あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第22章-1 追憶の夜

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 セックスのあとのビールってなんでこんなに美味いんだろう。
 分厚い枕を背もたれに使って、並んで冷たいビールを飲む。
 火照りの残った体にしみこむ気がする。
 乱れきった姿を見せあった直後なので、さすがに照れが残っていた。気だるい体を枕に預けているが、左側にいる孝弘の顔を見ることができない。

 孝弘は余韻を愉しむように手を絡めたり、祐樹の髪をなでたり口づけたりしている。先ほどまでよりも、いっそうあまくなった仕草に祐樹の心は罪悪感でいっぱいになる。
 このまま何も言わないで、部屋に戻れるだろうか。
 ただ一晩の情事として、それだけで終わってくれたらと祐樹は願った。
 しかし、そんな祐樹の心のうちなど知らない孝弘が、ぼそりとつぶやいた。

「返事、してくれないんですか?」
「……なんで、ここで敬語」
「いやなんか、ちょっと不好意思(プハオイース)(恥ずかしい)というか、非常害羞(フェイチャンハイシュー)(めっちゃ照れる)というか、まだまだ修行不足なもんで」
 北京語を口にするほど孝弘も照れていると知ってほっとした。
 あんな口説き文句と手管を見せつけられて、実はかなり動揺していたのだ。
 それに、今から告げる言葉を思うと、どんどん気持ちが落ちていく。

「俺とつき合おうよ、ほんとは好きだろ?」
 恋人つなぎに手をつないだまま、孝弘が顔を覗きこんでくる。
 祐樹はまともに視線を合わせることができず、うつむいて顔をそらした。
 自分はまた孝弘を傷つけるのだろうか。
 なるべく平坦な口調を心がけて声を出す。

「上野くんのことは、人として好きだよ。性格もよくて仕事もできて尊敬してる。でも、つき合うとかは現実的には考えられない」
 つないでいた手をそっと引き抜く。
 うつむいたまま、祐樹は平然と聞こえるようにと願いながら、言葉をつづけた。
「この出張が終わったら、実際会えなくなるわけだし。おれはそばにいない人と恋愛できるほど強くないから、ごめんね」
 言いながら、逃げを打ったのだとわかっていた。

 孝弘は手の中で空になったビールの缶を転がしながら黙って聞いている。
 隣にいる孝弘の顔を見られないので、どんな反応なのかさっぱりつかめない。でもここでやめるわけにはいかなかった。
「やめておこう? 上野くんにはもっとちゃんとした人がいいと思う」
「ちゃんとした人って何?」
 
 質問されて、一瞬答えに迷った祐樹はなんとか言葉を押し出した。
「…だから…結婚できる相手、というか、……女の子?」
「たった今抱かれておいて、そんなこと言うんだ」
 ぐっと祐樹がつまったのを見て、孝弘が眇めた目で責める。


「俺は祐樹がいいって言ったよな。今さらそれかよ」
「…強く押されるのに弱いって言ったのは上野くんでしょう」
 冷たいきつい口調で言われ、それに泣きそうな気持ちになりながらも祐樹はどうにか反論を試みた。
「今だけだと思ったから寝たんだ。たまたま二人きりで、酔っててそういう気分だったし、なんかすごい口説いてくるし、思わず乗っちゃっただけで。期待を持たせたなら謝るけど、おれはこういう奴だし、軽蔑してくれていいよ」

 これで孝弘が愛想をつかして諦めてくれればいい。
 そう思って告げた言葉は祐樹自身も傷つけた。
 それでも引くわけにはいかなかった。
 孝弘はいい男だと思う。5年前もそうだったが再会した孝弘は、学生だったときよりもずっといい男になっていた。
 一緒に仕事をしてみて、その頼もしさに何度もドキドキさせられた。
 努力家で包容力があって精神的にもタフで人に優しい。仕事が出来てチャレンジ精神がある。これからどんどん成長して、成功していく姿が目にみえるようだった。

 そんな男が、なにも自分とつき合うことはない。
 もともと孝弘の恋愛対象は女性なのだ。祐樹のどこを気に入ったのかわからないが、いつか悩んで別れる時が来る。
 男同士なんて本気になってはいけない。飽きるまでの期間限定のつき合いだ。
 ましてストレートの孝弘は結婚を考えるときがいつか来る。結婚や子供を持つことについて悩む姿を見たくない。
 過去の恋愛経験が、祐樹をそういう思考に導く。

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