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10 侍女
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箱に詰められた本を抱えて廊下を歩いていると、どこからか視線を感じた。
気のせいだろうか。
目立つ格好などしていないし、後ろから下着が出ているとか、汚れているとか、そういったことはない。けれど、どこか妙な雰囲気を感じた。ちらちらとメイドたちがオレリアを横目で見てくる。子供の頃によく感じた視線を向けられているようだ。
(いい年になっても、やることは変わらないのね。なんだかこそこそと、いやらしい)
この視線は慣れている。エヴァンとの食事が噂になっているのだろう。王宮のメイドがいたのだから、その女性から話が回ったに違いない。
面倒だと思っても、オレリアにはどうでもよかった。王宮で言い訳をしなければならない人もいないし、エヴァンとのことを噂されても、真実とは違う話になっているのだから、いちいち反応などしていられない。
そう思っていたのだが。
「オレリア、なんて言ったかしら。男みたいな格好よね」
耳に届くように囁きが聞こえて、どこの誰が話しているのかと、そちらを見やる。どこの誰だっただろうか。それなりに装った女性が二人ほど、クスクスと笑って、オレリアを見ていた。もしかしたら、王女アデラが連れていた侍女かもしれない。
なんとなくとしか覚えていなかったので、確かではなかったが、彼女たちは気づいたオレリアに近づいてきた。
「こんにちは。素敵なお召し物ですわね」
男みたいな格好と言っていたではないか。侍女の二人は嘲るように笑って、上から下まで舐め回すように見てきた。
「仕事中ですから」
そのまま進もうとしたが、行く先を遮るように体を寄せてくるので、オレリアは足を止める。荷物があるので、ぶつかりそうになるではないか。
この手合いは、ぶつかったら、わざとぶつかったと言ってくる。そういったことのないように、なんとか耐えた。
「王宮で、女性がそのような格好していて、大変ですわね」
「みすぼらしくしていれば、殿方がドレスを買ってくださるのかも」
「ああ、あのボサボサ頭の方?」
その言葉、セドリックに言えば喜ぶだろう。超絶美形といわれたセドリックだと知れば、彼女たちは嘆くかもしれないが、知ったことではない。
(何が言いたいのかしら、この人たち。それに、重そうに運んでいるの、見えないかしら)
こんなに荷物を持っている時に、声をかけてこなくても。いや、だからこそ声をかけてきたのか。
この様子では、エヴァンの話を聞いたのだろう。侍女仲間であるため、オレリアを見つけて嫌味を言いにきたのだ。
言い訳もないので、ここはさっさと立ち去りたい。書庫から持ってきた大量の本を運んでいるのだ。重くて指が痛いのだし、先を急ぎたい。
「どちらからいらっしゃったのかしら。埃っぽいわ」
「王宮内の書庫です。埃っぽいのならば、管理に言わなければなりませんね。皆さんが汚いと言っていたと、伝えておきます」
「ま、そんなことは言っていないわ!」
王宮の書庫は、王族も使う書庫だ。そこが汚いと言うならば、管理を叱りに行く必要がある。王女の耳に入れて大事にすれば、どこが汚いのか問われるだろう。まさか人に嫌味を言っただけとは言えまい。
残念だが、女の嫌がらせは、エヴァンのおかげで耐性がついていた。この程度の嫌味など、嫌味のうちに入らない。
さっさとここは去っておくか。忙しいと言って去ろうとした時、別の女性の声がかかった。
「あら、みなさん、ここで何をしていらっしゃるの?」
「カロリーナ様。偶然この方に会ったので、お話をしていたところですわ」
ゆっくりと、優雅に、カロリーナが近づいてくる。微笑む姿は、まるで絵画のように美しいが、どこか薄暗い雰囲気を感じた。
オレリアが、カロリーナに会いたくなかったように、カロリーナも会いたくなかったのかもしれない。
「まあ、オレリアさん。またお会いしましたわね」
カロリーナは軽く挨拶をしてから、オレリアの荷物をじっと見つめる。重そうですね、と少しだけ慮ったが、それだけだった。
カロリーナ・オールダムは、エヴァンが気になったと言うようになってから、その顔を知った。
学院に入って、オレリアにとって女の子はほとんどが敵で、嫌がらせをしてくる相手としか見ていなかったので、顔を覚える必要がなかった。同じ授業を受ける女の子たちの数人は、エヴァンに興味がなく、話すこともあったが、そうでない人の方が多かったのだ。
だから、初めてカロリーナを見た時は、なんてエヴァンとお似合いな、か弱そうな女の子なのだろう。と思った。
陽の光を浴びたことのないような白い肌。土いじりなどしたことのない、手入れされた細い指。ほんのりと香る、花の香りが上品だ。
そのカロリーナが、淡いピンク色をした唇に指を添えて、他の侍女たちと同じように、まじまじとオレリアを見てくる。
エヴァンの好きな人。ただそれだけで、体が強張るような気がした。胃の中に石が入って重くなるような、頭が熱くなって、何も考えられなくなるような、体調の異変すら感じる。この場から、すぐに去りたくなった。
品定めされているような気がして、オレリアは首だけ下げて、通り過ぎようとした。
「大変なお荷物ですわね。研究員でしたかしら。とても重そうだわ。男性の仕事ですわね」
