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第19章-1 暗闇のキス
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がくん、と一瞬大きく揺れて、動きが止まった。
夕食後、部屋に戻ろうと乗ったエレベーターはそれきり沈黙した。
「停電?」
「みたいですね。高橋さん、大丈夫?」
ごんという音がしたから心配したのだろう。
「平気。よろけてかばんぶつけただけ」
「よかった。どこも痛くないですか?」
停電などよくあることなので、二人ともあわてることはない。
でも祐樹は別の意味で緊張していた。
こんな小さな箱の中で、孝弘と二人きり。
自意識過剰だ、孝弘はきっとなんとも思ってない。
そう言い聞かせて、薄くなった気がする酸素を意識して吸い込む。
「ホテルだから、すぐに復旧すると思いますよ」
「そうだね」
早く復旧して欲しいと切実に思う。
真っ暗になった箱の中で、孝弘の大きな手が手探りで祐樹を探しだし、そうっと抱き寄せられた。やさしい拘束にぴくっと体をこわばらせたのが伝わったはずだが、孝弘は身を離そうとはしなかった。
「ちょっと不安なので、こうしていてください」
孝弘がねだる声でお願いしてくる。下手に出られると断りにくい。
そんな言い方はずるい、不安なんてこれっぽっちも感じていないくせに。
わかっていたが寄り添った体温はやさしくて、ためらいつつもうなずくとかすかに笑う気配がした。
抱き寄せられた髪にそっとキスが落ちる。
心臓がとくん、と音をたてた。
祐樹だけに聞こえる音量だったが、これ以上密着したら孝弘にも聞こえてしまいそうだ。
二日前、孝弘の部屋でキスされて以来、孝弘は二人のときには気持ちを隠さなくなった。
技術部門のスタッフが帰国したため、祐樹と青木の三人で行動することになり、祐樹と二人になることがこれまでよりも増えていた。
そう長い時間ではないが、わずかな隙を逃さず、ごく自然な動作で肩や髪や頬に触れてくる。振り払うほどべたべたするわけではなく、さらりと触れて優しい目で祐樹を見る。
困惑する祐樹に孝弘はあまく微笑みかけてくる。
好きだと言葉にはしないが、触れる手や目線に気持ちが込められていた。
それを読み取れないほど鈍くはないが、とっくに忘れられていたと思っていた祐樹は、ひたすら戸惑っていた。
五年前のことを責めるわけでもなく、ただ黙って態度で気持ちを告白してくる。
こんなふうにあからさまに好意を見せてくることは五年前にはなかったことで、あまい空気を漂わせる孝弘にどう対応していいかわからない。
いまもやわらかく抱きしめられて、それを不快に思わない自分もふがいない。
拒絶するならするではっきりしないと。
そう思うけれど、傷つけたに違いない前回のことを考えると、どうにか穏便にことを運びたいとも思う。
暗闇のなか祐樹はじっと体を緊張させたまま、何も言えずに黙り込んだ。
会話がないのが気づまりで、なにか話題をと考えてふと思い出したことがあった。
「……そういえば上野くんの学校、停電の日ってあったよね」
「あー、あったな。よく覚えてるな」
古い話を持ち出された孝弘が素で答えた。懐かしいぶっきらぼうな声。
「けっこうびっくりしたからね。毎週停電って」
五年前の北京の電力供給はまだ不安定で、工場などに優先的に電力を供給するために、計画停電という名の強制停電が行われていた。
一般家庭や学校や寮がその対象で、孝弘の大学は毎週火曜日が計画停電の日だった。
停電するとわかっている留学生寮では、火曜の夜は談話室でディスコパーティが開かれていた。ビール瓶にローソクを突っ込んだ即席キャンドルがテーブルのうえに並び、各自で持ち込んだ五星ビールや長城葡萄酒を飲みながら、ラジカセで洋楽が流されて適当に踊るだけだったが、留学生の交流の場となっていた。
誰でも出入り自由だったので、たまたま遊びに来ていた祐樹も顔を出したことがあった。
「高橋さん、あのときナンパされただろ」
「え? そんなことあった?」
まったく思い出せなくて首を傾げた。
「あったよ。短期留学のどっかヨーロッパの女の子に声かけられてた」
「ええ? ……あー、あれね」
しばらく考えこんで、思い当たることが見つかった。
「べつにナンパじゃなかったよ。たばこちょうだいっていうから、持ってた中国たばこあげたら、これじゃないって言われただけ。その時わからなかったけど、あれ、マリファナ欲しいって意味だったのかって、だいぶ後になってから気づいたけど」
「なんだ、そうだったんだ」
そんな話をしているうちに祐樹の体のこわばりはとけていた。
孝弘も以前の口調になっていて、時間が巻き戻ったような錯覚を起こした。
「そんなこと、よく覚えてたね」
「むかついたからな」
さらりとまた髪をなでられた。
背中の手がすこし拘束を強くした。抱きしめられて、祐樹の心臓がとくとく走り出す。
「妬いたの?」
暗闇で抱き合っている状況が、懐かしい記憶が、祐樹にそんな軽口をたたかせた。
「妬いたよ」
あっさり肯定されて、さらに強く抱きしめられた。
孝弘の速くなった心音が伝わってきて、祐樹はいまさらながら動揺した。
「キスしていい?」
耳元でささやかれて、ますます鼓動が走り出す。
孝弘に聞こえてしまいそうだ。
いや、こんなに密着して伝わらないわけがない。孝弘だって同じくらいドキドキしている。
うろたえた祐樹が返事できないでいるうちに、後頭部に手が添えられて唇をふさがれた。もどかしげに舌が入ってきて、最初から激しい口づけになった。
自分が煽ったという自覚が祐樹にはあったから、拒むことなどできなかった。
角度を変えて何度も舌を絡ませ、吐息までも奪われる。
暗闇の中、口づけを交わす音がやけに大きく聞こえた。
それにも煽られて、ますます深く浅く口腔をなぶられた。孝弘が腰をすりつけてくる動きに興奮がさらに増していく。
夕食後、部屋に戻ろうと乗ったエレベーターはそれきり沈黙した。
「停電?」
「みたいですね。高橋さん、大丈夫?」
ごんという音がしたから心配したのだろう。
「平気。よろけてかばんぶつけただけ」
「よかった。どこも痛くないですか?」
停電などよくあることなので、二人ともあわてることはない。
でも祐樹は別の意味で緊張していた。
こんな小さな箱の中で、孝弘と二人きり。
自意識過剰だ、孝弘はきっとなんとも思ってない。
そう言い聞かせて、薄くなった気がする酸素を意識して吸い込む。
「ホテルだから、すぐに復旧すると思いますよ」
「そうだね」
早く復旧して欲しいと切実に思う。
真っ暗になった箱の中で、孝弘の大きな手が手探りで祐樹を探しだし、そうっと抱き寄せられた。やさしい拘束にぴくっと体をこわばらせたのが伝わったはずだが、孝弘は身を離そうとはしなかった。
「ちょっと不安なので、こうしていてください」
孝弘がねだる声でお願いしてくる。下手に出られると断りにくい。
そんな言い方はずるい、不安なんてこれっぽっちも感じていないくせに。
わかっていたが寄り添った体温はやさしくて、ためらいつつもうなずくとかすかに笑う気配がした。
抱き寄せられた髪にそっとキスが落ちる。
心臓がとくん、と音をたてた。
祐樹だけに聞こえる音量だったが、これ以上密着したら孝弘にも聞こえてしまいそうだ。
二日前、孝弘の部屋でキスされて以来、孝弘は二人のときには気持ちを隠さなくなった。
技術部門のスタッフが帰国したため、祐樹と青木の三人で行動することになり、祐樹と二人になることがこれまでよりも増えていた。
そう長い時間ではないが、わずかな隙を逃さず、ごく自然な動作で肩や髪や頬に触れてくる。振り払うほどべたべたするわけではなく、さらりと触れて優しい目で祐樹を見る。
