幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す

MIRICO

文字の大きさ
37 / 47

37 故郷

しおりを挟む
「もしかして、私が両親と一緒に住めないとでも、勘違いしているの?」
「違うの? 叔母さんはオレリアの両親について教えてくれなかった。大きくなったら教えてくれると言っていたけれど、それより前に、オレリアが学院を変えてしまったんだ」
「叔母夫婦の身分が高いことは、知っていたでしょう?」
「知っているけど。でも、都にいる貴族たちの身分よりは、ずっと低いよね?」

 ターンフェルトは地方の田舎町だが、それなりに身分の高い人はいる。叔父は医療魔法士で、各地方の医療魔法士の水準を上げるために、王宮から遣わされている身だ。叔父はもちろん、その妻である叔母はもともとの身分も高い。二人が住んでいた屋敷の広さは他にはないのだから、オレリアと遊んでいれば、身分が高いくらいわかるはずだ。
 叔母が身分関わらず皆に優しいから、エヴァンは身分について考えなかっただけではないだろうか。

「私のお父様は王宮でお仕事をしている。って、昔言ったでしょう? 叔母は父の妹よ? 叔母夫婦が住んでいた屋敷も、とても大きなものだったでしょう? それに、叔父の持つ屋敷は、ターンフェルトだけではないのよ? 私のために、あの街に住んでいただけで。私が出て行った後、叔母も別の街へ移動していなかった? 季節によって住む場所を変えていたはずだわ。叔父は医療魔法士だから、転々として、その土地土地で医療を指導していたのよ。私たちが学院に行っていた頃も、叔父が留守のことは多かったでしょう?」
「子供の頃の話だったから、王宮って言われても、王宮は広いし。叔父さんは時々いなかったりしたけれど。住む場所を、変えてたって……?」

 叔母夫婦は、オレリアの病気のために、環境の良い地方の屋敷で過ごしてくれていた。父親は渋ったが、オレリアにとって都より地方の方が体に良かったため、わざわざ地方で過ごしてくれるという叔母夫婦に、オレリアを預けたのだ。
 医療魔法士の叔父は仕事があるため、時折出かけて戻らないことがあった。オレリアがいなくなって、叔母は叔父についていったはずだ。だから季節によって、屋敷を留守にしていることは多かっただろう。
 オレリアは、幼少にその話をした覚えがあるが、エヴァンは覚えていないか、眉間に皺を寄せた。

「オレリア、はっきり言った方がいい。君はわかっていないんだろう。オレリアの父親は、この国の大臣だ。若手大臣として、王も一目置いている。オレリアの身分についても、知っている者は知っている。彼女は大臣の娘だからな」
「大臣……? え、じゃあ、王の甥とパートナーだったって、本当のこと……? 身分は、問題ないってこと?」
「その通りだ。俺のパートナーでも、何の問題もない」

 身分など関係なくパートナーにしてくれただろうが、エヴァンを言い負かすにはちょうど良いと、セドリックははっきりと言いやる。一瞬オレリアに瞬きをしたので、わざと強調したようだ。セドリックは身分を気にしない。本人が一番重要視していない。オレリアもそれはわかっていると、セドリックの手を握った。その手を握り返されて、胸が温かくなった。

「俺って……」
「俺が、王の甥だ」
「そんな。ぼ、僕は、知らない。何も知らないからな。僕は、関係ない!」
「エヴァン? ちょっと、エヴァン!?」
 エヴァンが取り乱すように言うと、途端、踵を返し、逃げるように走り去っていった。

「どうしたっていうの……?」
「オレリア。エヴァンがどうやって王宮の騎士になったのか、聞いたことはあるか?」
「騎士見習いをしていた家から、紹介を受けたって聞いていますが。……それが、なにか?」
「いや。またこんなことがないように、エヴァンに呼ばれても、一人で出ないようにな」
「はい、そうします」
 エヴァンはどうしたのだろうか。セドリックはただ無言で、何かを考えているようだった。
 








 セドリックは気になることがあると言って、研究所に戻っていった。まだ体調は万全ではないので、ついていこうとしたが、すぐに戻ってくると言って、行ってしまった。

「局長が来たの?」
「今、研究所に戻っていきました。薬草調合して飲んできたから大丈夫だと言って」
「局長も呆れたものね。少し休んだくらいで、王宮に来るなんて。なまじ体力があるから、すぐ無理をするのよ。まあ、大丈夫だと言っているなら、大丈夫でしょう。でもちょうどよかったわ。私も局長に確認したいことがあったのよ」
 セドリックに確認してもらいたい書類がたまっているのだと、リビーもすぐに戻ると言って、研究所へ走っていった。セドリックが急に休むことになったため、確認待ちの書類は多かったようだ。

 それにしても、エヴァンはどうしたのだろう。あんな風に焦ったような雰囲気を見たのは初めてだ。
 オレリアは先ほどのことを考えながら、魔力を注ぐ。しかし、気が散ってしまって、集中できない。
 あとで騎士寮に行ってみようか。けれど、大きな荷物を持っていた。任務でもあって、ターンフェルトに帰る予定でもできたのだろうか。

(急に故郷に帰りたくなる理由って、何かしら)
 どうして、今さらターンフェルトに一緒に帰ろうなどと、口にしたのだろう。
 考えてもよくわからない。ため息をついて、魔力を流すのをやめた。集中力が無さすぎて、量を間違えそうだ。

「はあ。少し休憩しようかしら」
 両手を伸ばして伸びをして、軽く腕を回していると、ガサガサ、と草の上に何かが落ちたような音が耳に入った。実でも落ちただろうか。ここには大型の実をつくる植物がある。しかし、まだ熟れるには早いはずだ。
 エヴァンが戻って来たのだろうか。

