目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO

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33② ー呼び出しー

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「参ったな……」

 馬車に乗り込み、クラウディオはだらしなく背もたれに寄りかかった。

 王から渡された資料には、魔獣の出没にセレスティーヌの父親が関わっている可能性が示唆されていたのだ。
 場所は魔獣が少ない地域。子爵家の土地であり、その子爵はセレスティーヌの父親に借金があり、何度か訪問を迎える姿が報告されている。

 そして、それとは別に、違法な競売で珍しい魔獣の扱いが行われているという噂があった。
 うまく隠してはいるが、それらにセレスティーヌの父親の影がちらついている。

 王は、クラウディオの裁量で、セレスティーヌの両親をどうさばこうか一任すると言ってきたのだ。

(彼らを罰して、セレスティーヌとも縁を切れとまでは言われなかったが)

 だが、逆に考えれば、セレスティーヌから両親を離すことができる。

(セレスティーヌは両親から距離をおきたそうだった)

「まだ疑いがあるだけだ。魔獣との関係ははっきりしていないが……」

 現状、セレスティーヌに話すことはできない。結果が分かるまでは、彼女に話すことは難しい。これは王からの命令で行う討伐だ。
 父親が悪事に手を染めていると知った時、セレスティーヌはどう思うだろうか。
 愚行を嘆き、公爵夫人の座から退きたいと言ったりしないだろうか。

「————今のセレスティーヌは、言いそうだな……」

 そう思うとぞっとする。あの両親のせいでまたセレスティーヌが自分に謝るのか。
 そうであれば、両親との関係をどうすべきか、先に促しておきたい。

「……あざといな。嫌になるくらい」

 自分の考えに呆れて鼻で笑いたくなる。
 だが、あの両親のせいでセレスティーヌを失いたくはなかった。




「討伐、ですか。旦那様が??」

 セレスティーヌはポカンとした顔をこちらに向けて、首をコテンと傾ける。
 愛らしい表情をしながら理解が追いつかないと、公爵が行くものなんですか? と素朴な疑問を投げてくる。

「正体の掴めない個体が出たそうです。危険があるため、魔法師の資格を持っている者として、討伐に向かえとの命令を受けました」
「魔法師の資格!? あ、そうですよね。そうでしたね!!」

 セレスティーヌは忘れていたかのように、大きく頷く。
 時折、違和感を感じることがある。セレスティーヌならば知っていそうなことを把握しておらず、真剣に聞いては驚いたりすることがあった。

 今も、魔法師について初めて聞いたかのような顔をしていた。

(討伐に行ったことすら、聞いたことはなかったようだし)

 セレスティーヌならば知っていてもおかしくないし、むしろ知らないほうがおかしいとは思っていたが、その時はあまり気にしなかった。

「ですので、しばらく屋敷を留守にします」
「そんなに長く行くんですか? 遠いところまで??」
「そこまで遠いわけではありませんが、すぐには戻れないと思います。数週間はかかるかと」
「そ、そんなに出掛けるんですか!?」
「討伐であれば一ヶ月でも早い方ですよ」
「そうなんですか……」

 場所にもよるが、魔獣の討伐は頭数が多い時に派遣されやすい。一匹、二匹ならばその土地に住む者たちで対処できるからだ。人の多い場所にはあまり出ないこともあり、遠出が当たり前で日数がかかる。
 セレスティーヌはそれらも初めて知ったと、不安そうな顔を見せた。

「いつ頃出発されるんですか?」
「用意が出来次第ですので、明日には出発します」
「明日!?」
「現地に住む者たちの被害が増えては困りますから」
「それは、当然ですよね。あ、じゃあ、すぐにご用意を。なにか必要な物とか、お手伝いできることとか!」
「大丈夫ですよ」

 セレスティーヌが突然わたわたとし始めるので、つい笑いそうになる。
 心配してくれるのか。セレスティーヌの表情は浮かない。その顔を見ているだけで、嬉しくなると言ったら嫌がられるだろうか。



 次の日になり、出立になればセレスティーヌはアロイスと一緒に見送りにやってくる。

「セレスティーヌ、なにかある前に、少しでも気付いたことでもあれば、モーリスに相談を」
「分かりました」
「モーリス、私がいない間、セレスティーヌに不便がないようにしてくれ。それから、体調面の注意を」

 そこは小声で伝えておく。セレスティーヌに言えば大丈夫だからと遠慮するばかりだからだ。

「あの、これを」

 出発しようと馬に跨ろうとすると、セレスティーヌが布で作った小さな袋を出してきた。
 美しい草花が刺繍してあり、リボンで結んである。

「お菓子が入ってます。保存がきくものなので、もしもの時に食べてください。もしもなんてないでしょうが、お守りだと思って」
「あ、ありがとうございます……」

 守り袋をもらえたことに感動していると、セレスティーヌがアロイスの背をそっと押した。アロイスがこちらを見て、何か言いたそうにする。

「おじたま、おきおつけてい……。いーー」
「いってらっしゃいませ」
「いれっしゃませー」

 練習でもしたのか、アロイスが言葉に詰まると、セレスティーヌが小声で助け舟を出してやる。アロイスはしっかり言えたと、得意げな顔をした。

「————ああ。気を付けて行ってくる」
「いれしゃませー」
「どうか、お気を付けて、いってらっしゃいませ」

 アロイスの大声とセレスティーヌの不安げな面持ちに見送られながら、クラウディオは出発をした。
 狩りの時にはなかった、守りの袋は胸元に入れ、すぐに帰ってくると心に誓い。



 道の途中、確認した守りの袋の中には、菓子の他に食物の保存に使う薬草が入っていた。
 保存用の薬草は殺菌効果があり、煎じて飲めば熱冷まし、揉んで傷に塗り込めば炎症を抑えることができるものだった。

(知っていて一緒に入れたのか? 彼女に薬草の知識が? 袋もセレスティーヌが作ったのだろうか?)

 身分の高い令嬢が知ることのなさそうな薬草の効能。学び舎で学ぶ薬草の知識でもある。
 よく見れば、袋の中の内布が取れるようになっており、その布は太ももくらいはぐるりと巻ける長さになっていた。

(お守りというか、緊急用の道具一式だな)

 セレスティーヌは刺繍が得意だったようだが、縫い物も得意だっただろうか。しかも実用的に作られており、ただ袋を作るのとは違った発想を持っていた。
 これを、昨日の今日で急いで作ってくれたのだ。

 現実的な気遣いが今のセレスティーヌらしい。袋を手にしていると、心が暖かくなるのを感じる。

 だが最近、セレスティーヌには驚かされることが増えてきた。

 その度に思うのだ。本当に別人になったのでは————と。
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