94 / 112
第28章-1 意識のありか
しおりを挟む
安藤と二人で病室で夕食を食べた。
「腕どうだ? まだ痛むか?」
「痛み止め効いててあんまり感じません。ていうか、中国の薬ってめちゃめちゃ効きよくないですか?」
「ああ、言える。どんな成分入ってるんだろうな」
寝ている孝弘のそばでふつうに会話したのは、声が聞こえたら目が覚めるかと期待したのだが、眠ったままだ。
意識ってどこにあるんだろう。
どうすれば戻ってくる?
食事を終えて安藤がホテルに帰ると、今朝そうしたように名前を呼びながら布団をめくって、パジャマのうえから孝弘の心臓の音を確かめた。
とくとくと少しゆっくりな心音が手のひらから伝わってくる。
大丈夫、温かい。
祐樹はベッドの横に椅子を持ってきて座った。
そっと布団のなかをさぐって孝弘の手を握りこむ。
握り返してもこないって、どういうことだよ。
おれが手、つないでやってんのに、ねえ。
「起きてよ、孝弘」
静かな呼吸は乱れることなく、祐樹はじっと孝弘の寝顔を見つめていた。
窓を見あげれば、薄いカーテン越しにまるい月が透けていた。
満月を見ると中秋節の夜を思い出す。
5年前の中秋節。
最初で最後だと思って抱かれた記憶。
苦くてあまい思い出。
孝弘の熱い手を覚えている。
すこし戸惑いながら、でも情熱的にやさしく祐樹を愛撫した。
まっすぐな濡れたまなざしも。
触れた肌のしっとりした熱も。
あの最後の夜、抱き合った記憶が、2日前の夜と重なってよみがえりそうになり、慌てて振り払う。
あれから祐樹は満月が嫌いになった。
まるい月を見ると孝弘を思い出す。日常生活の中では、忙しいからふだんは満月など気に留めていない。
しかしいちばん忘れたい中秋節だけは毎年、嫌でも意識する。
中国に住んでいれば、中秋節は毎年盛大に祝うべき伝統祝日で、忘れようにも忘れさせてもらえないのだ。
8月になればどこのショッピングセンターにも月餅売り場が大きく展開し、赤と金の装飾が派手に飾られはじめる。取引先からは豪華な化粧箱入りの月餅がいくつも届き、こちらも贈り返す手配をする。
街中にいても灯籠の飾りつけや伝統食の用意、月見の宴会の誘いなどが目や耳に入り、中秋節は毎年、嫌でも意識させられるのだ。
それでもなんとか忘れたふりをしてきたのに、でもそんなことは無駄なことだったのだと思い知る。
忘れたふりで心の奥底にそっと大切にしまったはずなのに、いつだって孝弘のことは意識のどこかにあったのだ。
薄闇のなかで「祐樹」とやさしく呼ばれた。
祐樹の好きな低いささやき声。
「好きだよ」
さわさわと髪をなでられて、気持ちがいいとその手に擦り寄った。頬を包まれて、気持ちよさに微笑む。
くすりと笑う気配。
……ああ、夢を見ている?
ふと、やわらかいなにかが唇に触れて、祐樹はふわりと目を開いた。
目を開けても視界が暗くて、あれ…?と思う。
ここはどこだったっけ?
「起きた?」
声を掛けられて、ぼんやり頭を起こした。
笑いをふくんだ低くあまい声。
孝弘が身を引いて間近で目が合って、それでキスされていたのだとわかった。
孝弘はベッドに横たわった状態で、祐樹は片頬を布団につけて寝ていたようだ。
「孝弘?」
「うん」
これはまだ夢のなかだろうか。
横になったままの孝弘に、やさしい手つきで頬をなでられた。
手のひらがほんわりと温かい。その感触がやけにリアルだ。
「どうしたの、なんかかわいい顔してる」
「え?」
「孝弘ってもう一回、呼んで」
「孝弘?」
誘われるまま名前を呼んだら、孝弘が目を細めてとてもうれしそうに笑った。
そこではっと目が覚めた。
「上野くん!」
意識が戻ってる!
がばっと身を起こした。
「あーあ、目が覚めちゃった?」
孝弘が残念そうに、かわいかったのになとつぶやく。
「目が覚めちゃったじゃねーだろ。そっちこそ、いつ起きたんだよ。勝手にいたずらしてんじゃねーよ」
安堵のあまり、乱暴な言葉になってしまう。
うれしさが突き抜けて、何を考えていいかわからなかった。
「うわー、祐樹がそんな言葉使いするなんて、すげー新鮮」
状況がわかっていない孝弘はのんきなものだった。
「ていうか、ここ病院? 祐樹は平気なのか?」
「それどころじゃないって。事故からもう2日も経ってんのに! 麻酔はとっくに切れてるのに目が覚めなくて、人がどんだけ心配したと思って」
祐樹が言えたのはそこまでで、つんと鼻の奥が熱くなって胸がつまったと思ったら、あっという間に涙があふれた。
孝弘が目をまん丸に見開いて、驚いた顔で祐樹を見つめた。
止めようもなくぽろぽろ涙がこぼれ落ちて、シーツにいくつも染みを作っていく。
「心配かけてごめんな」
頭を抱き寄せられて、耳元にそっと謝罪が落ちて来た。
「腕どうだ? まだ痛むか?」
「痛み止め効いててあんまり感じません。ていうか、中国の薬ってめちゃめちゃ効きよくないですか?」
「ああ、言える。どんな成分入ってるんだろうな」
寝ている孝弘のそばでふつうに会話したのは、声が聞こえたら目が覚めるかと期待したのだが、眠ったままだ。
意識ってどこにあるんだろう。
どうすれば戻ってくる?
