26 / 112
第7章-2
しおりを挟む
初夏の北京はさらりと乾燥した空気が心地いいが、湿度がないため夜は意外と冷える。薄手のパーカーを羽織った祐樹は、電球に照らされた屋台を見て懐かしそうに目を細めた。
東安門夜市は王府井大街からすぐなので、観光客だけでなく夕涼みの北京っ子も多い。
「日本のお祭りみたいだね」
祐樹が子供みたいな笑顔ではしゃぐせいか、孝弘もつられて笑顔になる。
「生ものはやめておきなよ。慣れてない人は絶対ハラ壊すから。肝炎もやばいし」
「やっぱり屋台ってそんなに危険? どれなら大丈夫?」
「揚げ物とか炒めものとか……、火を通したものなら。デザート系はよく注意して」
「具体的には?」
すこし不安げな顔になった祐樹に孝弘はしれっと答えた。
「さそりの唐揚げとかひとでのゆでたのとか、ザリガニの炒め煮とかは大丈夫」
祐樹が目を丸くして孝弘を振り返る。
「冗談だよね?」
「いや、マジで。ほら」
指さした先の露店の店先に本当にさそりもひとでもザリガニも鎮座していた。祐樹はまじまじとそれを見て、おそるおそる訊ねた。
「上野くんは食べたことあるの?」
「もちろん」
孝弘はそう言って微笑むだけであるともないとも言わない。孝弘のすまし顔をじっと覗きこんで、祐樹は手の甲でとんと胸を叩いた。
「嘘でしょ。ないよね?」
「ばれたか」
孝弘はいたずらっぽく笑って祐樹の肩を小突いた。祐樹に見つめられて、どきどきしたのをごまかすように視線を外す。
「でも友達が食べて、ひとでってウニそっくりの味って言ってたよ」
「うーん、でもひとでだしねぇ」
ゆでひとでの屋台を横目に通り過ぎる。ほどなく今度はセミの幼虫の唐揚げが大量に揚げられているのに祐樹がおののいた。
六月から七月までの期間限定の珍味で、栄養価が高いので中国人には人気の一品だ。
「学食でも出るよ」
「中国の学食のメニューは幅広いね」
苦笑交じりに祐樹はそうコメントした。
「ああいうカット果物も包丁やまな板がきれいじゃないから、あんまりお勧めしない。ジュースも氷入りはダメ、どんな水使ってるかわからないから」
祐樹は神妙な顔でうなずいた。
こういう素直なところ、かわいいよな。孝弘のほうが年下だけれど、中国生活が長い孝弘の注意をちゃんと聞いてくれる。
「そっか、火を通してないもんね」
ゆっくり屋台を物色していた祐樹が、孝弘のシャツの袖を引いた。
「あ、あれ焼きそばそっくり」
祐樹が指さした先には、炒麺の屋台。鉄板の上でじゅうじゅう音をたてている様子は日本の焼きそばとほぼ同じだ。
「炒め物はいいんだっけ?」
「ああ、あれなら平気」
孝弘が許可を出したので、祐樹は屋台に寄って行った。
「要一个。多少钱?(一つください、いくら?)」
語学学習は順調に進んでいるのか、なかなかの発音だ。
孝弘は近くで祐樹の買い物を見守っている。焼きそばを手にした祐樹は、孝弘のなにか企んでいるようないないような微妙な表情に気づいて、すこし警戒する口ぶりで訊ねた。
「なに?」
「いや、俺も買ったことあるよ、それ。食べなよ」
そういわれて、ひと口、口にした途端。
「まっず!!」
祐樹は目を丸くして口元を押さえている。思わず吐き出しそうになるほど予想外の味だったはずだ。
「何、これ」
ソース味じゃないのは当然だが、しょう油でもなくオイスターソースでもなく、何ともふしぎな味つけなのだ。何を入れたらこんな珍妙な味ができ上がるのか。
見た目と味のギャップに頭がついていけないらしく、顔をしかめて驚く祐樹に、孝弘がこらえきれずに吹きだした。
「知ってたね、上野くん」
祐樹は恨みがましい目で孝弘をにらむ。
「言っただろ、俺も買ったことあるって」
「もう、教えてくれたらいいのに」
「いやいや、体験学習が大事かと」
「……厳しい先生でありがたいです」
そう言いながら、祐樹も声を上げて笑い出す。
「いや、ホント驚くよ、こんな味とは思わなかった。さすが一筋縄ではいかないね」
炒麺を手に笑いころげる祐樹に、孝弘も「だろ?」と明るく笑う。
「ほら、まだまだ先があるから」
孝弘が先を促す。
「この先は何があるのか、楽しみになってきたよ」
まだ笑いがおさまらない祐樹がぽんと孝弘の肩を叩いた。
東安門夜市は王府井大街からすぐなので、観光客だけでなく夕涼みの北京っ子も多い。
「日本のお祭りみたいだね」
祐樹が子供みたいな笑顔ではしゃぐせいか、孝弘もつられて笑顔になる。
