エレンディア王国記

火燈スズ

文字の大きさ
101 / 197
第2章

98.妹

しおりを挟む

 昼下がりのギルド《ケルナ村冒険者ギルド連合》。昼は依頼所、夜は酒場として賑わうその建物は、まだ昼の静けさを残していた。木の床には掃き跡が残り、昨夜の名残りの酒瓶が奥の棚に整然と並んでいる。
 リアとヒナが扉を押し開けると、木のカウンター越しにいた長身の男がこちらを見た。深緑の外套に鉄の肩当てをつけた、熊のように大きな男だ。

「──客か?」と声をかけようとした男は、リアの胸元の王家の光輪を見た瞬間、目を見開いた。

「……そ、その紋章……! まさか、エレニア王家の……!」

 場が一瞬、張り詰める。弓兵の女性がガタっと立ち上がり、風見の翼のメンバーも興味津々に顔を上げる。そして奥にいた《風見の翼》のメンバー、エルが慌てて手を挙げた。

「ああ、大丈夫だよ、ゲンさん!」

 エルは苦笑いを浮かべながら、長身の男に向かって説明する。

「この方は、さっき話したカイラさんのいるエレンディア開拓団の団長さんで、エレンディア調査のために来てるんだ。村を調べてるってわけ」

「そうか……。そういえばそんな通知があったな。」

 《幽境の花》の団長であるゲンは、やっと合点がいったように頷いた。だがまだ、視線は警戒を帯びたままだ。  
 リアは一歩前に出て、薄緑の髪の少女に視線を移した。昨日、灰色のマントをまとい、窓を破って逃げた刺客。

「……君に、話がある。名前は?」

 少女はわずかに唇を震わせ、か細い声で名を告げた。

「……ノーグ=リグレン」

 その名前を聞いた瞬間、リアはほんの一瞬だけ目を細めた。名家リグレン家の人物である上に…

(……ティルナに、似ている)

 ゲンが一歩前に出て、ノーグを庇うように立つ。

「王家の人間が……ノーグに、何の用です?」

 声にははっきりとした警戒が滲んでいた。しかし、ノーグはゲンの袖をそっとつまんで、首を横に振った。

「……大丈夫、ゲン団長」

 そして、リアをまっすぐ見た。

「外で、話しましょう」

 人目を避け、リア、ヒナ、そしてノーグは、酒場の裏の小道に立った。風に乗って、酒樽の木の香りがほのかに漂う。
 ノーグはしばし口を閉ざしていたが──やがて、深く頭を下げた。

「……ごめんなさい」

 リアは瞬きをした。ノーグの声は震えていた。

「……あの夜、あなたを刺したこと」

 ヒナが目を細めるが、リアは手で制した。

「……話を聞こう」

 ノーグは顔を上げ、唇を噛みしめる。

「……私は、ティルナの妹です。昨日の決闘、見てました。…ありがとうございます、姉を守ってくれて。」

 リアの目がわずかに見開かれた。ヒナは疑問を率直に投げつける。

「なぜ、お姉さんを守ったリア様を襲うようなことを?」すると、ノーグは声を絞り出して話し始めた。

「ウァリウス様に、言われたの……ティルナを、今年の儀式のいけにえ役にしない代わりに──リア王子を殺せって」

 ヒナが息を呑み、拳を握り締めた。

「いけにえ?どういうこと?」

「この村のティグノー信仰では、ティグノー神に村の人間をいけにえとしてささげることで、平穏を保ってきた。実際は祭りでその役の人がテザ山脈の中腹にある祠でお祈りをして帰ってくるんですけど、ここ数年、いけにえ役の人が帰ってこない。だから、本当にティグノー神が食べてるんだって…。」

「で、それが今年はティルナさんなのか…。」リアは違和感を感じる。こんなこと、父が決めたこととはいえ、ウェデルが認めるだろうか、と。ノーグは続けた。

「でも、私は……あなたを殺す気なんて、なかった」ノーグの肩が震える。

「どうしても逆らえなかった。……だから、銀翼のマントを借りて、刺客のふりをしたの」

 リアは眉を寄せた。

「……誰から?」

「グレイヴ」

 その名が出た瞬間、リアの目が鋭く光った。

(……カルネリスで戦った、あの男)

 かつてリアと剣を交えた男の名。その因縁が、再び絡み始めていた。ノーグは涙をこらえるように顔を上げた。

「お願い、リア王子。……ティルナを、助けて」

 その声は、必死さを超えて、もう祈りだった。リアは、ゆっくりと一歩近づき、その瞳をまっすぐに見返した。そして、静かに──しかし力強く、うなずいた。

「──分かった。必ず助ける」

 ノーグの肩から力が抜け、彼女は涙をこぼしそうになりながらも、深く頭を下げた。酒場の裏に吹く風が、静かに三人の間を通り抜けていった。その風の音を他で聞いていることに、誰も気づいていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ

柚木 潤
ファンタジー
 薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。  そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。  舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。  舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。  以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・ 「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。  主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。  前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。  また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。  以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。  

『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。 そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。 ──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。 恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。 ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。 この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。 まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、 そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。 お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。 ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。 妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。 ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。 ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。 「だいすきって気持ちは、  きっと一番すてきなまほうなの──!」 風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。 これは、リリアナの庭で育つ、 小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

処理中です...