困惑する祐樹に孝弘はあまく微笑みかけてくる。
好きだと言葉にはしないが、触れる手や目線に気持ちが込められていた。
それを読み取れないほど鈍くはないが、とっくに忘れられていたと思っていた祐樹は、ひたすら戸惑っていた。
五年前のことを責めるわけでもなく、ただ黙って態度で気持ちを告白してくる。
こんなふうにあからさまに好意を見せてくることは五年前にはなかったことで、あまい空気を漂わせる孝弘にどう対応していいかわからない。
いまもやわらかく抱きしめられて、それを不快に思わない自分もふがいない。
拒絶するならするではっきりしないと。
そう思うけれど、傷つけたに違いない前回のことを考えると、どうにか穏便にことを運びたいとも思う。
暗闇のなか祐樹はじっと体を緊張させたまま、何も言えずに黙り込んだ。
会話がないのが気づまりで、なにか話題をと考えてふと思い出したことがあった。
「……そういえば上野くんの学校、停電の日ってあったよね」
「あー、あったな。よく覚えてるな」
古い話を持ち出された孝弘が素で答えた。懐かしいぶっきらぼうな声。
「けっこうびっくりしたからね。毎週停電って」
五年前の北京の電力供給はまだ不安定で、工場などに優先的に電力を供給するために、計画停電という名の強制停電が行われていた。
一般家庭や学校や寮がその対象で、孝弘の大学は毎週火曜日が計画停電の日だった。
停電するとわかっている留学生寮では、火曜の夜は談話室でディスコパーティが開かれていた。ビール瓶にローソクを突っ込んだ即席キャンドルがテーブルのうえに並び、各自で持ち込んだ五星ビールや長城葡萄酒を飲みながら、ラジカセで洋楽が流されて適当に踊るだけだったが、留学生の交流の場となっていた。
誰でも出入り自由だったので、たまたま遊びに来ていた祐樹も顔を出したことがあった。
「高橋さん、あのときナンパされただろ」
「え? そんなことあった?」
まったく思い出せなくて首を傾げた。
「あったよ。短期留学のどっかヨーロッパの女の子に声かけられてた」
「ええ? ……あー、あれね」
しばらく考えこんで、思い当たることが見つかった。
「べつにナンパじゃなかったよ。たばこちょうだいっていうから、持ってた中国たばこあげたら、これじゃないって言われただけ。その時わからなかったけど、あれ、マリファナ欲しいって意味だったのかって、だいぶ後になってから気づいたけど」
「なんだ、そうだったんだ」
そんな話をしているうちに祐樹の体のこわばりはとけていた。
孝弘も以前の口調になっていて、時間が巻き戻ったような錯覚を起こした。
「そんなこと、よく覚えてたね」
「むかついたからな」
さらりとまた髪をなでられた。
背中の手がすこし拘束を強くした。抱きしめられて、祐樹の心臓がとくとく走り出す。
「妬いたの?」
暗闇で抱き合っている状況が、懐かしい記憶が、祐樹にそんな軽口をたたかせた。
「妬いたよ」
あっさり肯定されて、さらに強く抱きしめられた。
孝弘の速くなった心音が伝わってきて、祐樹はいまさらながら動揺した。
「キスしていい?」
耳元でささやかれて、ますます鼓動が走り出す。
孝弘に聞こえてしまいそうだ。
いや、こんなに密着して伝わらないわけがない。孝弘だって同じくらいドキドキしている。
うろたえた祐樹が返事できないでいるうちに、後頭部に手が添えられて唇をふさがれた。もどかしげに舌が入ってきて、最初から激しい口づけになった。
自分が煽ったという自覚が祐樹にはあったから、拒むことなどできなかった。
角度を変えて何度も舌を絡ませ、吐息までも奪われる。
暗闇の中、口づけを交わす音がやけに大きく聞こえた。
それにも煽られて、ますます深く浅く口腔をなぶられた。孝弘が腰をすりつけてくる動きに興奮がさらに増していく。
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