目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO

文字の大きさ
77 / 103

36② ー騒ぎー

しおりを挟む
「先程、王宮から連絡があり、旦那様が討伐中落石に巻き込まれ、行方が分からなくなったと」
「クラウディオが……?」
「奥様!」

 フィオナは膝から崩れるように座り込みそうになる。モーリスやリディが急いでその体を支えようとした。

「奥様をお部屋へ!」
「だ、大丈夫……。行方不明って、」

 それから言葉が続かない。フィオナは自分の声が震えていることに気が付いた。

「詳しくは分かりませんが、行方不明になったため捜索を行なっているそうです。魔獣との戦い中落石があり、滑落したと」
「滑落……」

 今回の討伐は難しい案件のため、クラウディオとノエルが選ばれたと聞いている。クラウディオは他にも理由があるようなことは言っていたが、帰ってきてから話すと申し訳なさそうにしていた。

(すごく、特別な任務みたいだった。でも、そこまで危険な討伐だったの……?)

「またなにか分かり次第、王宮から連絡がくると思われます」
「なにか……、しなければならないことは?」
「今のところは、なにも……」

 心配だからと討伐の場所に駆け付けても意味はない。今はただ次の連絡が来るまで、祈るしかないのだと、モーリスは肩を下ろした。




「おばたま?」

 屋敷内の雰囲気を感じ取ったか、アロイスが泣きそうな顔をしつつ、大人たちの顔を見て部屋にやってきた。周囲が不安そうな顔をしているため、アロイスも不安になったようだ。
 乳母が申し訳なさそうにやってきたが、フィオナは手を伸ばしてアロイスを招き入れる。

「アロイス。おやつにしましょうか。まだお茶がまだだったわね」

 アロイスの小さな頷きに微笑んで、フィオナはお茶の用意をさせる。なにか食べた方が少しは落ち着く。お腹が減っていると気力だけでなく、体力もなくなってしまうのだから。
 まだ詳しい状況が分からない。連絡をよこす余裕はあるわけだ。次の連絡を待つしかなかった。

 モーリスが心配そうにお茶を持って部屋にやってくる。アロイスと一緒の姿を見て、安堵したかのようにカップに紅茶を注いだ。
 モーリスがセレスティーヌのお茶の用意をするのは初めてだ。

「モーリス、旦那様がお帰りになるまで、問題が起きることはないですか?」
「もちろんです。お留守の間は滞りないよう、ご命令をいただいてますから」
「なら、大丈夫ですね」

 クラウディオが留守にする間、モーリスが屋敷や領地のあれこれを統括する。セレスティーヌは関わっていないのでやることはないが、クラウディオが留守でも問題ないようにモーリスが取り計らっている。
 帰りが少し遅くなっても、問題は起きない。
 ならば、静かに待っているしかない。

「……奥様、体調は……?」
「大丈夫よ。ありがとう。旦那様が戻るまで、皆、落ち着きを持って行動しましょう。必ずご無事でお戻りになられるわ」
「————はい。ええ、そうですとも。どうぞ、お茶を」

 フィオナの言葉に皆が頷く。涙ぐむメイドもいたが、今までとやることは変わらない。
 必ず無事で帰ってくる。
 そう思わなければ、なにもできなくなってしまう。




 皆が寝静まった頃、フィオナは一人庭に出ていた。屋敷から離れた森の方。火かき棒を持って、木々が少ない広い場所に佇む。
 ぐさり、と土の上に刺し、じりじりと線を引く。

(今は、自分ができることを行なって……)

 ぱたり、と火かき棒から手を離し、フィオナはその描いた線に触れた。
 でこぼこになった土に禍々しい紫色の光が滲んでいく。
 瞬間、後ろの木が透けるほどの透明さを持った、一人の男がそこにふわりと浮いたまま現れた。

『君が、優秀だったのを忘れていたよ』

 夢とは違った、耳に通る低い声音に、フィオナはゆっくりと立ち上がる。

『珍しい魔法陣を描くね。いくつ描いたの。防壁と、それに無理に破いたら攻撃が出るのかな? 呼び出しておいて、その魔法陣から出られないようにするなんて、随分と凝ったものを作るね』
「封印が解かれて、魔獣が現れたら困るから」

 ふわりと体を浮かせたヴァルラムは、光った魔法陣から身を乗り出そうとしてくる。しかし、呼び出した魔法陣の周りにさらに描かれた魔法陣によって弾かれた。
 魔法陣から外に出られずに、ヴァルラムは鼻で笑いながら口端を上げる。

『魔法が使えないって言いながら、封印の魔法陣をスケッチしていただけあるのかな? なかなか高度な技だよ。いくつかの魔法陣を合わせて繋げるなんてね』
「魔法陣の繋げ方は知っているの。祖父が教えてくれたから。でも、こんなに簡単に呼び出せるなんて思わなかった」

 簡単にはできないと思っていた。夜な夜な防御用の魔法陣を描いて練習はしていたが、既存の魔法陣を繋げて効果を合わせる方法は簡単ではない。合わせ技は別の魔法陣で練習しても、ヴァルラムを呼び寄せる魔法陣とは話が違う。

「やっぱり、体はいらなかったのね……」
『いると言えばいるし、いらないと言えばいらないんじゃないかな。だってそうでしょう? その体が魔法陣の中にあるのならば、奪うことは可能だよ。————今の君みたいにね』

 依らせるための体はあってもなくてもいい。あればその体を使える。なければ今のように透けた幽霊のような存在だ。なにかに触れることはできないし、魔法を使えることもできない。

『ほら、この石も触ることができない。ただ呼び出されただけの、しがない幽霊だね』
「あなたになにかさせたいなら、体は必要ってこと……」

 エルネストはそこまで知っているわけではない。完全に理解していて、魔法陣を使わせたわけではなかった。
 フィオナはその透けた体を持つヴァルラムを見上げる。まるでカーテンのように揺らめくので、不安定な状態に思えた。夢で見た方がしっかりと形を成している。こんな風に揺らめいたりしない。

 ヴァルラムがそれに気付いていると、小さく笑う。

『仕方がないよ。この世界にもう僕はいないんだ。僕もどうなっているのか分からないけれど、あまり長くいられないよ。そうでしょう? 魔力を流し続けていると疲れないかい?』

 指摘されてフィオナはぐっと奥歯を噛み締める。今、防御と攻撃を行うために、外側の魔法陣を踏み付けたまま魔力を注ぎ続けていた。
 セレスティーヌにはかなりの魔力があるが、それでもこの魔法陣を維持するのは疲労が溜まる。

『それで、僕を呼んだ理由は?』
「セレスティーヌと話がしたいのよ。この体を彼女に戻すには、話し合いが必要でしょう? ……あなたともね」

 魔法陣が使えることが分かったのだから、魔法陣を使ってセレスティーヌを呼びたい。そして魂を入れ替えれば終わりだ。しかしその前に、フィオナにはやりたいことがあった。

『彼女には僕から伝えよう。急がないと、その体にも負担がかかるよ』
「伝えた後の返事は?」
『夢で教えてあげるよ。早くしなさい。再び命を落とすことになる』

 フィオナは息が浅くなってくるのが分かった。この魔法陣の魔力の奪われ方は尋常ではない。封印の魔法陣に魔力を注いでいる時は酸欠のようになり、心臓の音が耳に響くようだった。それで気を失ったのだが、それに近い疲労を感じる。

 夢で話せるならば、ちょくちょく出てきてくれればいいのに。そう悪態を突きたいが、またしばらく会話ができないでは困るので、伝えられることは今伝えなければならない。

 今考えていること。これからの計画。セレスティーヌに教えてほしいこと。
 それらをすべて伝えて、フィオナは魔力を流すのをやめた。途端、ヴァルラムの姿がさらに薄くなる。

『君はもう少し、君自身の幸せを考えてほしいよ。フィオナ』

 ヴァルラムの声は薄れ。その姿は魔法陣の光と共に消えた。
 どさり、とフィオナは地面に崩れるように座り込む。息が切れそうなほどの疲労感を感じて、地面に手を付き肩で息をした。頬に流れる汗を、無造作に拭う。

「その言葉は、セレスティーヌに伝えてちょうだい。ヴァルラム」

 フィオナの呟きは、風の中に消えた。
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

処理中です...