お前に『幸福』は似合わない

アタラクシア

文字の大きさ
4 / 70
序章 雨模様のパジャマの少女

第3話 最高の祝い

しおりを挟む
「――おかえりなさい」

甘い声。優しい声。柔らかい声。聞くだけでフワフワとちゅうに浮く感覚がしてくる。

家に帰る度にそんな声が聞こえてくる。幸せだ。とても幸せだ。幸せをみ締める、とはこのことだ。


「……どうしたの?」
「なんでもない。ただいま」

小柄でホンワカとした雰囲気。髪は肩にかかるくらいでつやを帯びている。まつ毛も長くて目も綺麗。とゆうか顔が整っている。まさしく「美」を擬人化ぎじんかしたような人物が目の前にいる時雨しぐれだ。

「今日ね、美味しそうなラーメン屋見つけたんだよ」
「へぇ、どこ?」
炙屋あぶりやって店の前」
「あそこに入った店すぐ潰れんじゃん。ほんとに美味しいの?」
立地りっちが悪いだけだよ。味は私が保証ほしょうする。美味しかった」

なだらかで。穏やかで。静かで。綺麗で。なんてことない会話が今も楽しい。

これからの事を考えると楽しくなってくるのは新婚しんこん特権とっけんである。結婚のことであまり良い意見は聞かないが、それでも楽しい今の時期を大切にしたい。

そんなことを考えつつ、時雨の前にとある雑誌を広げた。

「結婚式ここなんてどうだ?」
「ここ?」

流水苑りゅうすいえん』と書かれた景色。どうやら老舗しにせ料亭りょうていが入っているようで、美しい池やら日本古来の古風こふう庭園ていえんやらが並んでいた。

しぶいとこつくね」
「よさそうだろ?時雨は派手はでなの苦手だし」
「……うん。そうだね」
「ならここが最適だ」

落ち着いた時雨にとっては最適な場所。ちょっと派手はでさが足りないのはあるが別にいい。自慢じまんはするが、式の豪華ごうかさで自慢じまんはしない。するなら嫁の綺麗きれいさだ。

ただ結婚式には懸念けねんもある。家族は当然呼ぶとしてだ。八重はまだ友達がいるからいい。時雨が呼ぶ友達が光くらいしかいないのだ。

別に時雨が気にしないならいいのだが、それで気まづくならないのか。そこだけが心配である。

(あんまり昔のことは話そうとしないしな……)

過去に何かあったのだろうか。内向的ないこうてきな性格なのでイジメがあったとか……いや多分ない。あったとしたらトラウマになる前に光がぶちのめしてるはずだ。むしろ理由はそれか。

「どうせ古風なとこでするんなら白無垢しろむくも着てみたいなぁ。でもウエディングドレスもいいもんねぇ――」
「――」

……何かがあったとしても。今この瞬間の時雨が楽しそうなら。それでいい――。心の底からそう思った。





青い閃光。黄色の閃光。赤い閃光。真っ暗で広くもない会場。

ライブハウス『ファイティングポーズ』に八重と時雨は来ていた。うるさい所は苦手なようで、時雨は目をつむって縮こまっている。

multi tasukuマルチタスク』というバンドでボーカルをやっている沖見弦之介おきみげんのすけという男がいる。八重とは高校からの付き合いで、ぞくに言うくさえんというやつだ。

八重と時雨の結婚を祝ってのライブ。いつにも増して気合いが入っている……気がする。気合いが入ったところでお客さんは多くはないが。

「無理して来なくても良かったのに。アイツだって怒りゃしないぞ?」
「私たちのために開いてくれたんだし、私が行かないと失礼だから」
「……無理だけはするなよ」
「うん」

正直なところ、歌はそんなに上手くない。ギリギリ金を取っても許されるくらいだ。歌詞も普通。自分たちの為に歌ってくれているとはいえ心に響くことはない。

それでも『嬉しい』という感情は何よりも勝る。ペンライトを振り回したり、声を荒らげたりしないものの、八重はこの場にいる誰よりも楽しんでいる自信があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/14:『でんしれんじ』の章を追加。2026/1/21の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。 2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...