あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第25章-3

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 公園内はとても広かった。
 芝生や大きな広場がたくさんあり、そこで人々は太極拳をしたり、扇を手に舞い踊っていたり、剣舞を披露していたり、あるいは二胡を演奏していたりする。
「地元の人だよね。もっと観光客が多いのかと思ってた」
「まだ観光客は来ない時間だから。いまは日常の北京の朝」

 あちこちにそんな10人から50人くらいのグループがあり、ラジカセでガンガン音楽を鳴らして体操したり踊ったりする光景はなかなか壮観で、おまえら朝からどんだけ元気やねんと思わず大阪弁で突っ込みたいほどだ。
「すごいパワーだね」
 まだ朝の6時半。それなのにこの熱気、このパワー。
 祐樹は目を丸くしっぱなしだ。

 通勤途中にちょっとした広場で踊っているグループを目にすることはあったが、朝の公園でこんな光景が繰り広げられているとは知らなかった。
「去年の中国文化の授業で太極拳やって、あれって見た目そうでもないけど、けっこうな運動になるってわかったよ」
 太極拳をしているグループを横目に孝弘が言うのに、祐樹は目を輝かせた。

「太極拳、できるの?」
「テストまであったから、全員必死になって寮で夜に練習したんだ」
 あのポーズ一つ一つに意味があって、それも中国語で訊かれるから覚えるのが大変だったらしい。
「やってみせてよ」
 祐樹がおもしろがってリクエストする。

「えー、やだよ。恥ずかしい」
 めずらしく孝弘が照れて尻込みした。
 そんな表情が新鮮で、祐樹は首をかたむけて ね?ととびきりのおねだりスマイルで頼んでみせた。
「見てみたいな。上野くんの太極拳。きっとかっこいいだろうな」
 じっと祐樹の顔を見ていた孝弘が、はあっとため息をついた。
 ずるいよな、そんな顔して、という声が聞こえた気がする。

「うーん、じゃあ、ちょっとだけな」
 グループの端っこに入ると、すっとポーズを取って流れに乗って動き始めた。
 ゆるやかな胡弓の曲に合わせて30人くらいの集団が、まったく同じ動きで太極拳をしているのは、なかなか見ものだった。

 祐樹は昔、空手をやっていたからわかるが、太極拳の動きというのは体幹が鍛えられていないとかなりきつい。
 ゆっくりやればやるほど負荷がかかり、見た目よりも筋力が必要だ。
 孝弘はきちんと腰を落とすところは落とし、腕や脚は上げるべき高さまで上げている。一定の速度を保った滑らかな動きだった。
 ゆっくりと弧を描いた腕が返され、体が反転したかと思うと片足を引いて踏み出して、と一連の動きはよどみない。筋肉が躍動するのが伝わってくる。

「他真棒(タージョンバン)!(彼、かっこいいね)」
 後ろで見ていたおじさんが祐樹に声を掛けてきた。
 同意を表す言葉がわからなかったので、祐樹は黙ってうなずいた。孝弘の動きから目が離せなかった。
 好きなんだなと正直に思う。
 曲は始まりのほうだったのか思ったより長く続き、孝弘は曲が一区切りするまでやってから祐樹のところへ戻ってきた。

「すごい、じょうずだった」
 祐樹の賞賛に孝弘が汗をふきながら笑う。
   いつになく照れた笑い。はにかみ混じりのその笑顔に、胸がきゅんとなる。……ああ、重症だ。
 カメラを持っていたら撮っておきたかった。
 網膜に焼き付けた笑顔をそっと胸の中にしまい込む。
 そこにはもう、いくつもの場面がしまわれている。

「やっぱけっこう忘れてた。周りの人見て思い出したけど」
「そう? 全然遅れてなかったよ。きれいな動きだった」
「みんないるからそうでもないけど、ちょっと照れるな」
 そのあとも公園内を散策して、有名な蒼い屋根が美しい祈年殿や回音壁を見て回った。ゆっくり公園を散策して、二人が帰ろうとする頃から徐々に観光客もやってきて、土産売りや花鳥文字売りも声を張り上げて、観光地らしい空気になった。 
 天壇公園は素晴らしかったけれど、この日の祐樹の記憶にもっとも強く残ったのは、孝弘の太極拳とはにかんだ笑顔だった。

 あの時と同じように太極拳をする一団を眺めて、祐樹はちいさなため息をつく。孝弘に再会してからというもの、こうしていくつもの思い出があふれてくる。
 思い出すと切なくなるから、ずっと胸の奥にしまっておいたはずなのに。たった半年足らずのつき合いだったとは思えないほど、たくさんの思い出があったことに自分でも驚いた。

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