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第18章-5
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祐樹が本社の意向と予定変更を伝えると、孝弘はメモを取りながら地図を広げて飛行機とホテルの手配についていくつか確認した。
「ひとまず北京に戻るなら、後半の日程も組み直しですか? こことこちらの視察はキャンセルにしていいんですね?」
「ええ。本社のほうでも宋一族のことは直近で耳に入っていたようで、この契約は白紙にという話になりました」
「わかりました」
「明日の朝イチでもう一度連絡が来るので。一度、北京に戻ることになりそうです」
「そうですか。朝イチで決まるなら、午前中にチケットが取れると思います」
「うん、ありがとう。緒方部長も情報ありがとうと感謝してました。今回のコーディネーターが上野くんで、本当に助かります」
「いえ、お役に立てたならよかったです」
孝弘は業務用の控えめな笑顔を見せた。
その笑顔が寂しい。仕方ない、そういう立場にいるのだから。
「じゃあ、遅くにお邪魔しました」
なにげない顔を装って祐樹は立ち上がった。
地図を一緒にのぞいたときに孝弘の髪から漂ったシャンプーの香りに、少しばかり心揺れたことを隠すように。速くなった心音から目をそらすように。
これ以上、近づいてはいけない。
何もなかったふりで引き返さなければ。
立ち上がろうとする祐樹の肩を、孝弘はかるく押して椅子に戻した。
はっとして祐樹は身を起こそうとしたが、再度肩を押された。その手の厚みにドキッとする。
「本当にそう思ってる?」
仕事用の顔をやめた孝弘と目を合わせた瞬間、しまったと内心で舌打ちした。やっぱり部屋に来たのは失敗だった。電話で伝えればよかったと思った瞬間、自分の本心に気づく。
本当に何も期待しなかった?
こうして二人きりになりたいとまったく思っていなかった? ほんの少しも?
「思ってるよ」
平坦な声を出すことには成功した。
でも心臓がドキドキするのは止められない。
「だったら、ごほうびくれます?」
しゃあしゃあと言ってのけた孝弘が肘掛けに両腕をついて身をかがめてきた。両腕と椅子の背もたれに押されるように閉じ込められる。
試すような意志のこもった目と至近距離で目が合って、その強い目線にごまかすこともできず、祐樹は息をとめた。たった今、自覚した本心と目の前の孝弘の眼差しに、くらりと眩暈を起こしそうになる。
「だめですか」
質問ではなかった。迷ったのは一瞬で、祐樹はかるく目を伏せた。
心のどこかでこうなることがわかっていたような気もするし、期待していたのかもしれない。部屋着姿の懐かしさに心揺れたんだろうか。
いやそんなこと、もうどうでもいいか。
身をかがめた孝弘がそっと口づけてくる。
かるく唇を押しつけられ、すぐに離れると角度を変えて何度も触れる。
その先を迷う祐樹を誘うように舌で唇をつつかれ、逆らわずにうすく開くと遠慮なく舌がもぐりこんできて、すぐに深い口づけになった。
何度も舌をからませて、祐樹の口のなかをくすぐるように愛撫する。すこし離れては、また深く貪るように口づけられた。
肘掛けについていた手が祐樹の髪にさしこまれて、繊細な手つきで髪をかきまぜてくる。気持ちがいいと素直に思った。
好きな人に触られるのは、こんなに気持ちがいいことなのに。
背もたれに背中を預けて逃げられないまま首筋にもキスが降りてくる。ぴくりと体が震えた。
孝弘はどこまでするつもりだろう。
これ以上はまずい、気がする。
「上野くん……」
ためらいを含んだ呼びかけに、鎖骨を唇でたどっていた孝弘は顔をあげて祐樹の顔をのぞきこんでくる。
熱っぽくはあるが、思ったより冷静な目をしていた。
自分はどうだろう、熱くなった頬をごまかすように横を向いた。
「高橋さん、ここまで?」
さらさらと髪をなでながら、キスを落とされる。
「ん。あしたも早いし」
言い訳にもならない祐樹の台詞にすこし笑う気配が届く。
「わかりました」
最後にちゅ、と音をたてて頬にかわいいキスをすると、孝弘はすんなりと体を起こした。
夢から覚めたような気分で立ちあがる。現実感がないまま、カーペットを踏んでドアまで歩いた。
何を言えばいいのかわからない。
ドアノブに手をかけて振り向いて、結局口にしたのは無難な挨拶だった。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい。ゆっくり休んでください」
孝弘はおだやかな笑みで祐樹を送り出した。
自分からそう言ったのにあっさり終わられて、祐樹はなんだか肩透かしを食った気分で廊下を歩く。
もっと求められたかったのか、強引に押されたかったのか。
さっき気づいた自分の本心に問いかける。
いや、二人きりになって話してみかったけれど、その先までは想像していなかった。というより、想像するのが怖かった。
五年前に孝弘の手を拒んだのは祐樹自身なのに。
あんな断り方をして傷つけて、ようやく振り切った相手だ。今さらどうこうなれるとは思わない。
孝弘はたぶん、昔の気持ちに引きずられたのだ。
そして自分も。
ぎゅっと手を握って気持ちを引き締める。
これ以上の関係にならないよう自重しなくては。
孝弘は仕事の関係者で、もう一緒に遊んだ留学生じゃない。
