あの日、北京の街角で

ゆまは なお

文字の大きさ
109 / 112

番外編4-2

しおりを挟む
「うちの父親もメーカー勤務で海外駐在してたんですよ」
「え、そうなんや。じゃあ上野くんも小さい頃から海外におったん?」
「いえ、赴任先がちょっと田舎だったらしくて。まだ俺が赤ん坊だったし、母が体が弱くて嫌がったので、父は単身赴任してました。だから俺は中国に留学したのが初めての海外だったんですけど、もし俺が選べるなら、連れて行って欲しかったと思いましたよ」
 そうなっていたら、今とは色々状況が変わっていて、中国に留学はしていなかったかもしれない。

「そうなんや。まあお母さんの心配もわかるわ。医療体制が整っとらんと赤ちゃん連れて行くのはキツイやろうな」
「そうですよね。せめて幼稚園に行く年になってたらちがったんでしょうけど」
「小さい子はしょっちゅう熱出すし、言葉の通じん海外で子育ては不安やろ。うちは小学校に上がってたしクアラルンプールは大都会やったけど、それでも行く前は心配で色々調べたわ」
 子供を連れて赴任する親はどこの国でも大変らしい。

「そう言えば、この前からちょっと歯が痛いなと思ってたんですけど、ご飯食べてたら詰め物が取れちゃって。その時中国人の友達が一緒にいたんですけど、いい気功師を紹介するって言われましたよ」
 伊藤は笑い出す。
「それは気功では治らんやろ。紹介してもろたん?」
「はい。成り行きで」
 すぐ近くに住んでいるからと酔っている友人に強引に連れて行かれてしまったのだ。
 気功師のほうも突然やってきた外国人連れの友人に驚くことなく、親切に話を聞いて気功を処置してくれた。

 孝弘の話を伊藤はおかしそうに肩を揺らして聞いている。
「やってもろたんや。どうやるん?」
「目の前に立って、両手をこう広げて「はあああーーーーーっ」って感じに気をぶつけてくるというか」
 実際には何も感じなかったが、気功師は大まじめな顔で頑張ってくれていた。
「へえ。治った?」
「残念ながら」

 気功師からは「私の力が及ばず申し訳ない」と言われたが、最初から気功では治らないだろうと思っていたからべつに腹は立たなかった。でも一生懸命やってくれたしおもしろい体験だったし、紹介してくれた友人ともども礼を言っておいた。

「それで結局、歯はどうなったん?」
「次の日に、燕沙の歯医者に行って治療してもらいました」
 燕沙友誼商場、通称ルフトハンザセンターにはドイツ人の歯科医がいるのだ。
「それならよかった。でもまじめな話、歯は大事にせなあかんで。ちょっと痛いと思たらはよ見てもらいや」
「はい。その歯医者にも定期検診に来るように言われました」

「うん。それがええで。海外におったら特に健康管理には気をつけなあかんよ。留学生はみんな若いから、そんなに気にせんやろうけど、僕くらいの歳になるとあちこちガタが来るで」
 小太りの伊藤がため息をついたところに、店員が大皿を運んできた。
「串揚げ盛り合わせと照り焼きチキン、お待たせしましたー」

「ほら、食べて食べて」
「はい、いただきます」
 次々と料理が運ばれてきて、しばらく世間話をしながら旺盛に食べた。質素な食生活を送っている貧乏留学生の孝弘に、駐在員たちは気前よくご馳走してくれる。
 仕事場から近いこの店には、祐樹とも一緒に来たことがあった。

 まだ忘れてないんだな。
 あの時座ったのは、カウンター脇のテーブル席だった。
 そんなことまで、覚えている。
 
 祐樹はめずらしく日本酒を飲んでいて、孝弘は燕京ビールだった。
 二人で揚げ出し豆腐や軟骨の唐揚げやもつ煮込みなんかを分け合って食べた。
 孝弘はまだ祐樹への気持ちを自覚していなくて、ただ楽しい気分で中国ドラマや授業中の笑い話をしていた。祐樹はほろ酔いで、頬がうっすら染まってかわいかったと思ったことを思い出す。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

処理中です...