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第20章-2
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二ヶ所をはしごして緒方に依頼された視察をこなし、ほっとして帰途につこうとしたとき、運転手がきょうは帰れないと言いだした。孝弘が慌ただしくやり取りしている。
「何が起きたって?」
「土砂崩れだそうです。通ってきた道が埋もれて復旧作業中だそうで、今晩中には戻れないみたいですね」
運転手が肩をすくめた。
「没办法(メイバンファ)(仕方ないね)」
孝弘と祐樹は顔を見合わせた。
「とりあえず今晩の宿を確保して、青木さんに連絡しましょう」
大通りのホテルに行き、一緒に部屋を取ろうかと運転手に訊けば、この町に友人宅があるから泊めてもらえるという。久しぶりに会えてラッキーだと喜んでいた。
ひとまずシングル二部屋を取って、祐樹が電話で青木に事情を説明すると、青木はあしたはオフにしていいとあっさり決めた。
今回の出張は変更が多すぎて休む暇もほとんどなかったのだ。ちょうどいい中休みだと思おうということだ。
まだ夕食には早い時間だったので、下着などを買うためにショッピングセンターに送ってもらい、運転手とはそこで別れた。
靴下を選びながら、あれ、こんなことが前にもあったなと思う。
視線を感じてふと孝弘を見ると同じことを思いだしていたらしい。
「天津のときみたいですね」
「そうだね」
五年前の夏のことだ。
天津港に着く急ぎの積み荷の受取りに、祐樹が行くことになってしまったのだ。
日帰りとはいえ一人で業務に行くのは初めてで、祐樹はかなり緊張していた。孝弘が同行すると聞いてほっとしたけれど、年下のアルバイトの彼に頼りっきりになるわけにもいかない。
でもまあ、荷物を受け取るだけだ。大丈夫だろう。安藤もそう思ったから祐樹に任せたのだし。
天津までは車で二時間ちょっとだから、日帰り予定で出かけたが。
「は? 着いてない?」
天津港になぜかコンテナは届いていなかった。
中国人の担当者は無責任に「我不知道(ウォブジーダオ)(知らんよ)」と言い放ち、知らん顔だ。日本人の若造二人を完全になめている横柄な態度だった。
その態度に食って掛かったのは孝弘で、早口の北京語で何やらまくし立て、祐樹のほうは日本語で語気強くコンテナを探すように依頼した。
二人が強気な姿勢でまったく引かないので、担当者は仕方なさそうに関係する部署のリストを出してきた。
それを見て祐樹はあちこちに電話をかけ、孝弘はそのたびに北京語と日本語で何度もやり取りをした。結局、中国側の手違いで別のところにコンテナが発送されたことが判明し、その返送手続きをさせているうちに日が暮れた。
「はー、まじ疲れた。コンテナが行方不明ってけっこうあるの?」
ぐったりした顔で孝弘は天津名物の狗不理包子(ゴウプリーパオズ)をほおばった。二人とも疲労感が半端なかった。
「日本じゃ滅多にないと思うけど、この国ではどうかな。あの対応じゃ、よくあることかもね」
「でも、高橋さん、あんまり動じないね」
ジタバタしない態度に、孝弘は社会人ってすごいと感心していたらしい。それを聞いて、高校時代から鍛えてきたポーカーフェイスが役に立ったと祐樹はすこしほっとした。
涼しい顔を心掛けたけれど内心ではものすごく焦ったし、冷や汗が背中を流れ落ちていた。孝弘がいるから意地を張ったというのが正しい。
最初に食って掛かってくれた孝弘にみっともない姿を見せたくなくて、冷静な顔を取り繕って相手に交渉でき、それで担当者がまともに対応してくれたのだ。
とにかく強気の姿勢を見せること、と中国に来て3ヶ月の祐樹もすでに学んでいた。
「上野くんのおかげだよ。やっぱ語学ができるってすごいな。すごく安心できた。ありがとう」
礼を言ったら孝弘は顔を赤くした。そんな顔はめずらしい。かわいいな、こんな表情が見られただけでもラッキーだ。
「いやいや、そんな。はいちゃーだゆえんな(まだまだですよ)」
照れた孝弘が棒読みの北京語で謙遜する。
いまの孝弘の語学力はそこまで流暢ではないのだと祐樹にもわかっていた。きょうも何度も聞き直したり言いかえを要求して、意味の分からない言葉は辞書で引きながらとても頑張って通訳してくれたのだ。
その真摯な態度は相手にも伝わって、コンテナが見つかった時には初めは横柄だった担当者も一緒に喜んでくれた。
翌日の昼にはコンテナが着くのでこのまま泊まることにして、夕食後に急いでショッピングセンターへ行き、下着と替えのシャツを買った。
コンテナヤード近くの三つ星ホテルではシングルの空きがなくてツインに泊まった。
シャワーを浴びた孝弘は衛星放送を見ながら寝てしまった。初めての経験できっと疲れたはずだ。きつい目元が見えないと孝弘はずいぶん印象が違う。
寝顔はまだやはり十代だなと祐樹はそっと頬を撫でて、部屋の電気を消した。
そんな5年前の天津の夜を思い出しながら、下着と替えのシャツを買って食事に行った。
「何が起きたって?」
「土砂崩れだそうです。通ってきた道が埋もれて復旧作業中だそうで、今晩中には戻れないみたいですね」
運転手が肩をすくめた。
「没办法(メイバンファ)(仕方ないね)」
孝弘と祐樹は顔を見合わせた。
「とりあえず今晩の宿を確保して、青木さんに連絡しましょう」
大通りのホテルに行き、一緒に部屋を取ろうかと運転手に訊けば、この町に友人宅があるから泊めてもらえるという。久しぶりに会えてラッキーだと喜んでいた。
ひとまずシングル二部屋を取って、祐樹が電話で青木に事情を説明すると、青木はあしたはオフにしていいとあっさり決めた。
今回の出張は変更が多すぎて休む暇もほとんどなかったのだ。ちょうどいい中休みだと思おうということだ。
まだ夕食には早い時間だったので、下着などを買うためにショッピングセンターに送ってもらい、運転手とはそこで別れた。
靴下を選びながら、あれ、こんなことが前にもあったなと思う。
視線を感じてふと孝弘を見ると同じことを思いだしていたらしい。
「天津のときみたいですね」
「そうだね」
五年前の夏のことだ。
天津港に着く急ぎの積み荷の受取りに、祐樹が行くことになってしまったのだ。
日帰りとはいえ一人で業務に行くのは初めてで、祐樹はかなり緊張していた。孝弘が同行すると聞いてほっとしたけれど、年下のアルバイトの彼に頼りっきりになるわけにもいかない。
でもまあ、荷物を受け取るだけだ。大丈夫だろう。安藤もそう思ったから祐樹に任せたのだし。
天津までは車で二時間ちょっとだから、日帰り予定で出かけたが。
「は? 着いてない?」
天津港になぜかコンテナは届いていなかった。
中国人の担当者は無責任に「我不知道(ウォブジーダオ)(知らんよ)」と言い放ち、知らん顔だ。日本人の若造二人を完全になめている横柄な態度だった。
その態度に食って掛かったのは孝弘で、早口の北京語で何やらまくし立て、祐樹のほうは日本語で語気強くコンテナを探すように依頼した。
二人が強気な姿勢でまったく引かないので、担当者は仕方なさそうに関係する部署のリストを出してきた。
それを見て祐樹はあちこちに電話をかけ、孝弘はそのたびに北京語と日本語で何度もやり取りをした。結局、中国側の手違いで別のところにコンテナが発送されたことが判明し、その返送手続きをさせているうちに日が暮れた。
「はー、まじ疲れた。コンテナが行方不明ってけっこうあるの?」
ぐったりした顔で孝弘は天津名物の狗不理包子(ゴウプリーパオズ)をほおばった。二人とも疲労感が半端なかった。
「日本じゃ滅多にないと思うけど、この国ではどうかな。あの対応じゃ、よくあることかもね」
「でも、高橋さん、あんまり動じないね」
ジタバタしない態度に、孝弘は社会人ってすごいと感心していたらしい。それを聞いて、高校時代から鍛えてきたポーカーフェイスが役に立ったと祐樹はすこしほっとした。
涼しい顔を心掛けたけれど内心ではものすごく焦ったし、冷や汗が背中を流れ落ちていた。孝弘がいるから意地を張ったというのが正しい。
最初に食って掛かってくれた孝弘にみっともない姿を見せたくなくて、冷静な顔を取り繕って相手に交渉でき、それで担当者がまともに対応してくれたのだ。
とにかく強気の姿勢を見せること、と中国に来て3ヶ月の祐樹もすでに学んでいた。
「上野くんのおかげだよ。やっぱ語学ができるってすごいな。すごく安心できた。ありがとう」
礼を言ったら孝弘は顔を赤くした。そんな顔はめずらしい。かわいいな、こんな表情が見られただけでもラッキーだ。
「いやいや、そんな。はいちゃーだゆえんな(まだまだですよ)」
照れた孝弘が棒読みの北京語で謙遜する。
いまの孝弘の語学力はそこまで流暢ではないのだと祐樹にもわかっていた。きょうも何度も聞き直したり言いかえを要求して、意味の分からない言葉は辞書で引きながらとても頑張って通訳してくれたのだ。
その真摯な態度は相手にも伝わって、コンテナが見つかった時には初めは横柄だった担当者も一緒に喜んでくれた。
翌日の昼にはコンテナが着くのでこのまま泊まることにして、夕食後に急いでショッピングセンターへ行き、下着と替えのシャツを買った。
コンテナヤード近くの三つ星ホテルではシングルの空きがなくてツインに泊まった。
シャワーを浴びた孝弘は衛星放送を見ながら寝てしまった。初めての経験できっと疲れたはずだ。きつい目元が見えないと孝弘はずいぶん印象が違う。
寝顔はまだやはり十代だなと祐樹はそっと頬を撫でて、部屋の電気を消した。
そんな5年前の天津の夜を思い出しながら、下着と替えのシャツを買って食事に行った。
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