その言葉に、他の侍女たちがクスクス笑う。カロリーナが嘲笑してくるわけではないが、彼女たちの笑いを咎めるようなところはない。
気のせいだろうか。
目立つ格好などしていないし、後ろから下着が出ているとか、汚れているとか、そういったことはない。けれど、どこか妙な雰囲気を感じた。ちらちらとメイドたちがオレリアを横目で見てくる。子供の頃によく感じた視線を向けられているようだ。
(いい年になっても、やることは変わらないのね。なんだかこそこそと、いやらしい)
この視線は慣れている。エヴァンとの食事が噂になっているのだろう。王宮のメイドがいたのだから、その女性から話が回ったに違いない。
面倒だと思っても、オレリアにはどうでもよかった。王宮で言い訳をしなければならない人もいないし、エヴァンとのことを噂されても、真実とは違う話になっているのだから、いちいち反応などしていられない。
そう思っていたのだが。
「オレリア、なんて言ったかしら。男みたいな格好よね」
耳に届くように囁きが聞こえて、どこの誰が話しているのかと、そちらを見やる。どこの誰だっただろうか。それなりに装った女性が二人ほど、クスクスと笑って、オレリアを見ていた。もしかしたら、王女アデラが連れていた侍女かもしれない。
なんとなくとしか覚えていなかったので、確かではなかったが、彼女たちは気づいたオレリアに近づいてきた。
「こんにちは。素敵なお召し物ですわね」
男みたいな格好と言っていたではないか。侍女の二人は嘲るように笑って、上から下まで舐め回すように見てきた。
「仕事中ですから」
そのまま進もうとしたが、行く先を遮るように体を寄せてくるので、オレリアは足を止める。荷物があるので、ぶつかりそうになるではないか。
この手合いは、ぶつかったら、わざとぶつかったと言ってくる。そういったことのないように、なんとか耐えた。
「王宮で、女性がそのような格好していて、大変ですわね」
「みすぼらしくしていれば、殿方がドレスを買ってくださるのかも」
「ああ、あのボサボサ頭の方?」
その言葉、セドリックに言えば喜ぶだろう。超絶美形といわれたセドリックだと知れば、彼女たちは嘆くかもしれないが、知ったことではない。
(何が言いたいのかしら、この人たち。それに、重そうに運んでいるの、見えないかしら)
こんなに荷物を持っている時に、声をかけてこなくても。いや、だからこそ声をかけてきたのか。
この様子では、エヴァンの話を聞いたのだろう。侍女仲間であるため、オレリアを見つけて嫌味を言いにきたのだ。
言い訳もないので、ここはさっさと立ち去りたい。書庫から持ってきた大量の本を運んでいるのだ。重くて指が痛いのだし、先を急ぎたい。
「どちらからいらっしゃったのかしら。埃っぽいわ」
「王宮内の書庫です。埃っぽいのならば、管理に言わなければなりませんね。皆さんが汚いと言っていたと、伝えておきます」
「ま、そんなことは言っていないわ!」
王宮の書庫は、王族も使う書庫だ。そこが汚いと言うならば、管理を叱りに行く必要がある。王女の耳に入れて大事にすれば、どこが汚いのか問われるだろう。まさか人に嫌味を言っただけとは言えまい。
残念だが、女の嫌がらせは、エヴァンのおかげで耐性がついていた。この程度の嫌味など、嫌味のうちに入らない。
さっさとここは去っておくか。忙しいと言って去ろうとした時、別の女性の声がかかった。
「あら、みなさん、ここで何をしていらっしゃるの?」
「カロリーナ様。偶然この方に会ったので、お話をしていたところですわ」
ゆっくりと、優雅に、カロリーナが近づいてくる。微笑む姿は、まるで絵画のように美しいが、どこか薄暗い雰囲気を感じた。
オレリアが、カロリーナに会いたくなかったように、カロリーナも会いたくなかったのかもしれない。
「まあ、オレリアさん。またお会いしましたわね」
カロリーナは軽く挨拶をしてから、オレリアの荷物をじっと見つめる。重そうですね、と少しだけ慮ったが、それだけだった。
カロリーナ・オールダムは、エヴァンが気になったと言うようになってから、その顔を知った。
学院に入って、オレリアにとって女の子はほとんどが敵で、嫌がらせをしてくる相手としか見ていなかったので、顔を覚える必要がなかった。同じ授業を受ける女の子たちの数人は、エヴァンに興味がなく、話すこともあったが、そうでない人の方が多かったのだ。
だから、初めてカロリーナを見た時は、なんてエヴァンとお似合いな、か弱そうな女の子なのだろう。と思った。
陽の光を浴びたことのないような白い肌。土いじりなどしたことのない、手入れされた細い指。ほんのりと香る、花の香りが上品だ。
そのカロリーナが、淡いピンク色をした唇に指を添えて、他の侍女たちと同じように、まじまじとオレリアを見てくる。
エヴァンの好きな人。ただそれだけで、体が強張るような気がした。胃の中に石が入って重くなるような、頭が熱くなって、何も考えられなくなるような、体調の異変すら感じる。この場から、すぐに去りたくなった。
品定めされているような気がして、オレリアは首だけ下げて、通り過ぎようとした。
「大変なお荷物ですわね。研究員でしたかしら。とても重そうだわ。男性の仕事ですわね」
その言葉に、他の侍女たちがクスクス笑う。カロリーナが嘲笑してくるわけではないが、彼女たちの笑いを咎めるようなところはない。
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