あの日、北京の街角で

ゆまは なお

文字の大きさ
51 / 112

第16章-1 キスと拒絶

しおりを挟む
 しばらくすると祐樹がコーヒーを淹れて戻ってきた。
 キッチンでこっそり泣いたのか、すこし目のふちが赤かった。じっと見ている孝弘に気づいて、さりげなく目線をはずしてカップをテーブルに置く。
 気まずさを払うように口をつけた。さっきから何を言うべきか考えているが、こんなときにかける言葉を思いつけなかった。
 高橋さんのせいじゃないよ、なんて薄っぺらい慰めなんかきっと欲しくないだろう。

「これ飲んだら、きょうはもう帰りな、遅くなるよ」
 すでに完璧な表情を取り繕っていて、ごく事務的な口調で言う。孝弘はちらりと祐樹を見て、なるべく優しく聞こえるよう努力しながら訊いた。
「泊まったら迷惑?」
「これ以上甘えられないよ、学生さんに。あしたは金曜で授業あるでしょ」
 平静を装った顔でいうから、孝弘の我慢も限界だった。

「それでそうやってひとりで泣くのかよ」
 思わず責める言葉が口をついた。
「そうだよ、大人だからね」
 祐樹は動揺を見せなかった。
 最後の出勤の日、お疲れ様でしたと孝弘に告げたときと同じ、淡々とした声で。
 孝弘の顔がもどかしさでゆがんだ。
 こんなときですら頼りにしてもらえない。あんな話を聞かせておいて、でも泣きたいときには隣にいらないというのだ。

「そんなに俺って頼りにならない?」
「そういうことじゃないよ。大人なのにみっともないとこ見せて、恥ずかしいと思ってるだけ」
「恥ずかしくなんかないだろ。だから一人で泣くなよ」
 孝弘が帰ったあと、がらんと広いこの部屋で一人きりで泣くのかと思ったら、とてもおいて帰れない。
「そんな寂しいこと、言うな」
 正面から目を合わせて、強く言い聞かせる。
「惚れてる奴に、そんなことさせられるわけないだろう」
 それを聞いた祐樹の顔が、みるみるゆがんで、涙があふれそうになった。

「ごめん、ちょっと情緒不安定なのかも」
 うつむいて顔をそむけるのを強引に引き寄せた。
 くるみこむように抱きしめる。
 祐樹のなめらかな頬を涙がすべりおちた。唇で受け止めて、そのまま頬にちいさくキスを繰り返す。
 腕のなかの体が震えるのが伝わって、一瞬、めちゃくちゃにしてやりたいという凶暴な衝動が沸き起こった。
 大事にやさしく慰めたいのに、それと同じくらいの気持ちで乱暴にしたいとも思う。

 その衝動のままに祐樹を抱きこんで、ソファに押し倒す。ぐっと上から押さえつけるようにして、唇を押しつけた。
「上野、くん、んっ、ん、ダメだ、って」
 顔をそむけようとするのを許さず、追いかけてもう一度口づける。こんなやり方はよくないとわかっていても、止められなかった。なんで側にいさせてくれないんだろう。
「やめっ」
「ごめん、ごめん。高橋さん、キスだけ」
 きゅっと抱きしめて耳元に口づけながら、おねがいと絞り出すようにささやき声を落とすと、祐樹は勢いを失くしてもがくのをやめた。

 顔をそむけたままの祐樹の頬を両手で挟むと、正面から目線を合わせる。戸惑いに揺れている涙にぬれた目にぞくりとした。
 その目に誘いこまれるように深く口づけ、閉じた唇を舌でそっとなぞる。
 祐樹がためらっているのを感じたが、何度かつついて待つと、おずおずと開いてくれた。
 迷わず舌を侵入させて口中をくすぐるように愛撫する。戸惑う祐樹の舌を誘い出し、そっと絡めるとふっと乱れた息をつくのがわかった。
 何度も角度を変えながら、互いの熱を交換し合う。

 いつの間にか祐樹の体からは力が抜けて、ソファで密着して横抱きになっていた。
 さっきの凶暴な衝動は消えて、やさしくしたい気持ちがじわじわ湧いてきて、背中や髪を撫でながら、頬やこめかみに口づけた。
 そのまま時々思い出したようにキスを交わしながら、孝弘の腕の中で祐樹は泣いた。そのうち疲れたのか薬が効いたのか、ぐったり眠ってしまった。
 腫れぼったい瞼にそっとキスをして、孝弘はじっと祐樹の体を抱いていた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

【完結】余四郎さまの言うことにゃ

かずえ
BL
 太平の世。国を治める将軍家の、初代様の孫にあたる香山藩の藩主には四人の息子がいた。ある日、藩主の座を狙う弟とのやり取りに疲れた藩主、玉乃川時成は宣言する。「これ以上の種はいらぬ。梅千代と余四郎は男を娶れ」と。  これは、そんなこんなで藩主の四男、余四郎の許婚となった伊之助の物語。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

処理中です...