど」
「お母さんて、高橋さんに似てる?」
「うん、似てるっていわれる。でもとくに女顔だとは思えないんだけど」
「高橋さんは女性っぽく見えないけど、顔だちがすごくきれいだと思う。でも行動は男らしくてかっこいいけど。あ、でも甘え上手って感じもするな」
孝弘はなにも考えていなかった。
祐樹があっけにとられた顔になったのを見て、しまったとあせる。ただ思ったことをストレートに言ってしまい、ストレート過ぎたと思うがフォローのしようがなかった。
孝弘のあせりまくった顔を見て、祐樹が楽しそうに笑い出した。それでほっとした。
「いやいや、お褒めにあずかり光栄です。でも甘え上手ってなに」
くすくすとまだ笑っている。
「いやなんか、つい面倒見ちゃうというか、自然と頼られてる気がするというか。年上なのに失礼か。えーと、中国歴のせいだと思うけど」
「ああ、末っ子気質なのかも。上に面倒みられ慣れてて、ちゃっかり者だって言われたことあるな」
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