「誰かいますか?」
 少し近寄って声をかけたが、返事はない。草に触れる音も聞こえない。
 気のせいか。足を踏み入れたような音ではなかったので、何かが落ちたのかもしれない。
 踵を返して戻ろうとした時、目端に銀色の煌めきが入った。

「きゃあっ!」
 目の前に銀色の金属が降ってきて、オレリアは咄嗟に転がるように避けた。
 金属が床に当たり、鈍い音を出す。それを握っている手は細く小さな手で、見上げれば、ひどい形相をしたカロリーナが立っていた。

 カロリーナは剣の切先を上げると、勢いよく振り下ろした。彼女の腕に合っていない、大振りの剣だ。誰かの剣を奪ったのか、まるでハンマーで打つかのように振ってくる。一度尻餅をついてしまったせいで、転がって逃げるのに精一杯だ。立ちあがろうとすれば、すぐにカロリーナが剣を振った。

「あんたのせいで、全部めちゃくちゃだわ!」
 叫ぶように言いながら、剣を振り下ろす。それを避ければ、カロリーナは目を見開きながら、顔を歪めた。
「避けるんじゃないわよ!」

 避けるに決まっているだろうが。剣が重いのか、カロリーナは剣を振った後に、力を入れて持ち上げようとする。その隙に立ちあがろうとしたが、そのまま横に振ってきた。いきなり横に振られて、オレリアは反応できずに、また床に座り込んでしまった。

「セドリック様のお相手として、私が選ばれたのよ。そのつもりで侍女になれと言われたの。なのに、どうして、侍女をクビにならなければならないわけ!?」
「エヴァンの恋人ではなかったの? エヴァンを取られると思って、私に嫌がらせをしてきたのではないの??」
「エヴァン? あの意気地なし! 騎士を辞めて、故郷に帰るですって! 誰のおかげで騎士になれたと思っているのよ! 可愛いから側に置いておいてあげたのに、私を裏切って!」
「何の話をして……、きゃあっ!」

 カロリーナが剣を振り回した。切っ先が腕に当たり、オレリアは地面に倒れ込む。植物の根元に転がって、土に血が染みた。
 カロリーナは興奮していて、放っておけば、なんでもペラペラ話しそうだ。目をギラつかせながら、横たわったオレリアを見て、ニヤリと口元を上げる。

「あんたが死ねば、せいせいするわ。ずっと邪魔で、仕方がなかったのよ!」
しおりを挟む
感想 131

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

婚約者の幼馴染に殺されそうになりました。私は彼女の秘密を知ってしまったようです【完結】

小平ニコ
恋愛
選ばれた貴族の令嬢・令息のみが通うことを許される王立高等貴族院で、私は婚約者のチェスタスと共に楽しい学園生活を謳歌していた。 しかし、ある日突然転入してきたチェスタスの幼馴染――エミリーナによって、私の生活は一変してしまう。それまで、どんな時も私を第一に考えてくれていたチェスタスが、目に見えてエミリーナを優先するようになったのだ。 チェスタスが言うには、『まだ王立高等貴族院の生活に慣れてないエミリーナを気遣ってやりたい』とのことだったが、彼のエミリーナに対する特別扱いは、一週間経っても、二週間経っても続き、私はどこか釈然としない気持ちで日々を過ごすしかなかった。 そんなある日、エミリーナの転入が、不正な方法を使った裏口入学であることを私は知ってしまう。私は間違いを正すため、王立高等貴族院で最も信頼できる若い教師――メイナード先生に、不正の報告をしようとした。 しかし、その行動に気がついたエミリーナは、私を屋上に連れて行き、口封じのために、地面に向かって突き落としたのだった……

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

【完結】婚約者も両親も家も全部妹に取られましたが、庭師がざまぁ致します。私はどうやら帝国の王妃になるようです?

鏑木 うりこ
恋愛
 父親が一緒だと言う一つ違いの妹は姉の物を何でも欲しがる。とうとう婚約者のアレクシス殿下まで欲しいと言い出た。もうここには居たくない姉のユーティアは指輪を一つだけ持って家を捨てる事を決める。 「なあ、お嬢さん、指輪はあんたを選んだのかい?」  庭師のシューの言葉に頷くと、庭師はにやりと笑ってユーティアの手を取った。  少し前に書いていたものです。ゆるーく見ていただけると助かります(*‘ω‘ *) HOT&人気入りありがとうございます!(*ノωノ)<ウオオオオオオ嬉しいいいいい! 色々立て込んでいるため、感想への返信が遅くなっております、申し訳ございません。でも全部ありがたく読ませていただいております!元気でます~!('ω')完結まで頑張るぞーおー! ★おかげさまで完結致しました!そしてたくさんいただいた感想にやっとお返事が出来ました!本当に本当にありがとうございます、元気で最後まで書けたのは皆さまのお陰です!嬉し~~~~~!  これからも恋愛ジャンルもポチポチと書いて行きたいと思います。また趣味趣向に合うものがありましたら、お読みいただけるととっても嬉しいです!わーいわーい! 【完結】をつけて、完結表記にさせてもらいました!やり遂げた~(*‘ω‘ *)

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

なんでも奪っていく妹に、婚約者まで奪われました

ねむ太朗
恋愛
伯爵令嬢のリリアーナは、小さい頃から、妹のエルーシアにネックレスや髪飾りなどのお気に入りの物を奪われてきた。 とうとう、婚約者のルシアンまでも妹に奪われてしまい……

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

処理中です...