68 / 112
第21章-1 駆け引き
しおりを挟む
運転手は友人宅に行ってしまって夕食は二人きりだった。孝弘は人目をはばからず祐樹をじっと見つめてきた。
あまりにも落ち着かないので、そんなに見ないでよと茶化すように言ってみたが、孝弘はうなずいたものの優しく微笑むのをやめなかった。
熱っぽく、あまい視線。
……とても困る。
大人っぽくなった、いや、大人の男の顔をして、そんなふうに見つめられると、祐樹はうまくポーカーフェイスを作れなかった。
5年前にはそれであしらえたのに、もうその手は通用しないと突きつけられた気分だ。
…そうか。孝弘はあの時の祐樹と同じ歳になっているのだ。そりゃ、駆け引きもうまくなるはずだ。
ホテルに戻ったら、今度は孝弘の部屋に誘われた。
天津のときにはなかった展開だ。いや、あの時の部屋はツインだったっけ。
「試供品のワインをもらったから味見してくれませんか?」
「試供品のワイン?」
意外な誘い文句に思わず聞き返してしまった。
「友人の会社で仕入れるかどうか検討中の新疆ワインなんです。俺、あんまりワイン飲まないから正直、味がよくわからないんですよね。日本人としておいしいのかどうか意見もらいたいんです」
そう言われて跳ねのけられずに乗ってしまう自分も、度し難いバカだとは思う。
停電のエレベーターで煽られて、ベッドで触りあったのは4日前のことだ。
反省したはずだ、しっかりしなくては。孝弘の視線に引きずられている場合ではないのだ。
言い訳かもとすこし疑っていたが、部屋に行ったらワインは本当に出てきた。
小ぶりの瓶の新疆ワインが2本。ホテルの部屋にグラスはないので、コップに淹れたワインを受け取って、どうしたものかと自問する。
狭いシングルの部屋でベッドに腰かけてワインを飲んでいる時点でもうアウトだろうか。拒める気がちっともしない。
「けっこうおいしい」
ワインはすっきりした飲み口で、アルコール度数はさほど高くない。酒に弱い人でも気軽に楽しめそうだった。ハーフボトル程度の量だから、食事時に二人で飲むとちょうどいいかもしれない。
ラベルにはマスカットのような黄緑色の葡萄の絵が描いてある。新疆葡萄酒はそこそこ有名でそれなりに流通しているから祐樹も飲んだことはあるが、このラベルは初めてだ。
「どこの?」
「吐魯番産。工場で飲んだらうまかったから買ってみたらしいです」
トルファンはそれほど便利な場所ではない。
孝弘の友人はトルファンのワイン工場まで行って仕入れたのか。思わず笑みが浮かぶ。友人も行動力があるタイプらしい。
「へえ。わざわざトルファンまで行ったんだ」
「新疆好きな奴なので。わりとさわやかな味ですよね。これ、干しブドウと同じ葡萄かな」
孝弘はデスクの前の椅子に座って、自分のホーローマグにワインを入れて飲んでいる。瓶を持って、ラベルを確かめている。
「これでいくらするの?」
小売り価格を聞いて、祐樹はなるほどと納得する。どの程度の数量かにもよるが、実際の仕入れ価格はもっと安くなる。販路さえ確保できればそこそこの利益になりそうだ。
その会社の取引規模は知らないが、元留学生ならそれなりにコネもあるのだろう。
「日常で気軽に楽しむワインとしてはじゅうぶんおいしいと思うよ」
「ですね。まずは少量仕入れて、感触見てみてもいいかな」
孝弘が仕事の顔をしているから、祐樹はほっとしてワインを飲みほした。これで用事は終わった。
不自然にならないようにタイミングを計って立ち上がろうとしたら、孝弘に腕を掴まれた。
「何?」
どくんと心臓が跳ねたことを押し隠して言った。目線を合わせるのはまずい。
「せっかくだから、もう少し話でもしよう?」
祐樹は戸惑って立ち上がれない。話? 孝弘と二人で何を話せばいいんだろう。
思わず黙りこむ祐樹の腕を孝弘が掴みなおした。逃がさない、と言うように。
「俺と話すのは嫌?」
もう一杯、ワインを注がれた。
断る面倒より、飲んでしまう方が早い。そう判断して、これを飲んだら部屋に帰ると自分に言い聞かせた。
「嫌なわけないでしょう。上野くんは本当に頼りになるし……、胃腸薬の件でも青木さんがとても感謝してたよ」
なんとか差しさわりのない話題を探し出す。
連日の宴会や食事会で胃腸の調子を崩した青木に、孝弘が夜間でも診療してくれる中医を探してくれたのだ。診察を受けた後、青木は「すごい匂いなんだけど」と不安そうな顔で煎じ薬を飲んだが、それがかなり効いたらしい。
「胸やけがすごく楽になった」と喜んで、その後もまずいといいながらも煎じ薬を飲んでいる。
「漢方薬があんなに効くって知らなかったよ」
祐樹はこれまで中医の診察を受けたことはない。
「西薬(西洋薬)でもよかったんですけど、こっちの薬って日本のものよりだいぶ強いんで胃腸が弱っているときには負担が大きいんです。漢方だとその辺をうまく調整して出してくれるから、体質に合えばよく効くよ」
孝弘も長い中国生活で、中医の世話になったことがあるという。
あまりにも落ち着かないので、そんなに見ないでよと茶化すように言ってみたが、孝弘はうなずいたものの優しく微笑むのをやめなかった。
熱っぽく、あまい視線。
……とても困る。
大人っぽくなった、いや、大人の男の顔をして、そんなふうに見つめられると、祐樹はうまくポーカーフェイスを作れなかった。
5年前にはそれであしらえたのに、もうその手は通用しないと突きつけられた気分だ。
…そうか。孝弘はあの時の祐樹と同じ歳になっているのだ。そりゃ、駆け引きもうまくなるはずだ。
ホテルに戻ったら、今度は孝弘の部屋に誘われた。
天津のときにはなかった展開だ。いや、あの時の部屋はツインだったっけ。
