あの日、北京の街角で

ゆまは なお

文字の大きさ
30 / 112

第8章-3

しおりを挟む
 初めて泊った日の朝食に出てきた豚肉と豆腐とモヤシの鍋。ポン酢がうまかったな。この前、遊びに行ったときは、すきやき風の醤油味の鍋だった。
「いや、〆にいいかなーって」
「鍋ならスープ使わないんだろ。どれでも変わらないんじゃない? 袋ラーメンじゃなくて麺売り場もあるよ。あ、韓国ラーメンが麺がしっかりしてて鍋向きかも」
 真っ赤なパッケージの辛ラーメンが山積みになっている。じゃあ今度試してみようと祐樹が2つ取った。隣にはカップラーメンがこれまた山のように積んである。

「カップ麺てこれしかないの? 紅焼牛肉麺ホンシャオニュウロウミェン?」 
 袋ラーメンの種類の豊富さに比べて、カップ麺売り場はさみしい品ぞろえだ。
「うん、まだ少ないな。去年だっけ、カップ麺売りはじめたのって」
「え? そうなの? それまでなかったってこと?」
 カップ麺があって当たり前の世界に住んでいたので、祐樹はちょっと衝撃を受けた。

「ああ、でもマクドナルドも去年できたばっかりって言ってたよね」
「うん。外資系スーパーにはカップヌードルも売ってたけど、1個いくらだっけ、さっきの昼メシ代くらいするから滅多に買わなかったな」
 二人でお腹いっぱい食べた食事代とカップ麺が同じ値段と知って、それにも祐樹は驚く。
「そっか、輸入品だとそんな高いんだ。これも外国人価格?」
「たぶんね。国産はそこまで高くはないよ」
 カップ麺は割高なのに面子なのか手軽さが受けたのか、北京っ子に大売れしている。種類はまだ少ないがあっという間に増えるだろう。

 調味料の棚では、ずらりと並んだ瓶詰めのラベルを祐樹が読んで、孝弘が発音を訂正していく。
「食堂で出てくる味はこれだったんだ」
 祐樹には新たな発見がたくさんあったようで、いくつかかごに入れている。
「これ、鍋の味付けにいいかもよ」
「上野くんだって、鍋前提じゃない」
「だって高橋さんに鍋しか食わせてもらってないし」

 すでに何度か祐樹の手料理をごちそうになっている。味付けや具材は毎回ちがうのでまったく問題はない。
 そもそも手料理を出されて、それにケチをつけるほど孝弘は礼儀知らずでもなかった。
「でも、どれもうまかった。鍋ってすげーって認識を改めたもん」
 孝弘の言葉に祐樹は照れたのか、めずらしく困ったような顔で笑う。


「で、高橋さん、なに買いに来たの?」
 ローカルスーパー初体験の祐樹はあちこちの売り場で足止めされて、気づいたら店に入って20分近くたっていた。
「えーと、何だったかな?」
 スーパーに入った目的をすっかり忘れてしまったようだ。買う予定じゃなかったラーメンや調味料が入ったかごを持って、首をかしげている。りすみたいでかわいい。
 いくらなんでも年上の社会人に、怒りそうだから言えないけど。きれいな顔して文句なしにかっこいいけど、時々見せる仕草が子供のようにかわいい。いや言いませんけど。

「思い出せない?」
「うーん。……まあいいや。また思い出したらで」
 でも喉が渇いたというので飲料売り場に行くと、祐樹は百事可楽バイシークーラ(ペプシコーラ)の赤い缶を棚から選ぶ。
「ペプシって日本では飲まなかったんだけど、こっちで飲んだらちょうどいい感じだったんだ。炭酸強すぎないのが」
「俺も炭酸強いのは苦手。だから実はこっちのビールが案外好きなんだよな。五星ウーシンとか燕京イエンジンとかちょっと味も薄いだろ」
 そう言いながら、孝弘の手がつい五星ビールに伸びた。

 それを見ていた祐樹がコーラを棚に戻して、やはりビールを手に取った。
 レジを済ませてから、番号札と引き換えにカバンを返してもらって外に出て、街路樹の日陰でビールを飲む。
 北京の道のいいところは、歩行者道の横には大きな街路樹が植えられて、いつも日陰があることだ。
「ぬるいね」
「うん、北京の味ってやつだよ」
「たしかに。最近慣れて、あんまり気にならなくなってきた」
「飲めなくはないしな」
「でもやっぱ、飲料は露店で買わなきゃだね」
「お、北京通になってきた?」
 路上にいる露店なら氷水につけて冷やしたものが売っているのだ。

「どうかな。でも上野くんのおかげだよね、いつもありがとう」
 年下に向かってこんなことを素直にいうんだもんな。しかもその笑顔で。
 なんとなくそわそわするような、ドキドキするような感覚を孝弘はすこし持て余す。祐樹といると、時々こんな感じで気持ちが不安定になるような気がする。
 祐樹があまりにも素直に「ありがとう」なんて言うから照れてしまうんだろうか。
 うん、きっとそうだ。

 年上の社会人なのに祐樹にはちっとも偉ぶったところがなくて、孝弘が紹介する中国のよもやま話を楽しそう聞いている。
 その反応を見るとなんだか孝弘もうれしくなってしまい、またどこかに連れて行こうと思ってしまうのだ。
 おかしいな、こんなにお節介というか面倒見のいいタイプじゃないはずだけど。
 楽しそうな笑顔が見たいってちょっとヘンか? 
 でもかわいいし。
 埃っぽい風に吹かれて、孝弘はぬるいビールを飲んだ。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...