あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第18章-3

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「どうやら中国側はほかに勧めたい企業があるようですね」
 小耳にはさんだ会話から、そんな事情が聞こえてきたことを孝弘が教えた。
「急だね。今までそんな話は出てなかったのに」
 青木は警戒感を見せたが、おそらく中国特有の「取引費用」にかかわる問題だろうと孝弘にはわかっている。
 市場経済への移行期の現在、あらゆる場面で賄賂、買収などの非透明な事情があり、さらに政治的な問題や地域的習慣の違いなどが関わって、海外企業が中国進出する際の深刻な問題になることがある。

 日本側から見てアンフェアにも見えるが、伝統的な経済活動の様式であるとも言え、現実問題としてこれらの事情を無視はできない。
 中国側の裏事情は知る由もないが、コンサルタント会社には新たに見つけたのか第4の企業があるらしく、そのせいで予定が変更になっているのだ。
「3社目を見てから、そこに行くことになるかもしれません」
 中国側の思惑がどうであれ、条件が合うのであればどこでも構わないと緒方は出発前に言っていた。できるだけ理想に近い企業が見つかることが望ましいから、足を延ばすことは問題ない。

「そうだね。そうなると日程的にはきついのかな」
「いえ、たぶん大丈夫です。距離的にはそれほど遠くもないですし」
「そう。じゃあそのつもりでいたほうがいいな」
 仕事の話をする孝弘のきりっとした横顔を後部座席から見ていた祐樹は、窓の外を流れる景色に目を向けた。
 あまり見ないようにしなければ。気づくと目線が向いてしまっている。

 話し合いの場で難しい状況になっても、孝弘は平然とした顔で通訳を続けている。交渉の場でははったりも大事だから、孝弘のポーカーフェイスはとても頼もしい。
 祐樹は学生時代に必要があってポーカーフェイスを身につけたが、孝弘は中国生活の中で培ったのだろう。
「夜は幹部たちと意見交換会がありますが、その前に緒方部長に報告と打ち合わせをした方がよさそうですね」
「そうだな。ホテルに戻ったら、電話してみよう。上野くんも同席してくれ」
 助手席の孝弘に向かって青木が声をかける。
「わかりました」
 落ち着いた声に祐樹は心を落ち着けるように深く呼吸する。

 夜の意見交換会では日本側と中国側の意見の食い違いが顕著に見られた。
 特に技術担当からの質問に中国側は「検討中」や「現在調整中」との返答が多く、日本側の不信感は大きくなった。
 というのも、先月の会議でそれらはすべて調整済みと回答された事柄だったからだ。
 予定通りに行かないことが多々あるのは織り込み済みだが、あまりに現実とかけ離れた状態なのはまずい。
 信頼関係が築けないようなら、パートナーとしてやっていくのは無理だろう。
 青木は難しい顔で、意見交換会の様子を見守っていた。
 

 翌日は朝早くから車で移動だった。
「今回はどうでしょうね」
「先月、幹部と北京で会議した時にはかなりいい感じの話し合いができたんですが」
 祐樹の報告を聞きながら、青木はもう一度、資料に目を通している。
 連日の視察と懇親会、夜の東京本社との打ち合わせが続いて、ハードな毎日だ。

 特に夜の食事を兼ねた懇親会が大変なのだ。
 中国式の大量の食事と乾杯が続く宴会方式に、日本人スタッフは食傷気味だ。日本人は酒に弱いと思われているので、最初から「あまり飲めないので」と断ってしまうのも手だが、それでもそこそこ飲む羽目にはる。
 それが原因で体調不良を起こしては、何のために出張しているかわからなくなるので、祐樹は中国に不慣れな技術スタッフの体調にも気を配っていた。
 彼らはため息をつきながら、胃腸薬を飲んで何とか頑張っている。
 
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