「試供品のワインをもらったから味見してくれませんか?」
「試供品のワイン?」
意外な誘い文句に思わず聞き返してしまった。
「友人の会社で仕入れるかどうか検討中の新疆ワインなんです。俺、あんまりワイン飲まないから正直、味がよくわからないんですよね。日本人としておいしいのかどうか意見もらいたいんです」
そう言われて跳ねのけられずに乗ってしまう自分も、度し難いバカだとは思う。
停電のエレベーターで煽られて、ベッドで触りあったのは4日前のことだ。
反省したはずだ、しっかりしなくては。孝弘の視線に引きずられている場合ではないのだ。
言い訳かもとすこし疑っていたが、部屋に行ったらワインは本当に出てきた。
小ぶりの瓶の新疆ワインが2本。ホテルの部屋にグラスはないので、コップに淹れたワインを受け取って、どうしたものかと自問する。
狭いシングルの部屋でベッドに腰かけてワインを飲んでいる時点でもうアウトだろうか。拒める気がちっともしない。
「けっこうおいしい」
ワインはすっきりした飲み口で、アルコール度数はさほど高くない。酒に弱い人でも気軽に楽しめそうだった。ハーフボトル程度の量だから、食事時に二人で飲むとちょうどいいかもしれない。
ラベルにはマスカットのような黄緑色の葡萄の絵が描いてある。新疆葡萄酒はそこそこ有名でそれなりに流通しているから祐樹も飲んだことはあるが、このラベルは初めてだ。
「どこの?」
「吐魯番産。工場で飲んだらうまかったから買ってみたらしいです」
トルファンはそれほど便利な場所ではない。
孝弘の友人はトルファンのワイン工場まで行って仕入れたのか。思わず笑みが浮かぶ。友人も行動力があるタイプらしい。
「へえ。わざわざトルファンまで行ったんだ」
「新疆好きな奴なので。わりとさわやかな味ですよね。これ、干しブドウと同じ葡萄かな」
孝弘はデスクの前の椅子に座って、自分のホーローマグにワインを入れて飲んでいる。瓶を持って、ラベルを確かめている。
「これでいくらするの?」
小売り価格を聞いて、祐樹はなるほどと納得する。どの程度の数量かにもよるが、実際の仕入れ価格はもっと安くなる。販路さえ確保できればそこそこの利益になりそうだ。
その会社の取引規模は知らないが、元留学生ならそれなりにコネもあるのだろう。
「日常で気軽に楽しむワインとしてはじゅうぶんおいしいと思うよ」
「ですね。まずは少量仕入れて、感触見てみてもいいかな」
孝弘が仕事の顔をしているから、祐樹はほっとしてワインを飲みほした。これで用事は終わった。
不自然にならないようにタイミングを計って立ち上がろうとしたら、孝弘に腕を掴まれた。
「何?」
どくんと心臓が跳ねたことを押し隠して言った。目線を合わせるのはまずい。
「せっかくだから、もう少し話でもしよう?」
祐樹は戸惑って立ち上がれない。話? 孝弘と二人で何を話せばいいんだろう。
思わず黙りこむ祐樹の腕を孝弘が掴みなおした。逃がさない、と言うように。
「俺と話すのは嫌?」
もう一杯、ワインを注がれた。
断る面倒より、飲んでしまう方が早い。そう判断して、これを飲んだら部屋に帰ると自分に言い聞かせた。
「嫌なわけないでしょう。上野くんは本当に頼りになるし……、胃腸薬の件でも青木さんがとても感謝してたよ」
なんとか差しさわりのない話題を探し出す。
連日の宴会や食事会で胃腸の調子を崩した青木に、孝弘が夜間でも診療してくれる中医を探してくれたのだ。診察を受けた後、青木は「すごい匂いなんだけど」と不安そうな顔で煎じ薬を飲んだが、それがかなり効いたらしい。
「胸やけがすごく楽になった」と喜んで、その後もまずいといいながらも煎じ薬を飲んでいる。
「漢方薬があんなに効くって知らなかったよ」
祐樹はこれまで中医の診察を受けたことはない。
「西薬(西洋薬)でもよかったんですけど、こっちの薬って日本のものよりだいぶ強いんで胃腸が弱っているときには負担が大きいんです。漢方だとその辺をうまく調整して出してくれるから、体質に合えばよく効くよ」
孝弘も長い中国生活で、中医の世話になったことがあるという。
12
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆
逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~
結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】
愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。
──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──
長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。
番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。
どんな美人になっているんだろう。
だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。
──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。
──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!
──ごめんみんな、俺逃げる!
逃げる銀狐の行く末は……。
そして逃げる銀狐に竜は……。
白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる