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第2章
98.妹
しおりを挟む昼下がりのギルド《ケルナ村冒険者ギルド連合》。昼は依頼所、夜は酒場として賑わうその建物は、まだ昼の静けさを残していた。木の床には掃き跡が残り、昨夜の名残りの酒瓶が奥の棚に整然と並んでいる。
リアとヒナが扉を押し開けると、木のカウンター越しにいた長身の男がこちらを見た。深緑の外套に鉄の肩当てをつけた、熊のように大きな男だ。
「──客か?」と声をかけようとした男は、リアの胸元の王家の光輪を見た瞬間、目を見開いた。
「……そ、その紋章……! まさか、エレニア王家の……!」
場が一瞬、張り詰める。弓兵の女性がガタっと立ち上がり、風見の翼のメンバーも興味津々に顔を上げる。そして奥にいた《風見の翼》のメンバー、エルが慌てて手を挙げた。
「ああ、大丈夫だよ、ゲンさん!」
エルは苦笑いを浮かべながら、長身の男に向かって説明する。
「この方は、さっき話したカイラさんのいるエレンディア開拓団の団長さんで、エレンディア調査のために来てるんだ。村を調べてるってわけ」
「そうか……。そういえばそんな通知があったな。」
《幽境の花》の団長であるゲンは、やっと合点がいったように頷いた。だがまだ、視線は警戒を帯びたままだ。
リアは一歩前に出て、薄緑の髪の少女に視線を移した。昨日、灰色のマントをまとい、窓を破って逃げた刺客。
「……君に、話がある。名前は?」
少女はわずかに唇を震わせ、か細い声で名を告げた。
「……ノーグ=リグレン」
その名前を聞いた瞬間、リアはほんの一瞬だけ目を細めた。名家リグレン家の人物である上に…
(……ティルナに、似ている)
ゲンが一歩前に出て、ノーグを庇うように立つ。
「王家の人間が……ノーグに、何の用です?」
声にははっきりとした警戒が滲んでいた。しかし、ノーグはゲンの袖をそっとつまんで、首を横に振った。
「……大丈夫、ゲン団長」
そして、リアをまっすぐ見た。
「外で、話しましょう」
人目を避け、リア、ヒナ、そしてノーグは、酒場の裏の小道に立った。風に乗って、酒樽の木の香りがほのかに漂う。
ノーグはしばし口を閉ざしていたが──やがて、深く頭を下げた。
「……ごめんなさい」
リアは瞬きをした。ノーグの声は震えていた。
「……あの夜、あなたを刺したこと」
ヒナが目を細めるが、リアは手で制した。
「……話を聞こう」
ノーグは顔を上げ、唇を噛みしめる。
「……私は、ティルナの妹です。昨日の決闘、見てました。…ありがとうございます、姉を守ってくれて。」
リアの目がわずかに見開かれた。ヒナは疑問を率直に投げつける。
「なぜ、お姉さんを守ったリア様を襲うようなことを?」すると、ノーグは声を絞り出して話し始めた。
「ウァリウス様に、言われたの……ティルナを、今年の儀式のいけにえ役にしない代わりに──リア王子を殺せって」
ヒナが息を呑み、拳を握り締めた。
「いけにえ?どういうこと?」
「この村のティグノー信仰では、ティグノー神に村の人間をいけにえとしてささげることで、平穏を保ってきた。実際は祭りでその役の人がテザ山脈の中腹にある祠でお祈りをして帰ってくるんですけど、ここ数年、いけにえ役の人が帰ってこない。だから、本当にティグノー神が食べてるんだって…。」
「で、それが今年はティルナさんなのか…。」リアは違和感を感じる。こんなこと、父が決めたこととはいえ、ウェデルが認めるだろうか、と。ノーグは続けた。
「でも、私は……あなたを殺す気なんて、なかった」ノーグの肩が震える。
「どうしても逆らえなかった。……だから、銀翼のマントを借りて、刺客のふりをしたの」
リアは眉を寄せた。
「……誰から?」
「グレイヴ」
その名が出た瞬間、リアの目が鋭く光った。
(……カルネリスで戦った、あの男)
かつてリアと剣を交えた男の名。その因縁が、再び絡み始めていた。ノーグは涙をこらえるように顔を上げた。
「お願い、リア王子。……ティルナを、助けて」
その声は、必死さを超えて、もう祈りだった。リアは、ゆっくりと一歩近づき、その瞳をまっすぐに見返した。そして、静かに──しかし力強く、うなずいた。
「──分かった。必ず助ける」
ノーグの肩から力が抜け、彼女は涙をこぼしそうになりながらも、深く頭を下げた。酒場の裏に吹く風が、静かに三人の間を通り抜けていった。その風の音を他で聞いていることに、誰も気づいていなかった。
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