3 / 12
後悔の末に。(side.フローラ)
しおりを挟む
お父様に、今結んでいる婚約を破棄して欲しいとお願いした。
私の婚約者はお父様が管轄する領地で一番の大商人の三男。
彼とこのまま婚約をしても、互いのためにはならないだろうから、と。
母の血なのか生まれつき私は病弱で、私が産まれてすぐに亡くなってしまったお母様の二の舞にならないよう、お父様はその私財をなげうって私のために古今東西に駆け回り、あらゆる薬を探してくれた。
それこそ、効果があるのならと何でも買ってきた父は商人にとって良い客だったのかもしれない。
効果のある薬、無い薬、むしろ悪化する薬……色々とあった。
父が私財を減らす度、私の心は申し訳なさでいっぱいになる。
私なんかのためにそこまでしなくていいのです。
私なんて、ただベッドの上にいるだけの住人。
いてもいなくても、何の役に立たないのですから。
父が私のためにと手放した、美しい宝物の、何億分の一にも満たない価値しかありません。
むしろ銅貨一枚分の価値すらも私にはないのではないかしら。
……父が一生懸命に私を延命させようとする傍らで、私は半分生きるのを諦めていた。
二十歳を迎えられないと医師に言われていた私。
あの手この手で生きる方法がないかとお父様が奔走してくれていたけれど、私の身体は余命宣告を覆すことはできなかった。
それこそ、たとえ伯爵家の財を全て引き換えにしても、私の余命が増えることがないと父が理解するまで、何年もかかってしまって。
でも私の父は諦めの悪い人だった。
伯爵家の財が足りないのなら、新しく財を手に入れればいい。
何が言いたいかと言えば、商人と結婚すれば、私は伯爵家の伝手よりももっと多くの薬を手に入れることができるはずだとお父様が考えてしまったということ。
確かに手に入る薬は増えた。
外れくじを引かされてしまった私の婚約者も、お父様と一緒に懸命に薬探しに奔走してくれたから。
でも足りなかった。
日に日に弱る私の身体。
自分でも分かっていた。
私は結婚できないって。
この婚約も仮初めの婚約だって。
おままごとにもならない、書面上の婚姻。
私は今まで通り、薄暗い部屋で咳き込むだけの日々を過ごすだけだと思っていた。
それなのにあの人は。
「フローラ、花を持ってきた。今の季節は野山に小さな花が咲き始めるんだ」
「フローラ、今日は散歩をしよう。太陽が温かくてきっと気持ちいいよ」
「フローラ」
甲斐甲斐しく私のお見舞いに来てくれた、私にはありえない未来の旦那様。
幸せだった。
苦しかった。
太陽のように輝く笑顔が希望の光に見えて、すがりつきたかった。
でもそれは駄目だと思った。
彼にはもっとふさわしい女性がいるはずなの。
私なんかより、もっと。
二年。
私が婚約をして二年が経ち。
とうとう私は、医師に「一年が限界でしょう」と言われてしまった。
慢性的な吐き気や寒気、熱にはとうに慣れてしまったから、自分の身体がそんなに悪くなっていたことには気づけなかったけれど、そうなんだと思った。
あと一年。
一年しかないのに、婚約者を私に縛りつけてはいけない。
だから私はお父様に婚約破棄をお願いした。
お願いしたけれど。
私の身体を気遣ってか、お父様は手紙一つで婚約を無かったことにしてしまった。
でもそれは、今まで良くしてくれた婚約者に対して酷い仕打ちじゃないかしら。
せめて、せめて今まで良くしてくれたお礼だけは言いたくて、私はこっそりとお屋敷を抜け出した。
ありがとう。
貴方がいたから、私の短き人生に明るい陽が差しました。
甘やかな花の香りも、春一番の風の温かさも、貴方がいたから感じられたものです。
私にはもう十分。
だから貴方は、私が感じた貴方の温もりを、命が紡げる素晴らしい女性に差し上げてください。
私のありったけの感謝の気持ちを伝えるために、重たい身体に鞭打って、生まれて初めて、お屋敷の外へ。
一度だけでも良いから、私からあの人に会いに生きたかった。
そうしたらきっと、迷わずに最期の時を迎えることができると思ったから。
でも、それが間違いだったの?
「デリック様……!」
脳裏に浮かぶのは、私が乗っていた馬車に跳ねられてしまった婚約者。
どうして。
どうしてこんな偶然があるの。
離れがたくて、信じられなくて、ぐったりとして血を流すデリック様の傍らで、泣き崩れていた。
でもそれも、後から来た誰かによって引き離されてしまう。
私は付き添ってくれたメイドに連れられて、お屋敷に戻るしかなかった。
帰路の馬車の中、泣きながらメイドのリリーに訴える。
「リリー。もしデリック様が死んでしまったら、私を殺して頂戴」
「お嬢様、何を馬鹿なことを」
「私が死ぬのは分かるのよ。だって私はもうすぐ死ぬんだから。そんな私がデリック様の命を奪ってしまったと思ったら、私、私……っ」
「お嬢様、落ちついてくださいませ!」
「デリック様……っ! 私も、私も連れていってください……っ、お願いですっ、そうしたらきっと寂しくない……っ!」
「お嬢様……」
まぶたが腫れるまで、声が枯れるまで。
馬車のなかで泣き続けて。
お屋敷に戻ってからも泣き続けた私は、とうとう意識が朦朧としてしまって寝込んでしまう。
夢うつつの中、デリック様のことを想い続けた私は、いつしか傍らにデリック様がいるように錯覚して、このまま死んでしまえたら良いのにと思うようになった。
死にたいのです。
デリック様の所に行きたいのです。
つらいことはイヤなのです。
貴方がくれるぬくもりが恋しいのです。
嘘をついてごめんなさい。
もう一度結婚してください。
私以外の人を愛さないでください。
貴方の傍らにいたいのです。
わたしは、あなたをあいしてしまいました。
泣きながら手を伸ばす度に、幻のデリック様が困ったように微笑んだ。
私の婚約者はお父様が管轄する領地で一番の大商人の三男。
彼とこのまま婚約をしても、互いのためにはならないだろうから、と。
母の血なのか生まれつき私は病弱で、私が産まれてすぐに亡くなってしまったお母様の二の舞にならないよう、お父様はその私財をなげうって私のために古今東西に駆け回り、あらゆる薬を探してくれた。
それこそ、効果があるのならと何でも買ってきた父は商人にとって良い客だったのかもしれない。
効果のある薬、無い薬、むしろ悪化する薬……色々とあった。
父が私財を減らす度、私の心は申し訳なさでいっぱいになる。
私なんかのためにそこまでしなくていいのです。
私なんて、ただベッドの上にいるだけの住人。
いてもいなくても、何の役に立たないのですから。
父が私のためにと手放した、美しい宝物の、何億分の一にも満たない価値しかありません。
むしろ銅貨一枚分の価値すらも私にはないのではないかしら。
……父が一生懸命に私を延命させようとする傍らで、私は半分生きるのを諦めていた。
二十歳を迎えられないと医師に言われていた私。
あの手この手で生きる方法がないかとお父様が奔走してくれていたけれど、私の身体は余命宣告を覆すことはできなかった。
それこそ、たとえ伯爵家の財を全て引き換えにしても、私の余命が増えることがないと父が理解するまで、何年もかかってしまって。
でも私の父は諦めの悪い人だった。
伯爵家の財が足りないのなら、新しく財を手に入れればいい。
何が言いたいかと言えば、商人と結婚すれば、私は伯爵家の伝手よりももっと多くの薬を手に入れることができるはずだとお父様が考えてしまったということ。
確かに手に入る薬は増えた。
外れくじを引かされてしまった私の婚約者も、お父様と一緒に懸命に薬探しに奔走してくれたから。
でも足りなかった。
日に日に弱る私の身体。
自分でも分かっていた。
私は結婚できないって。
この婚約も仮初めの婚約だって。
おままごとにもならない、書面上の婚姻。
私は今まで通り、薄暗い部屋で咳き込むだけの日々を過ごすだけだと思っていた。
それなのにあの人は。
「フローラ、花を持ってきた。今の季節は野山に小さな花が咲き始めるんだ」
「フローラ、今日は散歩をしよう。太陽が温かくてきっと気持ちいいよ」
「フローラ」
甲斐甲斐しく私のお見舞いに来てくれた、私にはありえない未来の旦那様。
幸せだった。
苦しかった。
太陽のように輝く笑顔が希望の光に見えて、すがりつきたかった。
でもそれは駄目だと思った。
彼にはもっとふさわしい女性がいるはずなの。
私なんかより、もっと。
二年。
私が婚約をして二年が経ち。
とうとう私は、医師に「一年が限界でしょう」と言われてしまった。
慢性的な吐き気や寒気、熱にはとうに慣れてしまったから、自分の身体がそんなに悪くなっていたことには気づけなかったけれど、そうなんだと思った。
あと一年。
一年しかないのに、婚約者を私に縛りつけてはいけない。
だから私はお父様に婚約破棄をお願いした。
お願いしたけれど。
私の身体を気遣ってか、お父様は手紙一つで婚約を無かったことにしてしまった。
でもそれは、今まで良くしてくれた婚約者に対して酷い仕打ちじゃないかしら。
せめて、せめて今まで良くしてくれたお礼だけは言いたくて、私はこっそりとお屋敷を抜け出した。
ありがとう。
貴方がいたから、私の短き人生に明るい陽が差しました。
甘やかな花の香りも、春一番の風の温かさも、貴方がいたから感じられたものです。
私にはもう十分。
だから貴方は、私が感じた貴方の温もりを、命が紡げる素晴らしい女性に差し上げてください。
私のありったけの感謝の気持ちを伝えるために、重たい身体に鞭打って、生まれて初めて、お屋敷の外へ。
一度だけでも良いから、私からあの人に会いに生きたかった。
そうしたらきっと、迷わずに最期の時を迎えることができると思ったから。
でも、それが間違いだったの?
「デリック様……!」
脳裏に浮かぶのは、私が乗っていた馬車に跳ねられてしまった婚約者。
どうして。
どうしてこんな偶然があるの。
離れがたくて、信じられなくて、ぐったりとして血を流すデリック様の傍らで、泣き崩れていた。
でもそれも、後から来た誰かによって引き離されてしまう。
私は付き添ってくれたメイドに連れられて、お屋敷に戻るしかなかった。
帰路の馬車の中、泣きながらメイドのリリーに訴える。
「リリー。もしデリック様が死んでしまったら、私を殺して頂戴」
「お嬢様、何を馬鹿なことを」
「私が死ぬのは分かるのよ。だって私はもうすぐ死ぬんだから。そんな私がデリック様の命を奪ってしまったと思ったら、私、私……っ」
「お嬢様、落ちついてくださいませ!」
「デリック様……っ! 私も、私も連れていってください……っ、お願いですっ、そうしたらきっと寂しくない……っ!」
「お嬢様……」
まぶたが腫れるまで、声が枯れるまで。
馬車のなかで泣き続けて。
お屋敷に戻ってからも泣き続けた私は、とうとう意識が朦朧としてしまって寝込んでしまう。
夢うつつの中、デリック様のことを想い続けた私は、いつしか傍らにデリック様がいるように錯覚して、このまま死んでしまえたら良いのにと思うようになった。
死にたいのです。
デリック様の所に行きたいのです。
つらいことはイヤなのです。
貴方がくれるぬくもりが恋しいのです。
嘘をついてごめんなさい。
もう一度結婚してください。
私以外の人を愛さないでください。
貴方の傍らにいたいのです。
わたしは、あなたをあいしてしまいました。
泣きながら手を伸ばす度に、幻のデリック様が困ったように微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
いいえ、ただ私は婚約破棄されたいだけなんです!
鏡おもち
恋愛
伯爵令嬢ロニエ・エヴァンズには、ささやかな野望があった。それは、ハイスペックすぎて重すぎる愛を持つ婚約者、第一王子アレンから「婚約破棄」を突きつけられ、実家の離れで一生ダラダラと昼寝をして過ごすこと。
ロニエは学園入学を機に、あの手この手で「嫌われる努力」を開始する。
皇帝陛下!私はただの専属給仕です!
mock
恋愛
食に関してうるさいリーネ国皇帝陛下のカーブス陛下。
戦いには全く興味なく、美味しい食べ物を食べる事が唯一の幸せ。
ただ、気に入らないとすぐ解雇されるシェフ等の世界に投げ込まれた私、マール。
胃袋を掴む中で…陛下と過ごす毎日が楽しく徐々に恋心が…。
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~
古堂 素央
恋愛
【完結】
「なんでわたしを突き落とさないのよ」
学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。
階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。
しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。
ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?
悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!
黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
婚約破棄されやけ酒飲んでると軽い男が声かけてきたので張り倒したら、何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
パシーン キャロラインの張り手が男に飛んでいた。婚約破棄されて友人とやけ酒を飲んでいるところに現れたイケメンの男が「男を立てないから婚約破棄されたんじゃないの?」と言ってくれたから機嫌の悪かったキャロラインは男を張り倒していたのだ。
でも、何故かそれから男がキャロラインに執着しだしてもう大変。
上司や親にまで話をし出して外堀がどんどん埋められていき、最後は……
執着されたヒロインが王族まで巻き込んでヒーローにがんじがらめにされてしまうお話しです
不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!
愛は契約範囲外〈完結〉
伊沙羽 璃衣
恋愛
「カヴァリエリ令嬢! 私はここに、そなたとの婚約を破棄することを宣言する!」
王太子の婚約破棄宣言を笑顔で見つめる令嬢、フェデリカ。実は彼女はある目的のために、この騒動を企んだのであった。目論見は成功したことだし、さっさと帰って論文を読もう、とるんるん気分だったフェデリカだが、ひょんなことから次期王と婚約することになってしまい!?
「婚約破棄騒動を仕向けたのは君だね?」
しかも次期王はフェデリカの企みを知っており、その上でとんでもない計画を持ちかけてくる。
愛のない契約から始まった偽りの夫婦生活、果たしてフェデリカは無事に計画を遂行して帰ることができるのか!?
※本編43話執筆済み。毎日投稿予定。アルファポリスでも投稿中。旧題 愛は契約に含まれません!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる