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第18章-2
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仕事は順調にはいかなかった。
今回の出張はいろいろ面倒かもしれないと事前に部長の緒方から耳打ちされていた通り、中国側の思惑にあれこれ振り回されているというのか、予定変更のやたら多い事態になった。
孝弘も渡航前にある程度事情を知らされていたようで、不満も愚痴もいわず淡々と仕事をこなしている。
評判通り孝弘は語学だけでなく、さまざまな書類やチケットの手配にも手馴れていた。移動の足の確保や視察先や宿泊先の急な変更にもかなりスムーズに対応している。
デジタル化が進んでいない中国でのチケット手配や諸々の予約は大変で、正規の方法では手に入らないことが多い。
旅行社で買えない場合、闇チケットを探すことになるのだが孝弘はそういうつてをちゃんと持っていた。
孝弘が優秀なコーディネーターであることは疑いようもなく、出張が始まった最初の一週間で、祐樹をはじめ同行スタッフからの信頼を勝ち取っていた。
同行スタッフには今回、中国は初めてという技術部門の社員もいて、彼らにとって中国の現状は驚くべきものだったようだ。
しばしば呆然と、あるいは憤慨する彼らの姿を見て、祐樹は5年前の初めての北京研修を思い出し、それにつれて孝弘との思い出がよみがえるのをほろ苦くかみしめた。
今よりもっと不便だったあの頃の北京で孝弘と過ごした時間は、祐樹にとって息抜きにも救いにもなっていた。
駐在員社会だけでは知り得なかった一般庶民に近い目線の北京を見せてくれたのは孝弘で、その思い出を祐樹は胸の奥に大切にしまってあった。
仕事の場において、孝弘は過去を持ち出すそぶりはいっさいなかった。
スーツ姿で通訳として仕事をしている孝弘を実際に目にして、祐樹はどうしても孝弘に意識が向くのを抑えられなかった。
まるで世慣れた大人の顔をして与えられた役割をこなしている孝弘は、控えめにいっても恰好よくて、つい目が引き寄せられる。
祐樹はそんな自分に気づいてうろたえた。
今回、東京からは祐樹を含め四人のスタッフが中国入りしていて、視察やミーティング、相手方との顔合わせや会議など、つねに誰かしらと行動をともにしている。
孝弘とは毎日、打合せをして横にいる時間は長かった。
とはいってもプライベートな話をする時間の余裕はなく、祐樹は五年前のことを孝弘がどう思っているのか尋ねることはできないでいた。
仕事中、何度もふしぎな気分になる。隣を見るとスーツ姿の孝弘がいて、一緒に仕事をしているのが信じられなかった。
祐樹は自覚していた。
また孝弘に会えてうれしいのだと。もう二度と会うことはないと思っていたのに。こうして毎日顔を見られることが本当にうれしいと思っている。
でもそれを表に出すことは決してできないと十分に承知して自制していた。
「それにしても現実はだいぶ厳しそうだな」
2社目の工場の視察を終えて、ワゴン車に乗った青木が険しい表情でつぶやいた。事前に聞いていたよりも工場の設備がよくなかったのだ。
「そうですね。日本から工場資材を丸ごと送った企業の例も多々ありますが、それをすると黒字化するまでにさらに5年以上は必要になりますね」
祐樹も浮かない表情だ。
生産設備は何より重要だが、これまで視察した2社はどちらも日本側の要求する商品を作るのは難しい状態だった。
もちろん日本で流通している商品をそのまま作るわけではないが、それに準じた物にはなる。生産地を中国にしたからと言って製品のレベルを落とすことはできない。
「でも今の状態から生産可能な状態に持っていくにはどうする? 日本から技術者を呼ぶのか?」
「いえ、国内の技術者を招聘するほうがいいと思います。こちらの機械の扱いに長けているのはやはり中国人ですから」
技術部門の意見に祐樹も同意する。
「一部の資材は日本から輸入するにしても、できる限り中国製を使ったほうがいいですよ。メンテナンスの問題もありますし、何より工場資材の輸入にかかる関税は非常に大きいのでコスト面からお勧めできません」
「そうだな。もう少し、設備の整った工場があればいいんだがな」
今回、新しい合弁会社を設立するにあたって、中国側のコンサルタント会社から推薦された3社はいずれも国内ではそれなりに知名度のあるメーカーだった。その工場の設備を特区に移設して新工場を操業するという計画だったが、現在の設備を見る限り、日本側が予定した製品を作るのは難しかった。
