あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第16章-2

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 金曜の夕方、再び買い物袋をさげて訪ねていくと、週末は休日出勤するからと宣言された。きょう会社に連絡してそうなったらしいが孝弘を遠ざけるための嘘かもしれないとも思う。
「片付けなきゃいけない用事がたまってて」
 祐樹はつけいる隙を見せない控えめな笑顔を浮かべて、コーヒーをいれている。
 休日出勤ってつまり、部屋に来るなってことだよな。
 その意図を理解して落ち込んだが、そもそも毎日押しかけて来ているのは孝弘の勝手なのだ。いうべき言葉はなにも見つからなかった。

「そう。ちゃんとメシ食いなよ」
 それだけ言って調理に戻る。
「わかってるよ。安藤さんが上野くんにくれぐれもよろしくって。今度、食事奢るよって言ってたよ」
 祐樹は自分の意図が伝わったことを承知のうえで、穏やかなポーカーフェイスで話を続けている。
 きのうは俺の腕のなかで泣いたくせに、と言いたいのを必死でこらえた。そんなことを言おうものなら、今すぐ玄関を出されて二度と会ってもらえないに違いない。

 キッチンには照り焼きチキンのいい香りがただよっている。
 孝弘はインゲンのごま和えを冷蔵庫から出し、器に取り分けるよう祐樹に頼んだ。きょうは祐樹も手伝いに入っていた。
 こうやって二人で並んで料理をするのは久しぶりだ。いつも祐樹を手伝うばかりだったから、祐樹に手伝ってもらうのは新鮮だった。
 いや、一緒にキッチンに立つなんてこれが最後かもしれない。

 夏休みが終わったら、祐樹には会えなくなった。祐樹から連絡はなかったし、今回、趙が孝弘に助けを求めなかったら、今も会えないままだっただろう。
 祐樹はもう元気になったし、暗に来るなとも言われた。
 孝弘が連絡すれば、今回の礼として食事くらいつき合ってくれるだろうが、きっと部屋には上げてくれない。そういうけじめはきっぱりつけている人だとわかるくらいには、孝弘は祐樹のことを理解していた。

 振った相手に、わざわざ声をかけたりしない人だと知っている。
 今回のことは完全なアクシデントで、ゆうべのように孝弘のまえで崩れたりすることは、本来ない人なのだ。気が強くてポーカーフェイスがじょうずで、人前で泣いたり弱音を吐いたりするのことは滅多にないのだ。
 昨日だって、孝弘を帰して一人で泣こうとしていたのだから。

「いただきます」
 できあがった夕食を運び、ふたりで向かい合って座った。
 見ている限り、祐樹の食欲は戻っていて、やつれた感じもなくなった。もう心配はなさそうだった。安心するべきことなのに、孝弘はさみしく思う。
 向かい合って食事をしながら、もうこの部屋に来ることはないのかもしれない。これが一緒に食べる最後の食事になるだろうと、なんとなく予想していた。
 週末は来るなと言われたし、週明けはもう来る用事がない。

 きっときょうは帰れと言われる。
 きのうみたいなことにはならないだろう。
 それで終わる。もう会えない。
 でも終わりにできんのか? 期間限定だからって、それであきらめがつけられんのかよ? それともいっそ祐樹が帰国してしまったら? 
 そうすれば今までの彼女みたいに仕方がないね、はい終了、さようならで終われるのか?
 自問しても答えは出ない。
 会話の弾まない夕食を終えて、洗い物をする。まだ帰りたくない。

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