目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO

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37① ー心境ー

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「急に訪れてごめんなさいね」
「いえ、お越しくださって嬉しいです」

 久し振りに会ったデュパール公爵夫人は、手紙をくれた後、バラチア公爵家に訪れてくれた。
 突然の手紙に訪問をして良いかと書かれていたことに驚いたが、急いで来てくれたところを見ると、クラウディオのことを知って駆け付けてくれたのだろう。

「バラチア公爵の話を耳にしたものだから……」

 案の定、デュパール公爵夫人はクラウディオの話を聞いて、訪れてくれたようだ。
 憂えた瞳をフィオナに向けて、デュパール公爵夫人はフィオナをじっと見つめる。

「落ち着いているようで、安心したわ。もちろん、穏やかではないとは思うけれど」
「ここで焦っても仕方がないですから。今はただ、無事であることを祈って待つだけです」

 クラウディオのいる場所まで行ってもフィオナはなにもできないし、行っても入れ違いになるかもしれない。邪魔しに行っても仕方がないのだ。
 そう心の中で思いながらも、はやる気持ちもあって、セレスティーヌの魔力ならばフィオナが行って戦えるのではないかと、根拠のないことを考えてしまう。
 何度も同じようなことを考えては、やはり意味はないのだと、フィオナは祈りを捧げた。

(祈りを捧げるなど、お祖父様が病気になって以来だったわ……)

「どうやら、頭の良い魔獣らしく、落石を起こしたのもその魔獣だとか。知能の高い魔獣相手だと分かって、王も援軍を出したわ」
「そんな魔獣がいるんですか!?」
「それなりに頭の良い魔獣はいるけれど、その魔獣は道具を使って落石を起こしたそうよ」

 フィオナは魔獣に詳しくないため、魔獣の知能の程度は分からないが、デュパール公爵夫人はとても珍しいのだと教えてくれる。

「人工的に交配したものではないかと、考えられているそうよ」
「人工的、ですか?」

 クラウディオが今回の討伐については、詳しく話せないと言っていたのを思い出す。
 妻だからと言ってべらべら話す必要はないため、特に気にしなかったが。

(クラウディオはセレスティーヌの父親が魔獣を売買していることを知っていて、討伐がその関係だってことを言えなかったんだわ)

 魔法陣を使用したあの夜の後、ヴァルラムは言った通りに夢に現れた。
 セレスティーヌもそこにいたが、ずっと魂のままのせいで心が弱っているのか、前のように声が通らずヴァルラムを介しての会話になってしまったが、話を聞くことができた。

 その時に、両親の話も聞いている。魔獣の売買のことも。
 セレスティーヌは怯えながらも、リディが聞いていたより長い話を盗み聞きしていたことを教えてくれた。

 貴族たちに売るための魔獣を、多種多様にすること。そのための実験を行なっている。

(人工的に作られたのならば、クラウディオはその魔獣に……)

 フィオナはぎゅっと拳を握りしめた。

「バラチア公爵は魔法師の中でもトップクラスの実力よ。ノエルも一緒なのだし、援軍には私の夫も出たの。だから、大丈夫よ」

 それで詳しい話を知っているのか。デュパール公爵夫人も同じく夫を心配している一人で、すでに不安を感じているセレスティーヌを励ますためにやってきたのだ。
 自分も不安で仕方ないのだろう。大丈夫と言う割に、顔が少しだけ引き攣っている。

(今回の騒動が、もし本当にセレスティーヌの父親が関わっているなら、このままにはしておかないわ……)

「おばたま」

 デュパール公爵夫人と話していると、アロイスが乳母と一緒にやってくる。
 最近、屋敷の雰囲気のせいでアロイスは前よりも一層フィオナの元に来ることが増えた。しかも、アロイスも元気がなく、泣いてばかりだった。今も泣いた後で目元が腫れぼったくなっている。

 あまりに不安がるならば、お客様がいても連れてきて良いと伝えていたので、乳母は遠慮しつつも仕方なく連れてきたようだ。デュパール公爵夫人ならば怒ることはない。

「いらっしゃい。アロイス」

 フィオナは手を伸ばして抱っこをせがむアロイスに手を伸ばす。アロイスはフィオナにしがみつくと、鼻を啜りながら胸に顔を埋めた。

「アロイス。今日はねんねしたのかしら?」
「ねんね、まだ」
「じゃあ、後でお歌を歌ってあげるわ。一緒にねんねしましょうね」

 アロイスは小さく頷く。口を尖らせているので、かなり機嫌が悪そうだ。頭をなでてやり、大丈夫だとトントン背中を軽く叩いて、フィオナはデュパール公爵夫人にアロイスを紹介する。

