お前に『幸福』は似合わない

アタラクシア

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間章 雨の降る前

第37話 あなた達を包む者

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最悪な朝は止まることを知らず。カラスの死骸しがいは毎日のように家の前へ置かれていた。

次の日も。
その次の日も。
そのまた次の日も。

警察は『パトロール中には不審な人物は見なかった』と言っている。……喜久は信用することができなかった。

かといってずっと引きこもるのも無理がある。カラスが置かれる度に喜久は庭へ死体を埋めて村雨を幼稚園へと送っていった。

ストレスも溜まるに決まっている。日々の仕事も合わさって喜久と海琴は体調を悪くしていった。


そんな時――夜に戸を叩く音が聞こえた。警戒しながらも出てみると――居たのは喜久の兄であるりくであった。

「よ!元気そうだな!」
「……」
「――なんて様子でもないよな」


弟のことを聞いて兄夫婦が家へとやってきたのだ。

「疲れてるわね。大丈夫?」
「大丈夫……ではないです」

萩花しゅうかは海琴とも仲が良い。この一件を聞いて居ても立っても居られなくなったようだ。

「村雨ちゃんは?」
「――ここだよ!」
「おー!お前は元気だなー!」

机の下から飛び出してきた村雨をワシャワシャとでる。……そんな村雨を見て2人はため息をついた。

「……実家へ帰れ。流石に疲れすぎだ」

顔はニコニコながらも声は低く。真面目に心配している様子であった。

「だが仕事が……」
「――村雨ちゃんのことの方が大事でしょう」

――萩花の圧に負けた喜久と海琴は首を縦に振るしかなかった。



というわけで帰省した3人。まだギリギリ活気のある日和佐町の中。出迎えたのは喜久の父親である官寺かんじであった。

「――久しぶりだな村雨ちゃーーん!!」
「おじいちゃん久しぶり!」

――親は子に似るというか。父親も叔父も村雨に対する態度があまり変わらない。海琴も久しぶりにクスッと笑った。

「悪いな親父」
「ご迷惑をかけます」
「いいっての。俺も村雨に会えるのが楽しみなんだよ。仕事もどうせ休みだしなー」
「――まったく。いい迷惑よ」

家へ入ると喜久の母親であるすみれが小言を言ってきた。

「たかが動物の死骸しがいを置かれた程度で弱って情けない。大人2人がそれでどうするの」
「……すみません」
「特に海琴さん。貴女は身篭みごもっているのでしょう。気を強く持たないでどうするの。子供に影響があったら責任が取れるの?」
「――菫の言うことは気にせんでいーぞ」

村雨を肩車しながら官寺は言う。

「そいつ俺よりお前らが来ることを楽しみにしてたんだからな」
「――べ、別にそんなこと!」
「その割には豪華な飯だよなぁ」

……机の上には確かに豪華な食事。見るだけで涎が出てくるような飯がずらりと。しかも村雨、喜久、それどころか海琴の好物までたっぷりと皿に乗ってある。

「そ……それは……お腹の子がすくすく育つように、ってだけよ!」
「お母様……ありがとうございます」
「……ふん。謝る時間があるならさっさと食べるわよ」



夜の縁側で海琴は外の景色を見ていた。涼しい風が気持ちいい。それでいて木の葉という冬の残り香もしてくる。

そこへ――パジャマ姿の菫がやってきた。

「何してるの。早く寝なさい」
「あ、すみません――」
「――まぁ?どうしてもって言うならお茶もあるけど」

――湯気の立っているお茶を海琴の横に置いた。

「……いただきます」

微笑みながら茶を口にする。

「……」
「……」
「……はぁ。ダメね」

菫はため息をついた。

「今更心配の言葉をかけるのを恥ずかしく感じてしまうわ」
「……言葉じゃなくて行動で分かっています」
「なによ生意気なこと言うわね」

そんなことを言いつつも嬉しそうに笑う。

「体の方は大丈夫?」
「ええ、本当にありがとうございます」
「いいのよ。あんた達の幸せが私たちにとって一番大切なんだから」

――恐怖。疲れ。ストレス。全てに押しつぶされそうになっていた海琴にとってその言葉はあまりにも優しく。暖かく。思わず涙を流してしまった。

「ちょっとちょっと。私が泣かせたみたいじゃないの」
「お義母さんに泣かされたんですよ……!」

背中をでる手も優しく。涙はさらにあふれてくる。

「――ここは安全よ。ゆっくりお休みなさい」

海琴の涙が月の光でキラリときらめいた。
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