食事を終えて安藤がホテルに帰ると、今朝そうしたように名前を呼びながら布団をめくって、パジャマのうえから孝弘の心臓の音を確かめた。
とくとくと少しゆっくりな心音が手のひらから伝わってくる。
大丈夫、温かい。
祐樹はベッドの横に椅子を持ってきて座った。
そっと布団のなかをさぐって孝弘の手を握りこむ。
握り返してもこないって、どういうことだよ。
おれが手、つないでやってんのに、ねえ。
「起きてよ、孝弘」
静かな呼吸は乱れることなく、祐樹はじっと孝弘の寝顔を見つめていた。
窓を見あげれば、薄いカーテン越しにまるい月が透けていた。
満月を見ると中秋節の夜を思い出す。
5年前の中秋節。
最初で最後だと思って抱かれた記憶。
苦くてあまい思い出。
孝弘の熱い手を覚えている。
すこし戸惑いながら、でも情熱的にやさしく祐樹を愛撫した。
まっすぐな濡れたまなざしも。
触れた肌のしっとりした熱も。
あの最後の夜、抱き合った記憶が、2日前の夜と重なってよみがえりそうになり、慌てて振り払う。
あれから祐樹は満月が嫌いになった。
まるい月を見ると孝弘を思い出す。日常生活の中では、忙しいからふだんは満月など気に留めていない。
しかしいちばん忘れたい中秋節だけは毎年、嫌でも意識する。
中国に住んでいれば、中秋節は毎年盛大に祝うべき伝統祝日で、忘れようにも忘れさせてもらえないのだ。
8月になればどこのショッピングセンターにも月餅売り場が大きく展開し、赤と金の装飾が派手に飾られはじめる。取引先からは豪華な化粧箱入りの月餅がいくつも届き、こちらも贈り返す手配をする。
街中にいても灯籠の飾りつけや伝統食の用意、月見の宴会の誘いなどが目や耳に入り、中秋節は毎年、嫌でも意識させられるのだ。
それでもなんとか忘れたふりをしてきたのに、でもそんなことは無駄なことだったのだと思い知る。
忘れたふりで心の奥底にそっと大切にしまったはずなのに、いつだって孝弘のことは意識のどこかにあったのだ。
薄闇のなかで「祐樹」とやさしく呼ばれた。
祐樹の好きな低いささやき声。
「好きだよ」
さわさわと髪をなでられて、気持ちがいいとその手に擦り寄った。頬を包まれて、気持ちよさに微笑む。
くすりと笑う気配。
……ああ、夢を見ている?
ふと、やわらかいなにかが唇に触れて、祐樹はふわりと目を開いた。
目を開けても視界が暗くて、あれ…?と思う。
ここはどこだったっけ?
「起きた?」
声を掛けられて、ぼんやり頭を起こした。
笑いをふくんだ低くあまい声。
孝弘が身を引いて間近で目が合って、それでキスされていたのだとわかった。
孝弘はベッドに横たわった状態で、祐樹は片頬を布団につけて寝ていたようだ。
「孝弘?」
「うん」
これはまだ夢のなかだろうか。
横になったままの孝弘に、やさしい手つきで頬をなでられた。
手のひらがほんわりと温かい。その感触がやけにリアルだ。
「どうしたの、なんかかわいい顔してる」
「え?」
「孝弘ってもう一回、呼んで」
「孝弘?」
誘われるまま名前を呼んだら、孝弘が目を細めてとてもうれしそうに笑った。
そこではっと目が覚めた。
「上野くん!」
意識が戻ってる!
がばっと身を起こした。
「あーあ、目が覚めちゃった?」
孝弘が残念そうに、かわいかったのになとつぶやく。
「目が覚めちゃったじゃねーだろ。そっちこそ、いつ起きたんだよ。勝手にいたずらしてんじゃねーよ」
安堵のあまり、乱暴な言葉になってしまう。
うれしさが突き抜けて、何を考えていいかわからなかった。
「うわー、祐樹がそんな言葉使いするなんて、すげー新鮮」
状況がわかっていない孝弘はのんきなものだった。
「ていうか、ここ病院? 祐樹は平気なのか?」
「それどころじゃないって。事故からもう2日も経ってんのに! 麻酔はとっくに切れてるのに目が覚めなくて、人がどんだけ心配したと思って」
祐樹が言えたのはそこまでで、つんと鼻の奥が熱くなって胸がつまったと思ったら、あっという間に涙があふれた。
孝弘が目をまん丸に見開いて、驚いた顔で祐樹を見つめた。
止めようもなくぽろぽろ涙がこぼれ落ちて、シーツにいくつも染みを作っていく。
「心配かけてごめんな」
頭を抱き寄せられて、耳元にそっと謝罪が落ちて来た。
15
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
【完結】余四郎さまの言うことにゃ
かずえ
BL
太平の世。国を治める将軍家の、初代様の孫にあたる香山藩の藩主には四人の息子がいた。ある日、藩主の座を狙う弟とのやり取りに疲れた藩主、玉乃川時成は宣言する。「これ以上の種はいらぬ。梅千代と余四郎は男を娶れ」と。
これは、そんなこんなで藩主の四男、余四郎の許婚となった伊之助の物語。
逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~
結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】
愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。
──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──
長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。
番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。
どんな美人になっているんだろう。
だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。
──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。
──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!
──ごめんみんな、俺逃げる!
逃げる銀狐の行く末は……。
そして逃げる銀狐に竜は……。
白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる