14 / 16
外伝2 せんせいとすみちゃんと結婚式 4.せんせいの悩み
しおりを挟む
みどりの花嫁姿は本当にきれいだった。
私にすみちゃんという存在がなかったら、少しくらいは心が揺れて大学時代の思いがよみがえっていたかも知れない、そう思ってしまうくらいに幸せそうな笑みを浮かべていた。
そして同時に、そんなきれいなみどりを穏やかな気持ちで祝うことができるのをうれしく感じた。
キャンドルサービスで新郎新婦が各テーブルを回ったときに、私と目が合ったみどりは、ちょっぴり舌を出してウインクをしながら小さく頭を下げた。
おそらくスピーチを依頼の依頼で呼び出されたときの出来事について謝ったのだろう。私は苦笑いを浮かべてそれに応えた。
そんな悪びれる様子もないみどりを許せてしまうのは、かつてみどりのそんなところを好きだったからなのか、それともすみちゃんんの存在が私を支えているからなのかはわからない。
だけどすみちゃんがいなければ、きっとみどりを憎んだり恨んだりしていたのではないかと思う。
かつて好きだった人に会うことを心配するすみちゃんの気持ちも少しはわかる。だけど、みどりに心が揺らされることがまったくないくらい、私がすみちゃんのことを好きだということを信じてもらえていないような気持ちになる。
裏を返して考えれば、すみちゃんは私と同じような状況になったときに、かつての思い人に心が揺らぐのではないかと勘ぐりたく鳴る。
一刻も早く家に帰ってすみちゃんを問い詰めたい気持ちだ。
私のスピーチや美咲と久美子の余興の歌も滞りなく終えて、華やかな披露宴は終了した。
もう帰りたい気持ちではあったが、それをグッとこらえて二次会の会場に移動する。
披露宴の出席は、新郎新婦の親戚や会社関係の人たちが中心だ。一方の二次会は友人たちが主催するラフな立食パーティーになっていた。そのため久美子の気合いが一段とアップする。
そんなに鼻息を荒くしていたら、逆に取り逃がすんじゃないかと心配になってしまうほどだ。
「樹梨は彼氏がいるんだから、ちゃんと私を引き立ててよ」
と久美子に小声で言われたけれど、どう引き立てろというのだろう。私にあまり期待をしないでほしい。
美咲は美咲で異業種交流会が如く、男女問わずに積極的に話しかけて人脈を広げることに余念がなかった。
「こうした地道な人脈作りが、いつどこで役に立つかわからないんだからね」
呆れる私に、美咲も鼻息荒く話していた。
目的のベクトルは違うけれど二次会を満喫している二人をよそに、私は早く二次会が終わってほしいと思っていた。
出掛けるときですらすみちゃんはあれだけだだをこねていたのだ。これで帰りが遅くなったらもっと拗ねてしまうだろう。
もしも今日のことですみちゃんと口喧嘩をすることになったとしても、興味のない話に愛想笑いを浮かべているよりもずっといい。
そんなことを考えながら会場の隅でなんとか時間を潰して、二次会も終盤にさしかかったとき、みどりがようやく私たちの元に現れた。
披露宴に参列しなかった友人たちへのあいさつを優先していたため、私たちを後回しにしていたのだろう。
「今日はありがとう」
笑顔で言うみどりに、私たちは口々に祝福の言葉を伝えた。
そして久美子はみどりに顔を寄せて小声で「新郎の友だちでいい人、紹介してよ」と懇願していた。
私はそんな久美子を苦笑いで眺めていると、私の視線に気づいた久美子が唇をとがらせた。
「彼氏のいる樹梨は余裕があっていいですねー」
いつものように軽口を言った久美子の言葉にみどりが大きく食いついた。
「え? 樹里、彼氏いるの?」
嬉々とした声を上げたみどりはへぇ、彼氏ねぇ」と言いながらニヤニヤと笑みを浮かべて私の顔を見る。
「まぁ、ね」
「今度紹介してね、彼氏」
そんなみどりの言葉には嫌な予感しかしない。
私を誘ったことのあるみどりは同性と関係を持つこともアリだという結論に至っているはずだ。さらにみどりは子どものような好奇心をいまだに持っている。
もしもすみちゃんに会わせたとしたら、ぜったいにすみちゃんにちょっかいを掛けるだろう。
「そうね、もしも機会があったら……」
そう返事をしながら、私は絶対にそんな機会を作らないようにしようと心に誓った。
そうこうしているうちに長く感じた二次会がようやく終わりを迎えた。
やっと帰ることができると胸をなで下ろしたとき、久美子が右腕に、美咲が左腕に絡みついた。
