あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第27章-1 恋愛ごっこ

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 ひとまず三人でホテルまで戻り、青木はチェックアウトし、代わりに安藤がチェックインする。
 二人がフロントで手続きしているあいだに祐樹は孝弘の部屋に行き、ちょっと後ろめたく思いながら荷物を開けて、着替えを取り出した。
 旅慣れた孝弘の荷物はコンパクトで、その荷物の少なさに留学生寮でほとんどなにも持たずに暮らしていたことを思い出す。
 机の上に辞書や今回の資料が広げっぱなしになっている。閉じておこうと手に取ってまとめて端に置こうとしたら、その間からはらりと一枚、何かが床に落ちた。
 メモ用紙?

 かがんで拾って、祐樹ははっと動きを止めた。
 手にしたのはメモではなかった。
 写真だった。
 今のようにデジカメではなかった5年前、フィルムカメラで撮ったその写真を祐樹も覚えていた。

 その場で画像を確認するなんてことはできず、タイマーのタイミングがうまく読めなくて何枚も並んで撮った。
 その中の、成功した1枚。
 今よりすこし若い孝弘と祐樹が、長城を背景に並んでいた。
 新緑のなか、はにかむような笑顔で写真のなかの二人が祐樹を見ていた。

 人が多かった八達嶺の長城に辟易した話をしたら、孝弘が連れて行ってくれた人のいない長城。
 あそこはなんていう場所だったっけ?
 タクシーで2時間以上走った郊外の、誰もいない長城を二人きりで登った。
 汗ばんだ肌に山を吹き抜ける風が気持ちよかった。
 そう、ちょうど今ごろの時期だった。



 話の流れで孝弘に「静かな長城、行ってみたい?」と誘われたとき、郊外に二人きりで出かけるなんてデートみたい、と心のなかで祐樹はひっそり舞い上がったものだった。
 上野くんにそんなつもりはないだろうけど。
 単なる親切で申し出てくれただけだとは理解している。
 まだ会うのは2回目だ。
 それでも孝弘が裏表のない性格で、頼られると世話を焼いてくれることは何となくわかっていた。
 祐樹が人の多い長城にうんざりしたとこぼしたから、親切心でいい場所を教えてくれたのだ。

 それでもうれしかった。
 長城は一度行ってみて人の多さに懲りたけれども、孝弘がおすすめする場所なら行ってみたい。郊外ということで上司の許可をもらわないといけないのは面倒だったが、どうしても行きたくなった。
 だから誘いに乗った。

 孝弘は祐樹が行くと返事するとは思っていなかったらしく、ちょっと驚いた顔をした。
 そういう表情をするとすこし子供っぽく、年相応に見える。 
 かわいいなと思う。
 髪をなでたくなるが、さすがにそれはまずいだろう。
 残念に思いながらソーセージをかじった。


 初対面でまず、外見が好みだと思った。
「いってーな」という日本語についふり向いて、まだ若い日本人を見たとき、その目つきの鋭さに引き寄せられた。
 不機嫌そうな顔をしたかっこいい男の子だった。
 路上で通訳に逃げられるというハプニングに困り果てて、お得意のにっこり笑顔で半ば強引に通訳を頼んでみたら、彼はとても困惑した顔をした。そりゃそうだろう。

 でも好奇心旺盛なのか、事情を説明するうちにまあいいかという感じに引き受けてもらえた。
 案外、世話好きなのか中国事情をあれこれ教えてくれて、クライアントの二人と一緒に驚きと発見に満ちたとても楽しい一日を過ごさせてもらった。
 それで欲が出て、プライベートが知りたくなって食事に誘った。

 ドイツビールの店で19歳と聞いて祐樹のほうが驚いた。
 しっかりしているから、もう少し上かと思っていたのだ。
 ゆっくり話をしてみたらますます好みで気持ちが弾んだ。
 驚きの連続の留学生活を、不便も理不尽も飲み込んで楽しんでいる健やかさと図太さがとてもよかった。いいなと何度も思った。この子、好きだなと。

 でもそれ以上、踏み込む気は起きなかった。
 完全にストレートの未成年に手を出すわけにはいかない。
 眺めるだけの片恋もいいかな。ちょっと切ないけれど、それも悪くない。だって、祐樹の研修期間は半年だ。
 孝弘にはなにも告げず、ただひっそりと心のなかで恋愛ごっこを楽しんで、半年間の北京研修の思い出にしよう。祐樹は冷たいビールを飲みながらそう決心して、長城行きの手配を頼んだ。


「荷物はリュックで両手を空けたほうがいい。あと絶対履き慣れたスニーカーで。それと案外、標高が高くて涼しかったりするから、羽織るものも一枚持ってきて」
 孝弘のアドバイス通りに荷物をつくった。
 前の晩はうまく寝付けなかった。遠足前の子供じゃあるまいしと思ったが、楽しみで胸がとくとくして眠れないのだと認めざるを得なかった。
 こんな気持ちになるのは久しぶりだった。
 うまく気持ちをコントロールしなければ、と自戒をこめて眠りについた。


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