あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第7章-3

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 祐樹と並んで屋台を冷やかしてそぞろ歩くのは、思っていたよりずっと楽しかった。以前にも留学生仲間と来たことがあるのにぜんぜん違う。
 孝弘は祐樹の楽しそうな横顔をそっと盗み見た。人の熱気に煽られたのか、さっき爆笑したせいか、頬がすこし上気している。
「はぐれるよ、人、多いから」
「うん、ありがとう」
 手を引いて引き寄せ、そのまましばらく手首を掴んで人混みを歩く。
 これ、いつ離したらいいんだ。掴んでみたものの、どのタイミングで離れるべきかわからなくなり、孝弘は心ひそかにあたふたする。
 
 中国では友人同士の距離感がとても近くて、肩を抱いたり腕を組んだりがごく当たり前の行為なので、孝弘の行動はべつだんおかしなことではない。
 人ごみの中、祐樹ははぐれないためだと思っているのか、その手を振り払うこともない。
 安心しきっちゃって。大丈夫かよ。隙だらけじゃねーか。いやべつに俺は隙を狙ってるってわけじゃないけど。
「あ、あれ食べよう。デザートだけど、安心だから」
 すこし先の屋台を指差すタイミングで、ようやく手を離せた。
 おかしなふうに心臓がドキドキしていて、孝弘はすこし戸惑う。なんだ、一体?

湯圓タンユェン?」 
 屋台に掲げられた文字を読んで、祐樹が首を傾げた。知らない単語のようで側に寄っていく。大きな鍋を掻き回していた店主がすかさず「要不要ヤオプヤオ(要るかい)?」と声を掛けた。 
「これ好きなんだ。要两个ヤオリャンガ(2つ頂戴)」
 受け取った発砲スチロールのカップには湯のなかに白玉団子が数個浮いている。茹でたてなのでほかほかとあたたかい。
 スプーンですくって口に運ぶと、もちっとした団子の中に餡が入っている。 

「おいしい、中はあずき?」
「ここはね。ゴマ餡とかクルミ餡の店もある。元々は元宵節ユェンシャオジエの食べ物だよ」
「元宵節(ユェンシャオジエ)って何?」
农历ノンリー(旧暦)1月15日が元宵節だよ。春節明けの最初の満月の日で、灯籠を上げたりするんだって」
「へえ。上野くんは色んなこと、知ってるね」
「去年の授業で、中国の祝日とか行事のことを色々習ったんだ。日本人は文化的に近いから知ってる行事もあるけど、欧米からの留学生とかだと全然知らないから、結構詳しく教えてくれて」
「ああ、そういう授業があるといいね」

「あ、スチロールには穴開けてから捨てて」
 カップを捨てようとした祐樹に孝弘が注意した。
「どうして?」
「拾って再利用するのを防ぐため」
 孝弘の返事を聞いて、ゴミ箱のなかを注意深く見て、ほんとだとつぶやく。
「昼間売りに来る弁当屋の発砲スチロールとかもみんなそうしてる。でないと拾って再利用されて、肝炎とかの病気が広がるから」
「はあ、やっぱり体験学習って大事なんだ」
 祐樹はスプーンで底に穴を開けて、カップを捨てた。

 ふと初めて会ったのは、このちょっと先の通りだったと思い出した。突然、通訳を頼まれて、王府井や西単を案内して、驚いた顔をたくさん見た。
 もう知り合って一ヶ月以上経つのか、とあの日のことを思い返す。あれから偶然も含めてけっこうな回数を会っている。 
 こんなふうに駐在員とつき合うのは、孝弘には初めてのことだった。
 生活パターンがまったく違うけれど、年齢が近いせいか学生同士のような気楽なつき合いが続いている。祐樹が年上ぶることも、社会人として偉そうな態度をとることもないせいだ。

 駐在員と知り合ったのも初めてだったが、知り合ったきっかけがああだったので、有名企業の会社員という意識もないまま友人のような距離感におさまっている。
 中国に来たばかりで慣れない祐樹と一緒に出かければ、孝弘がなんとなく面倒を見る感じになるのだが、それがちっとも嫌ではなかった。

 祐樹は適度な距離感をとるバランス感覚が絶妙にうまかった。
 孝弘を頼りにしているところがありながら、判断力はちゃんとあって一緒にいて苦痛じゃないのだ。
「どこか行ってみたいとこってある?」
 なんて自分から訊いて世話を焼くなんて、ふだんの孝弘ならしないことまでしてしまう。
 祐樹のリクエストに応えてどこかへ遊びに行くと、この新しい友人は中国ならではの不条理に遭遇しても「そうなんだ」と大らかに笑うところが楽しいのかもしれない。


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