「帰る気じゃないよね」
「先生にだって人脈は必要よ」
「樹梨は幸せなんだから、私の幸せに協力しなさい」
「むしろ、ここからが人脈作りの本番よ」
どうやら二人は私を三次会に連行しようとしているようだ。
「ちょ、ちょっと待って、本当に無理だから」
本当に勘弁してほしくて抵抗を試みたけれど、二人は聞いてくれるつもりはないらしく、がっちりと両腕をホールドされてしまう。
さらに二次会の会場を出たところで久美子と美咲が話し込んでいた男性陣にまで取り囲まれてしまった。
そんな言葉に私は「いえ、帰ります」とはっきりと言ったのだけど、私の声に被せて久美子と美咲が「もちろん!」と答える。
「え? 樹里ちゃんは三次会に行かないの?」
顔も名前も覚えていない男性になれなれしく名前を呼ばれて少々いらだちを感じながらも私は軽く笑みを浮かべた。あくまでもここはみどりの結婚を祝う場だから、空気を悪くすることはできない。
なんとか理性を保っていた私に久美子が言った。
「ねぇ樹里、こんな機会じゃなきゃ、ゆっくり遊べないじゃない。私、もうちょっと樹梨と話したいな」
甘えるような声を出す久美子にさらに苛立ちが募るが、久美子はそれをわかって言っているのだろう。
美咲「そうだよ」と相槌を入れ、男性陣も口々に「そうだよ」「行こうよ」とはやし立てる。
こんな風に包囲網を組まれたら、私にそれを断る精神力はない。旧友がそんなところまで計算しているのかも知れないと思うとさらに悔しさがこみ上げるが、私はうなだれることしかできなかった。
心の中で「すみちゃんごめんね、まだ帰れそうにないよ」とつぶやく。
そのとき、三次会会場に移動しようとしてい人たちの空気がサッと変わったのを感じた。
ざわめきというかどよめきというか、なんともいえない声が漏れはじめたのだ。
私は何が起こったのかを確かめようと、今出てきた店とは反対側の道路の方向に視線を向けた。
久美子と美咲、取り囲んでいた男性陣も私と同じ方向に視線を送る。
そうして集まった視線の先にはシンプルな黒いドレスに身を包んだ女性がいた。
体のラインがきれいに出るロングドレスで、しなやかな生地のスカートには深いスリットが入っている。そして一歩足を進めるたびにスリットから白い太ももがなまめかしく覗く。
堂々と歩く女性は、結婚式の二次会でドレスアップした人々の中にいてもひときわ目立っていた。
果敢な男性が「よかったらこれから一緒に飲みに行きませんか?」なんて声を掛けていたけれど、女性はその声を歯牙にもかけず一点を見つめて歩みを進める。
女性はまるでレッドカーペットを歩く大女優のように、人並みを割って進み、まっすぐに私の目の前までやってきて立ち止まった。
自信に満ちた微笑みを目の前にして、私は驚きながらもなんとか言葉を発した。
「すみちゃん、一体どうしたの?」
すると澄ちゃんは笑みを浮かべたまま何も言わずに私の左手をとった。
かわいいすみちゃんでも、なさけないすみちゃんでも、こどもっぽいすみちゃんでもない、かっこいいすみちゃんにそんなことをされたら、さすがにちょっと顔が熱くなる。
そんな私の動揺をよそに、すみちゃんは流れるような仕草で私の薬指にリングをはめると、そっと私の手にキスを落とした。
そして上目遣いに私を見ると
「樹里、私と一緒に暮らそう」
と言ったのだ。
これはプロポーズだろうか。多分そうなのだと思う。
すみちゃんは私の手を取ったままじっと私の返事を待っていた。
だけど何の言葉も返せない私に不安になったのか、ゆっくりと眉尻が下がって見慣れた情けないすみちゃんに戻っていく。
「えっと、あれ、ダメだった?」
そんなすみちゃんの情けない声に私はようやく我に返った。
「あ、そうじゃないよ。……その服はどうしたの?」
やっと発した私の言葉にすみちゃんは少し表情を緩めた。
「これは房子に借りたんだ」
私は女の色気を練って生まれてきたようなすみちゃんの旧友である房子さんを思い出してそのファッションに納得する。房子さんによく似合いそうなドレスだ。
すみちゃんが着ているとかっこいい雰囲気だけど、房子さんが着たら色気がムンムンになることだろう。
「んー、おかしいなぁ。もっと喜んでくれると思ったんだけどな。やっぱり房子のドレスじゃだめだったかな」
すみちゃんは、私が想像していた通りのリアクションがなかったことに納得がいかないのか首をひねって言う。
すみちゃんの渾身のプロポーズはうれしい。久々に見たかっこいいすみちゃんも素敵だと思う。
だけどそれ以外の感情の方が大きくて、その気持ちをストレートに表すことができない。
もしもこれが自宅だったならば、きっとすみちゃんに抱きついてキスの雨で感激を伝えていたことだろう。
サプライズをすれば、いつでもどこでも大感激をするというわけではない。サプライズに適した時と場所というものがあると思う。
房子さんのドレスを借りているということは、このサプライズも房子さんの入れ知恵だろうかと思ったのだけど、房子さんだったら止めているような気がする。
おそらくすみちゃんの思いつきで、用途を説明することなくドレスを借りてきたのだろう。
そんな風に思いを巡らせている間にもすみちゃんの顔はどんどんと曇っていく。
私はすみちゃんに気づかれないように小さく息をついて気持ちを入れ替えた。そしてすみちゃんの首に腕を回す。
「ありがとう、すごくうれしい」
すみちゃんの耳元でささやいたとき、周囲でワッと声が上がった。
衆人環視でこんなことをする羽目になるとは思わなかった。
だけどすみちゃんは周囲の様子を気にすることもなく満足そうな笑みを浮かべる。
私はすみちゃんから体をはなして、恐る恐る振り返った。
私たちから少し離れた位置に立っていたみどりはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
事情を知らなかった久美子と美咲は口をあんぐりと開けて立ち尽くしていた。
そして私と目が合った久美子はすみちゃんをぼんやりと眺めたまま言った。
「もしかして……この人が、樹里の彼氏……じゃなくて……付き合ってる人?」
「あ、うん……まあ」
私がそう答えるのと同時に久美子が「素敵」とつぶやくのが聞こえた。
その隣に立つ美咲も潤んだ瞳でポーっとすみちゃんの顔をみつめていた。
どうやらかっこいいモードのすみちゃんはノンケの二人まで虜にしてしまうようだ。
すみちゃんのプロポーズはうれしかったのだけど、新しい悩みの種が芽吹いてしまったようだ。
外伝2 おわり
私にすみちゃんという存在がなかったら、少しくらいは心が揺れて大学時代の思いがよみがえっていたかも知れない、そう思ってしまうくらいに幸せそうな笑みを浮かべていた。
そして同時に、そんなきれいなみどりを穏やかな気持ちで祝うことができるのをうれしく感じた。
キャンドルサービスで新郎新婦が各テーブルを回ったときに、私と目が合ったみどりは、ちょっぴり舌を出してウインクをしながら小さく頭を下げた。
おそらくスピーチを依頼の依頼で呼び出されたときの出来事について謝ったのだろう。私は苦笑いを浮かべてそれに応えた。
そんな悪びれる様子もないみどりを許せてしまうのは、かつてみどりのそんなところを好きだったからなのか、それともすみちゃんんの存在が私を支えているからなのかはわからない。
だけどすみちゃんがいなければ、きっとみどりを憎んだり恨んだりしていたのではないかと思う。
かつて好きだった人に会うことを心配するすみちゃんの気持ちも少しはわかる。だけど、みどりに心が揺らされることがまったくないくらい、私がすみちゃんのことを好きだということを信じてもらえていないような気持ちになる。
裏を返して考えれば、すみちゃんは私と同じような状況になったときに、かつての思い人に心が揺らぐのではないかと勘ぐりたく鳴る。
一刻も早く家に帰ってすみちゃんを問い詰めたい気持ちだ。
私のスピーチや美咲と久美子の余興の歌も滞りなく終えて、華やかな披露宴は終了した。
もう帰りたい気持ちではあったが、それをグッとこらえて二次会の会場に移動する。
披露宴の出席は、新郎新婦の親戚や会社関係の人たちが中心だ。一方の二次会は友人たちが主催するラフな立食パーティーになっていた。そのため久美子の気合いが一段とアップする。
そんなに鼻息を荒くしていたら、逆に取り逃がすんじゃないかと心配になってしまうほどだ。
「樹梨は彼氏がいるんだから、ちゃんと私を引き立ててよ」
と久美子に小声で言われたけれど、どう引き立てろというのだろう。私にあまり期待をしないでほしい。
美咲は美咲で異業種交流会が如く、男女問わずに積極的に話しかけて人脈を広げることに余念がなかった。
「こうした地道な人脈作りが、いつどこで役に立つかわからないんだからね」
呆れる私に、美咲も鼻息荒く話していた。
目的のベクトルは違うけれど二次会を満喫している二人をよそに、私は早く二次会が終わってほしいと思っていた。
出掛けるときですらすみちゃんはあれだけだだをこねていたのだ。これで帰りが遅くなったらもっと拗ねてしまうだろう。
もしも今日のことですみちゃんと口喧嘩をすることになったとしても、興味のない話に愛想笑いを浮かべているよりもずっといい。
そんなことを考えながら会場の隅でなんとか時間を潰して、二次会も終盤にさしかかったとき、みどりがようやく私たちの元に現れた。
披露宴に参列しなかった友人たちへのあいさつを優先していたため、私たちを後回しにしていたのだろう。
「今日はありがとう」
笑顔で言うみどりに、私たちは口々に祝福の言葉を伝えた。
そして久美子はみどりに顔を寄せて小声で「新郎の友だちでいい人、紹介してよ」と懇願していた。
私はそんな久美子を苦笑いで眺めていると、私の視線に気づいた久美子が唇をとがらせた。
「彼氏のいる樹梨は余裕があっていいですねー」
いつものように軽口を言った久美子の言葉にみどりが大きく食いついた。
「え? 樹里、彼氏いるの?」
嬉々とした声を上げたみどりはへぇ、彼氏ねぇ」と言いながらニヤニヤと笑みを浮かべて私の顔を見る。
「まぁ、ね」
「今度紹介してね、彼氏」
そんなみどりの言葉には嫌な予感しかしない。
私を誘ったことのあるみどりは同性と関係を持つこともアリだという結論に至っているはずだ。さらにみどりは子どものような好奇心をいまだに持っている。
もしもすみちゃんに会わせたとしたら、ぜったいにすみちゃんにちょっかいを掛けるだろう。
「そうね、もしも機会があったら……」
そう返事をしながら、私は絶対にそんな機会を作らないようにしようと心に誓った。
そうこうしているうちに長く感じた二次会がようやく終わりを迎えた。
やっと帰ることができると胸をなで下ろしたとき、久美子が右腕に、美咲が左腕に絡みついた。
「帰る気じゃないよね」
「先生にだって人脈は必要よ」
「樹梨は幸せなんだから、私の幸せに協力しなさい」
「むしろ、ここからが人脈作りの本番よ」
どうやら二人は私を三次会に連行しようとしているようだ。
「ちょ、ちょっと待って、本当に無理だから」
本当に勘弁してほしくて抵抗を試みたけれど、二人は聞いてくれるつもりはないらしく、がっちりと両腕をホールドされてしまう。
さらに二次会の会場を出たところで久美子と美咲が話し込んでいた男性陣にまで取り囲まれてしまった。
そんな言葉に私は「いえ、帰ります」とはっきりと言ったのだけど、私の声に被せて久美子と美咲が「もちろん!」と答える。
「え? 樹里ちゃんは三次会に行かないの?」
顔も名前も覚えていない男性になれなれしく名前を呼ばれて少々いらだちを感じながらも私は軽く笑みを浮かべた。あくまでもここはみどりの結婚を祝う場だから、空気を悪くすることはできない。
なんとか理性を保っていた私に久美子が言った。
「ねぇ樹里、こんな機会じゃなきゃ、ゆっくり遊べないじゃない。私、もうちょっと樹梨と話したいな」
甘えるような声を出す久美子にさらに苛立ちが募るが、久美子はそれをわかって言っているのだろう。
美咲「そうだよ」と相槌を入れ、男性陣も口々に「そうだよ」「行こうよ」とはやし立てる。
こんな風に包囲網を組まれたら、私にそれを断る精神力はない。旧友がそんなところまで計算しているのかも知れないと思うとさらに悔しさがこみ上げるが、私はうなだれることしかできなかった。
心の中で「すみちゃんごめんね、まだ帰れそうにないよ」とつぶやく。
そのとき、三次会会場に移動しようとしてい人たちの空気がサッと変わったのを感じた。
ざわめきというかどよめきというか、なんともいえない声が漏れはじめたのだ。
私は何が起こったのかを確かめようと、今出てきた店とは反対側の道路の方向に視線を向けた。
久美子と美咲、取り囲んでいた男性陣も私と同じ方向に視線を送る。
そうして集まった視線の先にはシンプルな黒いドレスに身を包んだ女性がいた。
体のラインがきれいに出るロングドレスで、しなやかな生地のスカートには深いスリットが入っている。そして一歩足を進めるたびにスリットから白い太ももがなまめかしく覗く。
堂々と歩く女性は、結婚式の二次会でドレスアップした人々の中にいてもひときわ目立っていた。
果敢な男性が「よかったらこれから一緒に飲みに行きませんか?」なんて声を掛けていたけれど、女性はその声を歯牙にもかけず一点を見つめて歩みを進める。
女性はまるでレッドカーペットを歩く大女優のように、人並みを割って進み、まっすぐに私の目の前までやってきて立ち止まった。
自信に満ちた微笑みを目の前にして、私は驚きながらもなんとか言葉を発した。
「すみちゃん、一体どうしたの?」
すると澄ちゃんは笑みを浮かべたまま何も言わずに私の左手をとった。
かわいいすみちゃんでも、なさけないすみちゃんでも、こどもっぽいすみちゃんでもない、かっこいいすみちゃんにそんなことをされたら、さすがにちょっと顔が熱くなる。
そんな私の動揺をよそに、すみちゃんは流れるような仕草で私の薬指にリングをはめると、そっと私の手にキスを落とした。
そして上目遣いに私を見ると
「樹里、私と一緒に暮らそう」
と言ったのだ。
これはプロポーズだろうか。多分そうなのだと思う。
すみちゃんは私の手を取ったままじっと私の返事を待っていた。
だけど何の言葉も返せない私に不安になったのか、ゆっくりと眉尻が下がって見慣れた情けないすみちゃんに戻っていく。
「えっと、あれ、ダメだった?」
そんなすみちゃんの情けない声に私はようやく我に返った。
「あ、そうじゃないよ。……その服はどうしたの?」
やっと発した私の言葉にすみちゃんは少し表情を緩めた。
「これは房子に借りたんだ」
私は女の色気を練って生まれてきたようなすみちゃんの旧友である房子さんを思い出してそのファッションに納得する。房子さんによく似合いそうなドレスだ。
すみちゃんが着ているとかっこいい雰囲気だけど、房子さんが着たら色気がムンムンになることだろう。
「んー、おかしいなぁ。もっと喜んでくれると思ったんだけどな。やっぱり房子のドレスじゃだめだったかな」
すみちゃんは、私が想像していた通りのリアクションがなかったことに納得がいかないのか首をひねって言う。
すみちゃんの渾身のプロポーズはうれしい。久々に見たかっこいいすみちゃんも素敵だと思う。
だけどそれ以外の感情の方が大きくて、その気持ちをストレートに表すことができない。
もしもこれが自宅だったならば、きっとすみちゃんに抱きついてキスの雨で感激を伝えていたことだろう。
サプライズをすれば、いつでもどこでも大感激をするというわけではない。サプライズに適した時と場所というものがあると思う。
房子さんのドレスを借りているということは、このサプライズも房子さんの入れ知恵だろうかと思ったのだけど、房子さんだったら止めているような気がする。
おそらくすみちゃんの思いつきで、用途を説明することなくドレスを借りてきたのだろう。
そんな風に思いを巡らせている間にもすみちゃんの顔はどんどんと曇っていく。
私はすみちゃんに気づかれないように小さく息をついて気持ちを入れ替えた。そしてすみちゃんの首に腕を回す。
「ありがとう、すごくうれしい」
すみちゃんの耳元でささやいたとき、周囲でワッと声が上がった。
衆人環視でこんなことをする羽目になるとは思わなかった。
だけどすみちゃんは周囲の様子を気にすることもなく満足そうな笑みを浮かべる。
私はすみちゃんから体をはなして、恐る恐る振り返った。
私たちから少し離れた位置に立っていたみどりはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
事情を知らなかった久美子と美咲は口をあんぐりと開けて立ち尽くしていた。
そして私と目が合った久美子はすみちゃんをぼんやりと眺めたまま言った。
「もしかして……この人が、樹里の彼氏……じゃなくて……付き合ってる人?」
「あ、うん……まあ」
私がそう答えるのと同時に久美子が「素敵」とつぶやくのが聞こえた。
その隣に立つ美咲も潤んだ瞳でポーっとすみちゃんの顔をみつめていた。
どうやらかっこいいモードのすみちゃんはノンケの二人まで虜にしてしまうようだ。
すみちゃんのプロポーズはうれしかったのだけど、新しい悩みの種が芽吹いてしまったようだ。
外伝2 おわり
1
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[完結]
(支え合う2人)
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる