あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第12章-2

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 博多地鶏の鍋セットは文句なしにおいしかった。博多に店を持つ水炊き屋の出しているスープはまろやかな味で、日本のだしってやっぱりおいしいと納得する。
 そして、こういうみやげをセレクトしてくるって、好みをよく把握してるってことだよなと再認識させられた。悔しいけれど、博多地鶏は祐樹の好みをよく知っているのだ。
「〆はうどんと雑炊、どっちがいい?」
「米、あるの?」
「いつも通り、日本食堂で買ってきたご飯だけど」
 中国ではほとんどの食堂で、店のご飯やおかずの持ち帰りをさせてくれる。このマンションのすぐ近くの日本料理屋で出すご飯は日本から輸入した新潟産コシヒカリで、炊飯器を持たない祐樹はそうやってご飯を買い置きしている。

「じゃあ、せっかく日本のだしだから雑炊で」
 地鶏のスープには麺より合いそうな気がして米を選んだ。
 とろりといい感じに白濁した鶏だしに米がぐつぐつ煮えている。とき卵を落としてねぎを散らすと、完璧な雑炊ができあがった。
「これ、誰にもらったの?」
 熱々の雑炊を食べながら、つい我慢できずに訊いてしまった。
 聞けば胸が苦しくなるのがわかっているのに、どんな相手なのか確かめたい誘惑に勝てない。

「日本から来た同僚。ていうか四期上の先輩社員」
 祐樹は気負いなさそうに答えた。
 とくにどんな感情も感じられない通常運転の声と表情で。祐樹のポーカーフェイスが憎らしくなるが、孝弘も淡々と問いを重ねる。
「へえ、北京に来るなんて中国好きな人?」
「いや、これっぽっちも。好きも嫌いもなくて、興味ないだけだと思う」
 そんな人がわざわざ来るなんて、祐樹に会いに来たとしか思えない。

 どんな人なのか、孝弘が何を訊けばいいのか迷っていると、何か思い出したのか、祐樹がくすくすと楽しげに笑いだす。
 その笑顔に見とれながら、同時にむかむかと腹のなかが沸き立った。
 なんだよ、別れ話してたくせに。博多地鶏とそんな楽しいことがあったのかと思うと頭の中がかっと熱くなる。

「なんか色々憤慨してたな。店員の態度がなってないとか、路上に何でも捨てちゃうところとか、買い物行ったらふっかけすぎなこととか」
 ふーん、一緒に買い物行ったんだ、それで高橋さんが値段交渉でもしてあげたのか。へえ、そう。喧嘩でもすればよかったのに。
 ……俺ってけっこう性格悪かったんだな。
「その人、これからイギリスに赴任するんだけど、あれで大丈夫なんだか」
 にこにこと楽しそうに話すから、嫉妬できりきり胸から音がしそうだった。我ながらどうかしていると思う。

「高橋さん。好きな人はいる?」
 気づいたらぽろりとそんなことを訊いていた。思ったよりビールを飲みすぎたようだ。
「どうしたの? 恋の悩み?」
 祐樹はその質問には答えず、にこっと笑って質問で返してきた。
 以前と同じだ。
 思い返してみれば、祐樹のプライベートについて尋ねたら、いつもはぐらかされていたことに気がついた。
 それは本当にとてもさりげない会話だったから、こうして気をつけていなかったらわからなかっただろう。
 返事をしたくないんだなと推測できて、胸がうずいた。

 もし祐樹に好きだと告白したら、どんな反応をするんだろう。
「……俺ね、好きな人がいるんだけど。でも望みがうすいっていうか、どうしていいかわからないっていうか」
 祐樹はちょっと驚いた顔になる。
 孝弘が恋をしていて、そしてそんなふうに迷ったり悩んだりしているなんて、予想もしてない顔。それから、ほんのすこし困ったような微笑みを浮かべた。
「そうなんだ。告白しないの?」
「できそうもない。いや、絶対できない。自分よりどんなこともできる相手に告白とかかっこ悪い」

「上野くんよりどんなこともできるって、相手は年上の人? でも人を好きになるって、そういうことじゃないでしょ?」
「そういうことって?」
「自分と比べて何ができるとかできないとか、そういうことで人を好きになるわけじゃないでしょ」
「うん、確かにそうなんだけど。でも相手が尊敬に値しないと、受け入れてもらえないし、長続きしない気がするんだ」
 孝弘の言葉に、祐樹はかるく目を見開いた。
「大人だね、上野くんは。おれ、十九歳のとき、そんなこと考えて恋愛したことなかったな。ただ好きって気持ちだけで、感情に振り回されてた気がする」
 思いがけず祐樹の過去を聞いてしまい動揺する。


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