日本側も2年前から市場調査に入り、1年前から合弁会社設立の準備は進めてきて、今回はその現地調査になるが、事前に送付された資料通りにはいかないようだ。
今回の出張はいろいろ面倒かもしれないと事前に部長の緒方から耳打ちされていた通り、中国側の思惑にあれこれ振り回されているというのか、予定変更のやたら多い事態になった。
孝弘も渡航前にある程度事情を知らされていたようで、不満も愚痴もいわず淡々と仕事をこなしている。
評判通り孝弘は語学だけでなく、さまざまな書類やチケットの手配にも手馴れていた。移動の足の確保や視察先や宿泊先の急な変更にもかなりスムーズに対応している。
デジタル化が進んでいない中国でのチケット手配や諸々の予約は大変で、正規の方法では手に入らないことが多い。
旅行社で買えない場合、闇チケットを探すことになるのだが孝弘はそういうつてをちゃんと持っていた。
孝弘が優秀なコーディネーターであることは疑いようもなく、出張が始まった最初の一週間で、祐樹をはじめ同行スタッフからの信頼を勝ち取っていた。
同行スタッフには今回、中国は初めてという技術部門の社員もいて、彼らにとって中国の現状は驚くべきものだったようだ。
しばしば呆然と、あるいは憤慨する彼らの姿を見て、祐樹は5年前の初めての北京研修を思い出し、それにつれて孝弘との思い出がよみがえるのをほろ苦くかみしめた。
今よりもっと不便だったあの頃の北京で孝弘と過ごした時間は、祐樹にとって息抜きにも救いにもなっていた。
駐在員社会だけでは知り得なかった一般庶民に近い目線の北京を見せてくれたのは孝弘で、その思い出を祐樹は胸の奥に大切にしまってあった。
仕事の場において、孝弘は過去を持ち出すそぶりはいっさいなかった。
スーツ姿で通訳として仕事をしている孝弘を実際に目にして、祐樹はどうしても孝弘に意識が向くのを抑えられなかった。
まるで世慣れた大人の顔をして与えられた役割をこなしている孝弘は、控えめにいっても恰好よくて、つい目が引き寄せられる。
祐樹はそんな自分に気づいてうろたえた。
今回、東京からは祐樹を含め四人のスタッフが中国入りしていて、視察やミーティング、相手方との顔合わせや会議など、つねに誰かしらと行動をともにしている。
孝弘とは毎日、打合せをして横にいる時間は長かった。
とはいってもプライベートな話をする時間の余裕はなく、祐樹は五年前のことを孝弘がどう思っているのか尋ねることはできないでいた。
仕事中、何度もふしぎな気分になる。隣を見るとスーツ姿の孝弘がいて、一緒に仕事をしているのが信じられなかった。
祐樹は自覚していた。
また孝弘に会えてうれしいのだと。もう二度と会うことはないと思っていたのに。こうして毎日顔を見られることが本当にうれしいと思っている。
でもそれを表に出すことは決してできないと十分に承知して自制していた。
「それにしても現実はだいぶ厳しそうだな」
2社目の工場の視察を終えて、ワゴン車に乗った青木が険しい表情でつぶやいた。事前に聞いていたよりも工場の設備がよくなかったのだ。
「そうですね。日本から工場資材を丸ごと送った企業の例も多々ありますが、それをすると黒字化するまでにさらに5年以上は必要になりますね」
祐樹も浮かない表情だ。
生産設備は何より重要だが、これまで視察した2社はどちらも日本側の要求する商品を作るのは難しい状態だった。
もちろん日本で流通している商品をそのまま作るわけではないが、それに準じた物にはなる。生産地を中国にしたからと言って製品のレベルを落とすことはできない。
「でも今の状態から生産可能な状態に持っていくにはどうする? 日本から技術者を呼ぶのか?」
「いえ、国内の技術者を招聘するほうがいいと思います。こちらの機械の扱いに長けているのはやはり中国人ですから」
技術部門の意見に祐樹も同意する。
「一部の資材は日本から輸入するにしても、できる限り中国製を使ったほうがいいですよ。メンテナンスの問題もありますし、何より工場資材の輸入にかかる関税は非常に大きいのでコスト面からお勧めできません」
「そうだな。もう少し、設備の整った工場があればいいんだがな」
今回、新しい合弁会社を設立するにあたって、中国側のコンサルタント会社から推薦された3社はいずれも国内ではそれなりに知名度のあるメーカーだった。その工場の設備を特区に移設して新工場を操業するという計画だったが、現在の設備を見る限り、日本側が予定した製品を作るのは難しかった。
日本側も2年前から市場調査に入り、1年前から合弁会社設立の準備は進めてきて、今回はその現地調査になるが、事前に送付された資料通りにはいかないようだ。
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