「叔母さまのお友だちよ。アロイス、ご挨拶はできるかな? 僕のお名前は、なんて言うんだっけ?」
「おなまえ……」

 言いながら一瞬デュパール公爵夫人の方を見たが、人見知りが発動して、ぷいっと顔を背ける。

「いいのよ。バラチア公爵がいないから、寂しいのでしょう」
「アロイスは良い子にして待っているって約束したんだもんね」
「……した」
「あら、じゃあ、お友だちにはなんて言うの? はじめまして、僕の名前は……?」
「めまして。ぼくの、おなまえは、あろいす、にしゃい、れす」

 言って、ぷいっと再び顔を背けた。その姿にデュパール公爵夫人の目元が垂れる。そうして、席を立つと、アロイスために視線を合わせ、床に膝を立てた。

「私の名前は、ジョゼットよ。よろしくね」
「じょぜ、と……」
「ええ。ジョゼットと呼んで。あなたもよ。セレスティーヌ」
「デュパール公爵夫人……」

 フィオナは少しだけためらった。デュパール公爵夫人と仲良くなれるのは嬉しい。だが、その名を呼び続けるにはフィオナには時間が少なかった。

「私もセレスティーヌと呼ぶわ」
「……分かりました。ジョゼット」

 フィオナは頷く。フィオナがいなくなっても、セレスティーヌが彼女と親しくなれればいい。フィオナはデュパール公爵夫人をジョゼットと呼び、お互いに名で呼び合うことを約束した。





「フィオナ様、大丈夫ですか……?」

 夜、アロイスを寝かせた後、リディに頼み事をして、フィオナは刺繍をしていた。夜遅くまで刺繍をしていたので、心配して声を掛けてくれたようだ。

「大丈夫です。リディさんも急に頼んでごめんなさい」
「いえ、私は。これくらい簡単ですから。これが、セレスティーヌ様のご実家の見取り図です。私が覚えている部屋しか分かりませんが、何度も確認したので間違いはありません」

 リディは何枚もの紙を広げて並べた。
 リディが描いた実家の屋敷は、公爵家に劣るがかなり広い。これを良く覚えていたと感心してしまう。リディは両親も同じく召使だったため、子供の頃からこの家に住んでいたそうだ。
 だから覚えているだけだと謙遜する。

「十分ですよ。ありがとうございます。セレスティーヌさんの部屋を教えてもらえます?」
「ここがセレスティーヌ様のお部屋です。こちらがお姉様のお部屋、ご両親」

 部屋に入ったことがなくとも、そこがなんの部屋なのか知っていると、リディは詳しく教えてくれる。フィオナはそれに追記しながら、見取り図を頭に入れた。

「刺繍は、進まれましたか?」
「もう少し時間が掛かりますけれど、すぐに終わりますよ。縫い物も刺繍も得意なんです」
「あの……、あまり無理なさらないでください。ずっと、気を張っていらっしゃるように見えます」

 そんなつもりはないのだが、リディは心配そうにフィオナを窺った。顔色でも悪いだろうか。

「人は不安になるとなにもしたくなくなるか、なにかして気を紛らわそうとするんです。フィオナ様は忙しくして不安に気付かないようにしているんじゃないですか? 私もずっと、セレスティーヌ様のことばかりを心配していましたが、でもそれは、フィオナ様も一緒ではないですか。フィオナ様が、セレスティーヌ様の体から出て行ったら、その後は……」
「リディさん……」
「それに、旦那様は、今のセレスティーヌ様を大事にしています。フィオナ様も旦那様は大切なのでは!?」

 セレスティーヌの体から出て行ったら、フィオナに行く場所はない。
 ヴァルラムも言っていた。

『君は体を失ったら、魂だけになってしまう。そうなれば、消えるだけだよ。それでもいいのかい?』

 構わないわ。どうせ長く生きられないと分かっていた。なにも思い残すことはないのだから。

 あの時はそう答えた。けれど、今は……。

 思い浮かぶ顔はたった一人。

「クラウディオが、死んでたらどうしよう……」
「フィオナ様……」

 急に、込み上げるように、涙が溢れてくる。
 クラウディオが戻ってこない。知らせから何日も経っているのに。

 先に届いていた手紙には、元気ですか? とか、倒れていないですか? とか、フィオナの体調を慮る内容ばかり書かれていた。こちらがクラウディオの状況を知りたいのに、フィオナの心配ばかりしているのだ。

 どんな顔をして書いているのか、目に浮かぶくらい、彼の憂えが伝わってくる。

 けれど、その手紙の最後に、『早く屋敷に戻り、セレスティーヌに会いたい』と書かれていたのだ。
 これをどんな顔をして記したのか。フィオナは想像ができなかった。この言葉を、どんな顔をして口にするのだろう。

 早く帰ってきてほしい。手紙を読んで、心からそう思った。

 それなのに……。

 クラウディオは未だ戻らず、その顔をフィオナに向けることはなかった。
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