あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第10章-4

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 それにしても、ケンカ沙汰にまったく動じない姿はちょっと意外だった。
 でもよく考えたら男ばっかり四人兄弟で、取っ組み合いも日常で育った人だったんだっけ。
「でもスゲーかっこよかったけど。くいって軽くひねっただけで、あんなふうになるんだ?」
「ああ、あれね。あとで教えようか。いざって時に役に立つかも」
 そう言って、部屋に戻ったあと、本当に教えてくれた。

 祐樹が孝弘の正面に立って、孝弘に手首を握らせた。
 細身に見えた祐樹だが、しっかり骨ばった男の腕だった。
 そうだよな、きれいな顔立ちだけど、ちゃんと男の骨格してんだよな。
「向かい合って手を握られた場合、相手の親指側に手を返すんだ。人間の体はこっち側には力が入らないから」
 説明しながら、手首を回して見せる。

「上野くん、もっと力入れてみて」
 ぐっと力を籠めたのに、くるりと手を回されるとするっと手から外れた。
「え、あれ?」
「ね? 簡単でしょ。じゃあやってみて」

 今度は祐樹が孝弘の手首を握る。
 あ、けっこう大きな手。力もそれなりに強い。
 教えられた通りに手を返すと、祐樹の親指と人差し指が外れた。
「ほんとだ、思ったより簡単に外れるんだな」

「うん。そのまま握って返すときに肘を曲げさせないように固定してもいいし、相手を倒せるときは、こういうふうに肩から肘を固定して捻ると抵抗できない」
 祐樹が手を伸ばし、かるく孝弘の腕を引いたかと思うと次の瞬間、体が傾いだ。
「え? うわっ」
 あっという間にリビングの床に倒されて、右手を捻り上げられてドキッとする。手加減してくれているからそんなに痛くはないが、流れるように鮮やかな動きに驚いた。

 捻る時は手首を曲げて小指側へと教えながら、祐樹の手が肘や肩に触れてくる。
「あ、これまじで痛いな」
 基本は肘を固定して肩関節から手首の可動部を逆にひねるだけなのだが効果は大きい。
「ごめん、力入れすぎた?」
 ぱっと手を離されて、孝弘はあわてて首を振った。

「ううん。今は平気だったけど、ちょっと強くするとかなり痛そう」
「うん。だからなるべく使わないほうがいいけど、まあ念のために覚えといて」
 祐樹を倒す練習を何度かして「うん、すごい上手」と褒められて、テンションが上がる。

「体幹がしっかりしてるのかな、覚えがいいね」
 祐樹が床に倒されたまま、孝弘を見上げてくる。
 普段と違う、その顔の角度にドキッと心臓が跳ねた。やわらかそうな髪がさらりと流れて、見たことのない額があらわになっていた。
 
「上野くんにはいつも色々教えてもらってるから、たまにはおれが教えることがあってよかったよ」
 祐樹は屈託なく笑っている。
 一見、そんな暴力的なことからは無縁そうな祐樹がひどく男っぽく見えて、孝弘はなんだかドキドキした。

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