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12 案内
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案内を頼んできた本人は、エヴァンを引っ張って先に行ってしまう。後ろにいる侍女二人は、鼻で笑い、嫉妬をしているだの、羨ましいのだの、こそこそ話して、エヴァンたちの後を追う。
案内がいらないのならば、もう帰りたいのだが。
「オレリア。早くおいでよ」
空気を読まないエヴァンが、なぜかカロリーナを振り切ってこちらにやってきた。エヴァンの後ろでこちらを見つめる瞳が、暗黒に染まるようで恐ろしい。
「エヴァン、見て。この植物、なにかしら」
「エヴァン、彼女が呼んでいるわ」
「いいから、おいでよ」
頼むから空気を読んでほしい。エヴァンは、自分が心を許した者同士、仲良くなれると信じているのかもしれない。女性を無視し続けた結果、その心理状態を読む力は養えなかったようだ。
馴れ馴れしく触ってきたり、髪を引っ張ったり、わざといじわるしたり、エヴァンの持ち物を盗んだり、目の前で物を落としたり。子供の頃の女の子は、あの手この手でエヴァンの気持ちを引こうとする。大人になっても似たようなことをする女性はいるので、エヴァンにとって女性は、自分が興味を持たなければ、心を深くえぐるような刃物と同じなのだ。
(女たちの攻防なんて、考えたこともないわよね)
子供の頃だって、エヴァンに意地悪する女の子を、オレリアが撃退してくれた。くらいにしか考えていなかった。
仕方なくオレリアが先に歩き、エヴァンが後ろをついてくると、カロリーナは笑顔でエヴァンに視線を向けた。完全にオレリアを無視するくらいならば、案内など頼まなければいいのに。
侍女二人がすぐに反応して、わざと遅れてくるだの、気を引きたいだけだの、どうでもいいことを、オレリアが通り過ぎた時に微かな声で話す。エヴァンに聞こえないように言うのだから、よくよく考えているものだ。
「綺麗ね。私、エヴァンと一度ここに来てみたかったのよ。見て、あのお花も可愛いわ」
カロリーナはエヴァンを逃すまいと、腕をしっかりからめている。エヴァンはそれでいいのだろう。気にした様子はなく、カロリーナの指差した花を眺めていた。ちらりとカロリーナがオレリアに視線を向けて、まるで勝ち誇ったかのような微笑みを向けてくる。エヴァンは気づいていないが、カロリーナはわざとらしく、エヴァンの肩に頭を寄せた。
彼女の意図はよくわかった。オレリアの前で、エヴァンと一緒にいるところを見せつけたいのだろう。
そこでグッと我慢できたのは、失恋が遠い昔だったからだ。あの頃にこの姿を見せつけられたら、耐えられずに逃げ去ったかもしれない。
けれど、今は違う。
オレリアは心の中で何度もそれを唱えた。問題ない。大丈夫。昔の話で、過去のことだと。
「こちらの植物園には、危険なものもあるので、あまり触らないでくださいね」
念の為、注意すると、カロリーナは首を傾げた。
「まあ、美しいお花を、摘んではいけないのかしら?」
王宮の植物園の花を、勝手に摘む気なのか。カロリーナが近くにある花に手を伸ばそうとする。これは注意をしてもしなくても、何か言われるのだろう。だが、研究員の一員として、看過できない。
「触らないでくださいね。危険な花もありますから」
「でも、とても美しいわ。香りも良くて素敵ね」
それでも手を伸ばそうとしてくる。エヴァンはニコニコ笑顔をこちらに向けた。笑っていないで、カロリーナを注意してほしい。
「研究員って、すごいよね。僕、幼馴染して尊敬するよ」
「ありがとう。でも、状況を考えて言ってほしいわ」
「どういうこと?」
近づいて聞いてこないでほしい。もう一度しっかり注意してから、オレリアは先へ進んだ。さっさと周って、終わりにしたかった。カロリーナの態度も、侍女たちの薄ら笑いも、気分の良いものではない。エヴァンの能天気さもだ。植物園だとしても、王宮の敷地での振る舞いくらい、考えなくてもわかるものではないだろうか。
(ここはその辺の森じゃないんだから、花でも勝手に手折ったら、問題になるでしょう?)
心が狭くなっているせいで、小さなことでも腹立たしくなっているだろうか。イラつきを抑えなければと、一度大きく息を吐いた。
空気の温かさで汗をかきそうだ。植物も熱帯系のものになっており、大型な花が咲いている。匂いもきついため、早く過ぎたくなる。エヴァンはのんびりと、この花はなんなのか聞いてきた。後ろで三人が睨め付けているのには、気づいていない。
カロリーナは、剣呑な光を瞳に溜めているような気さえする。
「オレリアさん、他に美しい花が咲いている場所はないのかしら? 大きな花があるとか」
それならば、先ほど通り過ぎたばかりだ。見ていなかったのだろうか。戻るには小道があるが、スカートなどが引っかかっては困るだろう。オレリアは大丈夫だが、三人は広がった服を着ている。
「あちら側に、花の群生はありますが、」
「まあ! では、行きましょう。案内してくださる?」
説明する前に、カロリーナは狭い小道に進もうとする。
「そちらは道が細いですから、行かない方がいいですよ」
案内しろと言いながら、先に行こうとするのはなんなのだろう。ドレスに引っかかって穴が空いただの、後で言ってくる気だろうか。そう思った瞬間、カロリーナがいきなり悲鳴を上げた。
「カロリーナ!?」
「エヴァン! 痛い。痛いわ!」
「大変だ。足に傷が。医務室に行こう!」
カロリーナの声にエヴァンが走り寄る。なにをしたのか、エヴァンがカロリーナを軽々抱き上げて、走り出した。カロリーナは涙を溜めて、エヴァンにすがるように抱きついていた。
残った侍女たちは、ちらりとオレリアを見遣って、鼻で笑うと、後を追っていった。呆気に取られている間に、オレリアは取り残されてしまった。
だから小道に入るなと言ったのに。足に傷と言っていたのだから、なにかに引っかかったのだろうが。
小道を調べれば、棘のある枝が、足首あたりに伸びていた。
「なんでこんな枝。棘のある植物は、ここには咲いていないのに」
案内がいらないのならば、もう帰りたいのだが。
「オレリア。早くおいでよ」
空気を読まないエヴァンが、なぜかカロリーナを振り切ってこちらにやってきた。エヴァンの後ろでこちらを見つめる瞳が、暗黒に染まるようで恐ろしい。
「エヴァン、見て。この植物、なにかしら」
「エヴァン、彼女が呼んでいるわ」
「いいから、おいでよ」
頼むから空気を読んでほしい。エヴァンは、自分が心を許した者同士、仲良くなれると信じているのかもしれない。女性を無視し続けた結果、その心理状態を読む力は養えなかったようだ。
馴れ馴れしく触ってきたり、髪を引っ張ったり、わざといじわるしたり、エヴァンの持ち物を盗んだり、目の前で物を落としたり。子供の頃の女の子は、あの手この手でエヴァンの気持ちを引こうとする。大人になっても似たようなことをする女性はいるので、エヴァンにとって女性は、自分が興味を持たなければ、心を深くえぐるような刃物と同じなのだ。
(女たちの攻防なんて、考えたこともないわよね)
子供の頃だって、エヴァンに意地悪する女の子を、オレリアが撃退してくれた。くらいにしか考えていなかった。
仕方なくオレリアが先に歩き、エヴァンが後ろをついてくると、カロリーナは笑顔でエヴァンに視線を向けた。完全にオレリアを無視するくらいならば、案内など頼まなければいいのに。
侍女二人がすぐに反応して、わざと遅れてくるだの、気を引きたいだけだの、どうでもいいことを、オレリアが通り過ぎた時に微かな声で話す。エヴァンに聞こえないように言うのだから、よくよく考えているものだ。
「綺麗ね。私、エヴァンと一度ここに来てみたかったのよ。見て、あのお花も可愛いわ」
カロリーナはエヴァンを逃すまいと、腕をしっかりからめている。エヴァンはそれでいいのだろう。気にした様子はなく、カロリーナの指差した花を眺めていた。ちらりとカロリーナがオレリアに視線を向けて、まるで勝ち誇ったかのような微笑みを向けてくる。エヴァンは気づいていないが、カロリーナはわざとらしく、エヴァンの肩に頭を寄せた。
彼女の意図はよくわかった。オレリアの前で、エヴァンと一緒にいるところを見せつけたいのだろう。
そこでグッと我慢できたのは、失恋が遠い昔だったからだ。あの頃にこの姿を見せつけられたら、耐えられずに逃げ去ったかもしれない。
けれど、今は違う。
オレリアは心の中で何度もそれを唱えた。問題ない。大丈夫。昔の話で、過去のことだと。
「こちらの植物園には、危険なものもあるので、あまり触らないでくださいね」
念の為、注意すると、カロリーナは首を傾げた。
「まあ、美しいお花を、摘んではいけないのかしら?」
王宮の植物園の花を、勝手に摘む気なのか。カロリーナが近くにある花に手を伸ばそうとする。これは注意をしてもしなくても、何か言われるのだろう。だが、研究員の一員として、看過できない。
「触らないでくださいね。危険な花もありますから」
「でも、とても美しいわ。香りも良くて素敵ね」
それでも手を伸ばそうとしてくる。エヴァンはニコニコ笑顔をこちらに向けた。笑っていないで、カロリーナを注意してほしい。
「研究員って、すごいよね。僕、幼馴染して尊敬するよ」
「ありがとう。でも、状況を考えて言ってほしいわ」
「どういうこと?」
近づいて聞いてこないでほしい。もう一度しっかり注意してから、オレリアは先へ進んだ。さっさと周って、終わりにしたかった。カロリーナの態度も、侍女たちの薄ら笑いも、気分の良いものではない。エヴァンの能天気さもだ。植物園だとしても、王宮の敷地での振る舞いくらい、考えなくてもわかるものではないだろうか。
(ここはその辺の森じゃないんだから、花でも勝手に手折ったら、問題になるでしょう?)
心が狭くなっているせいで、小さなことでも腹立たしくなっているだろうか。イラつきを抑えなければと、一度大きく息を吐いた。
空気の温かさで汗をかきそうだ。植物も熱帯系のものになっており、大型な花が咲いている。匂いもきついため、早く過ぎたくなる。エヴァンはのんびりと、この花はなんなのか聞いてきた。後ろで三人が睨め付けているのには、気づいていない。
カロリーナは、剣呑な光を瞳に溜めているような気さえする。
「オレリアさん、他に美しい花が咲いている場所はないのかしら? 大きな花があるとか」
それならば、先ほど通り過ぎたばかりだ。見ていなかったのだろうか。戻るには小道があるが、スカートなどが引っかかっては困るだろう。オレリアは大丈夫だが、三人は広がった服を着ている。
「あちら側に、花の群生はありますが、」
「まあ! では、行きましょう。案内してくださる?」
説明する前に、カロリーナは狭い小道に進もうとする。
「そちらは道が細いですから、行かない方がいいですよ」
案内しろと言いながら、先に行こうとするのはなんなのだろう。ドレスに引っかかって穴が空いただの、後で言ってくる気だろうか。そう思った瞬間、カロリーナがいきなり悲鳴を上げた。
「カロリーナ!?」
「エヴァン! 痛い。痛いわ!」
「大変だ。足に傷が。医務室に行こう!」
カロリーナの声にエヴァンが走り寄る。なにをしたのか、エヴァンがカロリーナを軽々抱き上げて、走り出した。カロリーナは涙を溜めて、エヴァンにすがるように抱きついていた。
残った侍女たちは、ちらりとオレリアを見遣って、鼻で笑うと、後を追っていった。呆気に取られている間に、オレリアは取り残されてしまった。
だから小道に入るなと言ったのに。足に傷と言っていたのだから、なにかに引っかかったのだろうが。
小道を調べれば、棘のある枝が、足首あたりに伸びていた。
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