「生ものはやめておきなよ。慣れてない人は絶対ハラ壊すから。肝炎もやばいし」
「やっぱり屋台ってそんなに危険? どれなら大丈夫?」
「揚げ物とか炒めものとか……、火を通したものなら。デザート系はよく注意して」
「具体的には?」
すこし不安げな顔になった祐樹に孝弘はしれっと答えた。
「さそりの唐揚げとかひとでのゆでたのとか、ザリガニの炒め煮とかは大丈夫」
祐樹が目を丸くして孝弘を振り返る。
「冗談だよね?」
「いや、マジで。ほら」
指さした先の露店の店先に本当にさそりもひとでもザリガニも鎮座していた。祐樹はまじまじとそれを見て、おそるおそる訊ねた。
「上野くんは食べたことあるの?」
「もちろん」
孝弘はそう言って微笑むだけであるともないとも言わない。孝弘のすまし顔をじっと覗きこんで、祐樹は手の甲でとんと胸を叩いた。
「嘘でしょ。ないよね?」
「ばれたか」
孝弘はいたずらっぽく笑って祐樹の肩を小突いた。祐樹に見つめられて、どきどきしたのをごまかすように視線を外す。
「でも友達が食べて、ひとでってウニそっくりの味って言ってたよ」
「うーん、でもひとでだしねぇ」
ゆでひとでの屋台を横目に通り過ぎる。ほどなく今度はセミの幼虫の唐揚げが大量に揚げられているのに祐樹がおののいた。
六月から七月までの期間限定の珍味で、栄養価が高いので中国人には人気の一品だ。
「学食でも出るよ」
「中国の学食のメニューは幅広いね」
苦笑交じりに祐樹はそうコメントした。
「ああいうカット果物も包丁やまな板がきれいじゃないから、あんまりお勧めしない。ジュースも氷入りはダメ、どんな水使ってるかわからないから」
祐樹は神妙な顔でうなずいた。
こういう素直なところ、かわいいよな。孝弘のほうが年下だけれど、中国生活が長い孝弘の注意をちゃんと聞いてくれる。
「そっか、火を通してないもんね」
ゆっくり屋台を物色していた祐樹が、孝弘のシャツの袖を引いた。
「あ、あれ焼きそばそっくり」
祐樹が指さした先には、炒麺の屋台。鉄板の上でじゅうじゅう音をたてている様子は日本の焼きそばとほぼ同じだ。
「炒め物はいいんだっけ?」
「ああ、あれなら平気」
孝弘が許可を出したので、祐樹は屋台に寄って行った。
「要一个。多少钱?(一つください、いくら?)」
語学学習は順調に進んでいるのか、なかなかの発音だ。
孝弘は近くで祐樹の買い物を見守っている。焼きそばを手にした祐樹は、孝弘のなにか企んでいるようないないような微妙な表情に気づいて、すこし警戒する口ぶりで訊ねた。
「なに?」
「いや、俺も買ったことあるよ、それ。食べなよ」
そういわれて、ひと口、口にした途端。
「まっず!!」
祐樹は目を丸くして口元を押さえている。思わず吐き出しそうになるほど予想外の味だったはずだ。
「何、これ」
ソース味じゃないのは当然だが、しょう油でもなくオイスターソースでもなく、何ともふしぎな味つけなのだ。何を入れたらこんな珍妙な味ができ上がるのか。
見た目と味のギャップに頭がついていけないらしく、顔をしかめて驚く祐樹に、孝弘がこらえきれずに吹きだした。
「知ってたね、上野くん」
祐樹は恨みがましい目で孝弘をにらむ。
「言っただろ、俺も買ったことあるって」
「もう、教えてくれたらいいのに」
「いやいや、体験学習が大事かと」
「……厳しい先生でありがたいです」
そう言いながら、祐樹も声を上げて笑い出す。
「いや、ホント驚くよ、こんな味とは思わなかった。さすが一筋縄ではいかないね」
炒麺を手に笑いころげる祐樹に、孝弘も「だろ?」と明るく笑う。
「ほら、まだまだ先があるから」
孝弘が先を促す。
「この先は何があるのか、楽しみになってきたよ」
まだ笑いがおさまらない祐樹がぽんと孝弘の肩を叩いた。
12
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】余四郎さまの言うことにゃ
かずえ
BL
太平の世。国を治める将軍家の、初代様の孫にあたる香山藩の藩主には四人の息子がいた。ある日、藩主の座を狙う弟とのやり取りに疲れた藩主、玉乃川時成は宣言する。「これ以上の種はいらぬ。梅千代と余四郎は男を娶れ」と。
これは、そんなこんなで藩主の四男、余四郎の許婚となった伊之助の物語。
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる