あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第20章-1 予定変更

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「上野くん、急な変更なんですが、日帰りでここに行けますか?」
 社名と住所のメモを渡すと孝弘は地図を開いた。
「そんなに遠くないですね。道を確認してみないとですがたぶん日帰りできると思いますよ」
 車で二時間もかからない距離のように見えても運転手に聞いてみないと実際のところはわからない。
 郊外の道路は舗装されていないのが当たり前だ。だから地図上の距離から思うよりかなり時間がかかる場合が多々あった。
 それでも行くかと聞かれ、祐樹はうなずいた。

「本社が気になる話を聞いたらしくて。先方の仮アポは取ってます」
「わかりました。青木さんも一緒に?」
 予定では本来は資材関係の取引先と会うことになっている。
「いえ、私だけなので上野くんはこちらに同行してくださいとのことでした。青木さんには牧田さんがつくそうです」
 なるべく平坦な口調に聞こえるように、祐樹は神経をつかう。
 牧田は孝弘とも顔見知りのフリーの通訳だ。つまり二人だけで行動することになる。
「そうですか、わかりました」
 孝弘のほうは仕事用の顔をしていて、何も気にしていない様子だ。

「ところで刺繍工場? 今回のプロジェクトには関係ないところですよね、視察ですか?」
 孝弘が控えめに訊ねた。
「ええ。この地方に来ることはなかなかなさそうだから、急遽視察して欲しいと緒方部長が。手織りのかなり質のいいものを作るってどこかから聞いたらしくて。品質次第では、今後取り扱うかもしれないってことなので」
「わかりました。明後日ですね」
 祐樹と打合せを終えると早速、孝弘は車を手配するために部屋を出て行った。

 料金交渉や道路の確認など細かなところをすべて任せておけるのは有難い。
 移動の足を確保することが、なかなか大変なのだ。道路事情が悪いので、駐在員事務所には専属の車と運転手がいる。交通事故が多いこの国で、外国人が運転することはほとんどない。
 この出張では、車と運転手は孝弘がすべて手配してくれている。


 当日は朝から雨だった。
 天気予報通りだから驚きはしなかったが、あまり雨の降らない地域なのでその激しさはちょっと予想外だった。
「どうします、延期しますか?」
「いや。ほかに時間取れないし、行きましょう。見たいのは工場の設備と製品だから平気でしょう」
 青木に出発の挨拶をして、タクシーに乗り込む。

 運転手がこんなに激しい雨は何年ぶりかとやたらテンション高く話しかけてくる。タクシー運転手は話好きで事情通なことが多い。
 流行りのドラマや食べ物の話、最近の景気から政治動向まで運転手の話題は幅広かった。
 孝弘は町の情報収集のためにタクシーに乗ると積極的に会話する方針らしく、運転手にこの地方の特産品や噂話などを尋ねている。
 その噂話の信ぴょう性がどの程度かわからないが、表に出てこないニュースはこうして人々の噂として伝わるので、情報として馬鹿にできないのだ。

 なまりの強い運転手の言葉は聞き取りにくく、祐樹は早々にヒアリングを諦めて窓の外を眺めた。
 孝弘は聞き取れない話は物おじせずに何度も訊きかえし、説明を聞いては質問を繰り返し、話題を引き出していく。
 手元にメモ帳を持っていて、さらさらと何か書きつけていたりもする。後で調べる事柄のようだ。
 通訳ってすごいなと素直に思う。

 窓の外は叩きつけるような雨で、確かにこんな雨はめずらしい。
 もっと南の方では亜熱帯だからスコールも降るけれど。祐樹の赴任地だった広州や深圳では湿度が高く、夏はじめじめと暑かったし、冬もコートがいらないくらいに暖かかった。
 つくづく中国は広い。

 二人の世間話を聞きながら、予定よりすこし遅れて昼前に目的地に着いた。
 遅れたのは、山にへばりつくような未舗装の道路がこの雨でかなりぬかるんでいたせいだ。すごい勢いで一気に降った雨は昼頃にはやんだけれど、あちこちで水が溢れている。
 適当に入った食堂で腹ごしらえをしてから訪問先へ向かう。
 訪問先では、初めて迎える外国人に工場長が緊張を隠せない感じだったが、自社製品の説明になると、非常に熱心にいかにこの工場の職人の技術が高いかを売り込んできた。

 さすがは商売上手の中国人という感じで、終始圧倒されるトークだったが、確かに職人の腕はよく、日本でも人気が出る商品だと思われた。
 買付けするとなると、月に生産可能な数量は、卸値はどの程度かなどの話を聞いて、ひとまず視察を終わらせた。先方は乗り気だったしこれはおそらく商談に発展するだろう。
 上海支社の仕事になるなと考え、今の上海には安藤がいるなとちらりと思う。
 やり手の安藤のことだから、うまくさばくに違いない。

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