133 / 197
第3章
130.失われし過去
しおりを挟む長老の声が響いた瞬間、両脇に控えていた老人たちがざわめいた。背筋を伸ばし、顔色を変え、互いに目配せをする。その動きには、ただの驚きではなく、恐怖に似た色があった。
「長老、本当なのか……?」
「まさか……あの予知が、現実に……」
低く交わされる囁きは、焚き火のはぜる音にかき消されそうでありながら、リアの耳に生々しく届く。
ハランが横に立ち、静かに説明を始めた。
「長老はサーシャの曾々祖母だ。彼女もサーシャと同じレオル族の出だ。……いや、サーシャよりもはるかに濃い血筋を持つ、唯一無二の予見者だ」
「レオル族……?」とリアが問い返すと、ハランは頷いた。
「この地に暮らす数多の部族の中でも、レオル族だけは未来を視る力を持っている。長老は半年前、三つの予知を告げた」
焚き火の光がハランの顔を照らし、その瞳に影を落とす。
「一つ目は――『黒雲の災厄、銀の龍』」
「二つ目は――『地を揺るがす巨人の咆哮』」
「そして三つ目が――『世界を変える炎の魔法使い』だ」
ハランはそこでリアを見やった。
「長老は三つ目の夢の中で、お前のような人間に出会ったと言う。そして……この土地を救ってほしいと願っている」
長老は目を細め、まるで何十年も前の景色を思い出すかのようにゆっくり口を開いた。
「わしの夢に現れたのは、燃えるような力を持つ者……炎がすべてを変え、そして、新たな時代を呼び込む。その顔、その目……間違いなくお主じゃ」
リアはその言葉を受け止めながらも、胸の奥に違和感を覚えた。夢は、善き未来だけを示すとは限らない。
案の定、ご意見番の老人の一人が低く反論した。
「予知は絶対ではない。この者こそが、黒雲の災厄……銀の龍である可能性はないのか?」
ざわ、とテント内の空気が揺れた。リアはその言葉に対し、ふと脳裏に浮かんだものを口にする。
「……銀の龍、それは銀翼のことではないでしょうか。エレニア王国では、今まさに銀翼という集団が暗躍し、悪事を働いています。もしかすると、それが一つ目の夢に――」
しかし、彼の言葉が終わるより早く、別の老人が露骨に顔をゆがめた。
「エレニア王国、だと……!」
他の老人たちも眉間に皺を寄せ、視線に敵意が混じる。その変化にリアは眉をひそめたが、長老の声が鋭く割り込む。
「ここで、その名を口にするでない」
焚き火の火がぱちぱちと音を立て、長老の横顔を紅く照らす。
「……この地とあの国との間には、深い軋轢がある」
リアは黙って頷き、自分がその国の王子であることは口にせず、耳を傾けた。
長老はゆっくりと過去を紡ぎ始めた。
「かつて、この山脈を囲む大地には、我らの先祖が国を築き、平和に暮らしておった。大河と森が恵みを与え、誰もが満ち足りた日々を送っていた」
その声には、遠い記憶を語る懐かしさと、失われたものへの悔しさが入り混じっている。
「だが、東の海から異国の船が現れた。彼らは交易を装い、やがて国を乗っ取ろうと動き始めた。幾度も衝突が起き、戦の火が広がった」
焚き火がはぜ、長老の影が壁に長く伸びる。
「それでも、当時の指導者たちは愚かではなかった。互いの力を合わせ、二人の王を立て、新たな国――エレニア王国を築いたのじゃ」
一瞬、場に温かな空気が流れた。だが、長老の次の言葉は重く、冷たかった。
「……しかし、三代目の治世。東の海から来た王が、先住の王を暗殺した」
リアの背に、ひやりとした感覚が走る。
「そこから弾圧が始まり、我らの文化も土地も奪われた。百年にわたる戦争の末、生き残った者たちは二つに分かれた。山脈を越えて新天地を求める者と、この地に残る者……」
長老の目が細まり、その視線は焚き火を越えて遠い過去を見ているようだった。
「最終的に、互いに不可侵の協定を結び、争いは表向き終わった。だが、その傷は……癒えることはなかった」
説明を聞き終えたリアは、胸の奥に鉛の塊を抱えたような重さを感じた。反論の言葉も、慰めの言葉も、何ひとつ浮かばない。ただ、沈黙が落ち、焚き火の音だけが静かに響いていた。
25
あなたにおすすめの小説
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~
さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。
全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。
ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。
これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる