あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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番外編4-3

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 祐樹はいま、広州支社にいる。北京からはいちばん遠い支社だ。もし遠距離恋愛していたら、飛行機で片道3時間半の距離を往復していただろうか。
 そんなことを何度も考えた。
 我ながら、しつこいと思う。あんなにはっきりふられたのに。

 でも考えてしまうのだ。
 最後の夜を一緒に過ごしてくれたのは、どうしてなんだろう。

 まるで本当に気持ちが通じたみたいに甘くて熱い情交だった。
 初めて触れた祐樹は、幸せそうに笑って孝弘を受け入れてくれた。
 かわいそうで同情したから? 最後だから抱かせてもいいって思った? あしたが帰国だから、断るのが面倒で流されちゃった?
 どれもありそうで、でも祐樹の性格を考えるとどれもしっくりこない。優しそうな顔をしていても、嫌なことは嫌だとはっきり言う人だった。

 そうは言っても半年足らずのつき合いで、何もかも把握しているわけじゃない。酔っていてそんな気分だったとしてもおかしくはない。
 祐樹が何を考えたかは知らないが、事実としては、孝弘にはひと言も言わずに帰国した、それだけのことだ。

 あれからもう2年も経っている。

 しばらくは落ち込んで授業に出る気力もなかった孝弘だが、ぞぞむや同室者のレオンがまめに声を掛けてくれ、少しずつ立ち直っていった。
 失恋を忘れるには新しい恋だよとプッシュされ、この2年の間にアメリカ人とイタリア人の女子留学生とつき合ってもみた。
 どちらも相手から誘われたが、開放的な性格で好きになれそうだと思った。祐樹を忘れられるかもと期待したし、忘れるべきだとも思った。

 ふたりとも1年の留学期間で帰国することが決まっている相手だったから、それぞれ1年足らずの期間限定のおつき合いだった。
 最初からお互いにのめり込むつもりはなくて、留学生同士で中国生活のぐちをこぼしたり勉強を教え合ったりする気楽な相手だった。
 明るくて冗談好きの彼女たちをそれなりに好きになったし、セックスもした。一緒にいるのは楽しかったし、メインの会話が英語だったおかげで、かなり英語が上達するというおまけもついてきた。

 でも祐樹といたときみたいな、じりじりと胸が焼けつくような気持ちにはならなかった。あんなふうに突き動かされるみたいに行動したり、自分から積極的に声をかけていくようなことはなかった。
 単純にそれだけの気持ちを相手に持てなかっただけだろうか。別の人だったら、帰国が決まっていても、もっと本気になれたんだろうか。

 祐樹と座ったカウンター脇のテーブルには、スーツ姿の日本人が3人座って酒を飲んでいる。
 今頃、祐樹もどこかでああして誰かと食事しているだろうか。広州なら日本人も多いし食事に困ることはないだろう。
 それとも、胃が疲れたといいながら、ひとりで適当鍋を作っているだろうか。いや、ひとりじゃないかもしれない。
 もう孝弘のことは忘れてしまって、新しい恋人がいるかもしれない。そんな想像をすると胸がきゅうっと痛む。
 やっぱりまだ忘れてないのか。

「上野くん、追加、好きに頼んでや。若い子はたくさん食べて、病気したりせんようにな」
 伊藤がメニューを差し出してくる。
 雑念を振り切るように、目の前の食事に意識を戻した。
「ありがとうございます。じゃあ、おでんにしようかな。大根とこんにゃくと玉子、お願いします」
 中国人の店員は日本語の注文を繰り返して確認し、厨房へ伝えに行く。

「ここのおでん、うまいよな」
「はい。やっぱりおだしの味がほっとしますね」
 こんな会話を祐樹ともかわしたな……。そんなことを思ってしまい、孝弘は頭を切り替える。
「じゃあ、伊藤さんとは初日の夕食で待ち合わせでいいですか? 全聚徳で19時ですよね」
 北京空港まで迎えに行って市内の観光地を案内して、夕食で伊藤と待ち合わせるというスケジュールだ。2日目に万里の長城と郊外の観光、3日目にショッピングと雑技団を見に行き、4日目の昼には上海へ飛ぶので、空港まで送って行く。
 それで孝弘の仕事は終わりだ。
「ああ、よろしく頼むわ。娘は中国は初めてやから、色々とびっくりするかもしれんから」
 伊藤の苦笑いに孝弘は「お任せください」とうなずいた。
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