あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第9章-2

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「ああ、写真あるよ、見る?」
「え、見たい見たい」
 祐樹が子どもみたいな好奇心を見せる。この人、笑うとその場がぱっと明るくなるよな。
 本棚からアルバムを取って渡すと、祐樹は机にそれを置いてめくり始めた。
「これは北京駅?」
 深緑の車両の前で、大きなリュックを背負った孝弘とぞぞむが北京→乌鲁木齐ウルムチのプレートを指差して写っている。

「そう。終点の乌鲁木齐ウルムチまでは二泊三日かかるよ」
「二泊三日?乌鲁木齐ウルムチってそんな遠いんだ。ずっと乗ってたの?」
「いや、途中の町で降りて二、三泊してまた乗るんだけど、それがもう大変だった」
 二人は北京駅から列車に乗って、蘭州、敦煌、吐鲁番トルファンなどで途中下車しながら乌鲁木齐ウルムチまでたどり着いたが、途中乗車はかなり苦労した。
「大変って、どのへんが? 砂漠だから?」
「というより、列車に乗ること自体が大変だった」

 時刻表がまったくあてにならないのだ。
 一日に一本しかない列車なので、予定時刻にはまず来ないとわかっていても、万が一にも定刻に着いては困るので一応駅に行く。
 しかし北京から遠ざかるほど遅れがひどくなるので、西へ行けば行くほど定刻には来ない。数時間遅れは当り前という状態で、途中乗車駅ではひたすら列車を待つ。
 食料と水の携帯は欠かせないとつくづく実感する旅でもあった。

「数時間? それは確かに大変だね。これは何してるの?」
 ゴビ灘と呼ばれる何もない砂漠の真ん中に深緑の長い車両が停まって、人々がそこらへんで夕涼みしているような写真を指す。
「列車が停まったから、みんな外に出てるんだ。車内が暑いから」
「停まる? こんな砂漠の中で? 駅じゃないのに?」
「うん。理由はわからないけど、こうやって突然停まって、そのうち走り出す。アナウンスとかないから、何でかわからないけど、とにかく仕方ないって感じで待ってる」
 何時間でもそうして待つしかないと聞いて、祐樹は目を丸くする。

「えー、びっくり。中国人ってすごく文句言いそうなのに、でも待つんだ」
「ほかにできることがないからね。アナウンスはないけど、動きそうな時はちゃんと声はかけてくれるよ。もうすぐ出るから乗れよーって感じで」
「おおらかだなあ。でも、それはどんどん遅れていくはずだね」
 ぞぞむは事前にきちんとそのあたりを調べてきていて、到着時間の遅れのことも、座席は乗ってから車掌にかけ合って(つまり賄賂の交渉次第で)、寝台席を買うのだということも孝弘に教えてくれて、まったくのんびり構えていた。

 焦っても心配しても仕方ないし、そもそも予定があってないような旅だ。
 まあそのうち来るだろと二人は簡素な駅舎でほかの乗客たちとトランプや中国将棋をしたり、ウイグル語を教えてもらったりとマイペースに過ごした。
 孝弘は初めての長期の国内旅行だったし、バックパッカースタイルの旅も初めてだったので、かなり面食らうことばかりだった。
 この旅行で孝弘のメンタルはかなり鍛えられたと思う。

 終点のウルムチから先は列車は走っておらず、長距離バスに乗りかえて、カシュガルまで足を伸ばした。
 ぞぞむの目的はウイグル族の伝統的な模様の絨毯や刺繍の素晴らしい壁掛けや帽子、装飾の美しいナイフなどの手工芸品で、どの町に行っても必ずバザールに足を運んでいた。

 孝弘は気が向いたらぞぞむのバザールめぐりにつき合って、あとはドミトリーで知り合った各国の旅行者たちとモスクや遺跡めぐりをして、おそらく世界一気軽に展示されているだろう(台に置かれているだけ)ミイラを見たり、ブドウ畑を見にいって新疆ワインを飲んだりと、のんびりと夏の休暇を満喫した。

「このバザールいいね。本当に北京と全然、風景が違うね」
 孝弘の説明で何枚もの写真を手に取りながら、祐樹は熱心に旅行話を聞いている。
 ビールをあおる横顔になぜか目が引き寄せられて、そのまま目線が離せなくなる。缶を置いて、うつむいて写真をめくっている祐樹は気づかない。

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