いずれにしても、この出張が終わればまた別れて会うこともない。いや、通訳としてまたどこかで出会う機会があるかもしれないが、それはきっと先の話だ。
祐樹のついたため息が静まり返った廊下に落ちた。
「ひとまず北京に戻るなら、後半の日程も組み直しですか? こことこちらの視察はキャンセルにしていいんですね?」
「ええ。本社のほうでも宋一族のことは直近で耳に入っていたようで、この契約は白紙にという話になりました」
「わかりました」
「明日の朝イチでもう一度連絡が来るので。一度、北京に戻ることになりそうです」
「そうですか。朝イチで決まるなら、午前中にチケットが取れると思います」
「うん、ありがとう。緒方部長も情報ありがとうと感謝してました。今回のコーディネーターが上野くんで、本当に助かります」
「いえ、お役に立てたならよかったです」
孝弘は業務用の控えめな笑顔を見せた。
その笑顔が寂しい。仕方ない、そういう立場にいるのだから。
「じゃあ、遅くにお邪魔しました」
なにげない顔を装って祐樹は立ち上がった。
地図を一緒にのぞいたときに孝弘の髪から漂ったシャンプーの香りに、少しばかり心揺れたことを隠すように。速くなった心音から目をそらすように。
これ以上、近づいてはいけない。
何もなかったふりで引き返さなければ。
立ち上がろうとする祐樹の肩を、孝弘はかるく押して椅子に戻した。
はっとして祐樹は身を起こそうとしたが、再度肩を押された。その手の厚みにドキッとする。
「本当にそう思ってる?」
仕事用の顔をやめた孝弘と目を合わせた瞬間、しまったと内心で舌打ちした。やっぱり部屋に来たのは失敗だった。電話で伝えればよかったと思った瞬間、自分の本心に気づく。
本当に何も期待しなかった?
こうして二人きりになりたいとまったく思っていなかった? ほんの少しも?
「思ってるよ」
平坦な声を出すことには成功した。
でも心臓がドキドキするのは止められない。
「だったら、ごほうびくれます?」
しゃあしゃあと言ってのけた孝弘が肘掛けに両腕をついて身をかがめてきた。両腕と椅子の背もたれに押されるように閉じ込められる。
試すような意志のこもった目と至近距離で目が合って、その強い目線にごまかすこともできず、祐樹は息をとめた。たった今、自覚した本心と目の前の孝弘の眼差しに、くらりと眩暈を起こしそうになる。
「だめですか」
質問ではなかった。迷ったのは一瞬で、祐樹はかるく目を伏せた。
心のどこかでこうなることがわかっていたような気もするし、期待していたのかもしれない。部屋着姿の懐かしさに心揺れたんだろうか。
いやそんなこと、もうどうでもいいか。
身をかがめた孝弘がそっと口づけてくる。
かるく唇を押しつけられ、すぐに離れると角度を変えて何度も触れる。
その先を迷う祐樹を誘うように舌で唇をつつかれ、逆らわずにうすく開くと遠慮なく舌がもぐりこんできて、すぐに深い口づけになった。
何度も舌をからませて、祐樹の口のなかをくすぐるように愛撫する。すこし離れては、また深く貪るように口づけられた。
肘掛けについていた手が祐樹の髪にさしこまれて、繊細な手つきで髪をかきまぜてくる。気持ちがいいと素直に思った。
好きな人に触られるのは、こんなに気持ちがいいことなのに。
背もたれに背中を預けて逃げられないまま首筋にもキスが降りてくる。ぴくりと体が震えた。
孝弘はどこまでするつもりだろう。
これ以上はまずい、気がする。
「上野くん……」
ためらいを含んだ呼びかけに、鎖骨を唇でたどっていた孝弘は顔をあげて祐樹の顔をのぞきこんでくる。
熱っぽくはあるが、思ったより冷静な目をしていた。
自分はどうだろう、熱くなった頬をごまかすように横を向いた。
「高橋さん、ここまで?」
さらさらと髪をなでながら、キスを落とされる。
「ん。あしたも早いし」
言い訳にもならない祐樹の台詞にすこし笑う気配が届く。
「わかりました」
最後にちゅ、と音をたてて頬にかわいいキスをすると、孝弘はすんなりと体を起こした。
夢から覚めたような気分で立ちあがる。現実感がないまま、カーペットを踏んでドアまで歩いた。
何を言えばいいのかわからない。
ドアノブに手をかけて振り向いて、結局口にしたのは無難な挨拶だった。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい。ゆっくり休んでください」
孝弘はおだやかな笑みで祐樹を送り出した。
自分からそう言ったのにあっさり終わられて、祐樹はなんだか肩透かしを食った気分で廊下を歩く。
もっと求められたかったのか、強引に押されたかったのか。
さっき気づいた自分の本心に問いかける。
いや、二人きりになって話してみかったけれど、その先までは想像していなかった。というより、想像するのが怖かった。
五年前に孝弘の手を拒んだのは祐樹自身なのに。
あんな断り方をして傷つけて、ようやく振り切った相手だ。今さらどうこうなれるとは思わない。
孝弘はたぶん、昔の気持ちに引きずられたのだ。
そして自分も。
ぎゅっと手を握って気持ちを引き締める。
これ以上の関係にならないよう自重しなくては。
孝弘は仕事の関係者で、もう一緒に遊んだ留学生じゃない。
いずれにしても、この出張が終わればまた別れて会うこともない。いや、通訳としてまたどこかで出会う機会があるかもしれないが、それはきっと先の話だ。
祐樹のついたため息が静まり返った廊下に落ちた。
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