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37② ー心境ー
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どうしてそんなことを思ったのか分からない。
ただなにを思っても、クラウディオは戻ってこず、この気持ちがなんなのか整理がつかぬまま、数日が経った。
セレスティーヌになって初めての黒の衣装をまといながら、フィオナは集まる人々の顔を確認しては周囲を眺めた。
「王がいらっしゃっているわ」
「当然でしょう。公爵が亡くなったのだから」
ぽそぽそ、小さな声が耳に入る。喪主であるエルネストに王が話しかけ、長く話しているようだ。
王と話すエルネストは気落ちした様子を見せていた。会うたびに上がっていた口端は下がり、地面に視線を下ろしたまま。声を掛けられては顔を上げる。
(知らない人とはいえ、いつでも葬式は嫌なものだわ)
クラウディオが留守にしている間に、葬式の知らせが届いた。サルヴェール公爵。エルネストの父親が亡くなった。
足が悪くなり出掛けられないことが増え、最近は起きることも減ってきていたようだが、ある日目が覚めることがなく、亡くなっていることに気付いたそうだ。
フィオナがその情報を得られるわけがないので、葬式に来ていた人たちの噂話を耳にしただけだが、頓死したのは間違いないようだ。
病気がちの公爵夫人は寝込んでしまったようで、エルネストだけが参加者の相手をしている。
「セレスティーヌ」
「デュパー……ジョゼット」
声を掛けられてフィオナはデュパール公爵夫人と言いそうになったのを、すぐに名前に変える。ジョゼットは言い換えたことに小さく笑った。
「急な知らせで驚いたわ。最近サルヴェール公爵は外に出られない状態とは聞いていたけれど」
「そうですね。突然亡くなったとか。痛ましいことです」
二人で話していると、ジョゼットとセレスティーヌが二人でいることが気になるのか、周囲が奇異の目を持ちながら確認してくる。
(クラウディオがいないのに、二人でいるから周りもびっくりしちゃうのよね。狩猟大会の時もそうだったけど)
それがお互い名で呼び合っているのだと分かれば、驚愕しながらのひそひそ話をしたくなるのだろう。周囲は青天の霹靂だと、むしろ怪訝な視線を向けては、二人になにがあったのかと興味津々で耳を大きくしてくる。
それにはジョゼットも肩を竦めた。
目立っていたか、王と話を終えたエルネストがこちらに気付く。不思議な二人組に一瞬驚いて見せて、こちらに近付いてきた。
「お二人ご一緒とは、珍しいですね」
「こんなことになるだなんて、残念でしたわね」
「お悔やみ申し上げます」
「最近太り気味だったので、仕方がないんです。眠ったまま起きないとは思いませんでしたが」
ジョゼットとフィオナの挨拶に、エルネストは首を振りながら肩を下ろした。受け入れるのに時間はかかったが、仕方がなかったのだと諦めの言葉を口にする。
「母も気落ちしていましたが、すぐに元気になるでしょう。どうか、父の顔を見てやってください」
エルネストはため息混じりの落ち込んだ声で話しながら、また他の参加者と話をする。その中に、王宮の書庫で見た、クラウディオを囲んでいた人たちがいた。
「ジョゼット、今エルネスト様が話している方たち、お名前ご存知ですか? 私が噛みついた人がいるんですけれど」
「噛みついた? ああ、赤い髪の、カタリーナ令嬢のことかしら。エルネスト様のご親戚よ。またいとこの関係だわ。彼女がどうかした?」
噛みついたことは否定せず、ジョゼットはセレスティーヌが喧嘩を売った女性は知っていると、集団の中に一人いる赤髪の女性の名を口にする。
「前に王宮の書庫でお会いして、クラウディオに教員になったことを報告されていたなと思いまして」
「彼女は魔法師ではないけれど、学び舎に残られたのよ。バラチア公爵のことを同い年ながら憧れていたようだから、魔法師を目指しているのでしょうね。彼は学び舎にいる間に魔法師になったから、憧れる女性は多いのよ」
肩を竦めるあたり、ジョゼットからすれば共感できないようだ。本当にクラウディオに興味がないのだと気付かされる。むしろ、どこがいいのかしら? という雰囲気を感じた。
フィオナはつい笑いそうになる。
「別にあなたの敵じゃないわ。一方的に憧れて魔法師を目指す女性は多いのよ。魔法師になれなくとも学び舎にいれば身分も関係なく情報を共有し合えるから」
「情報ですか? 魔法の」
「新しい魔法が開発されたとか、こんな事例が見付かったとか、卒業しても連絡が来るの。魔法を使う者は常に学ぶべきという教えがあるから。卒業しても勉強会などはあるのよ。たとえパーティでしか会えない相手でも、連絡を出すことができるのならば、少しは繋がりを保てているように感じるでしょう?」
「そんなことのために……?」
「そうねえ。少しでもなにか関わりがあれば、と思う人はいるということよ」
フィオナには良く分からなかったが、セレスティーヌはそうではなかったの? と問われて、慌てて頷く。執着心が強いセレスティーヌならば、学び舎で学ぶことができていればそこに留まっていそうだ。
それにしても、どれだけ人気だったのだろうか。クラウディオのモテっぷりに、ジョゼットも真顔で、どこが良かったの? と聞いてくる。
「えーと、どこ? どこでしょうかね」
「空気読まないでしょう? 女心もまったく分からないでしょう? 顔はおいて成績とかもおいて、性格はどうなの? 友人としては良いけれど、妻としてはどうなの??」
ジョゼットがかつてなくぐいぐい聞いてくる。余程不思議に思っているようだ。ジョゼットがクラウディオと付き合っていたなど、間違いなく嘘だったことが分かる。
「えーと、そうですね。えーと。……無神経でも、誠実なところでしょうか。不器用すぎて向く方向が間違っていることも多いですけれど、真面目で真摯に物事に向き合ってくれるので、話して伝われば納得して寄り添って行動してくれます。アロイスも慣れるくらいですから、結局は優しい人だと……」
言いながら、ぐっと胸が詰まりそうになってくる。
偏っていても修正するために努力してくれる人だ。彼が報いてくれるのだから、自分もそうでなければと思う。
「……他の女性はそれに気付いていないと思うわ。誰にでも同じ態度で素敵、とか言っていたのを聞いたことがあるし」
「同じだと素敵なんですか?」
「誰も特別でないと思うからでしょう。でも愛する人には違うってこと、彼女たちは分からないのでしょうね」
どのあたりが違うのだろうか。フィオナは考え込みそうになる。セレスティーヌを無下にしていたのは別の理由なので、そうでない相手の仕方が分からなかった。
首を捻っていると、ジョゼットは呆れるような顔をしてきた。
「本人が分かっていないんじゃ、もっと努力は必要よね」
なんの話だろうか。頭にはてなを浮かべながら、フィオナは花を持ってサルヴェール公爵の棺の前へ歩む。
太ってはいるがそこまで年は取っていないように見えた。四十代後半くらいだろうか。白の花に囲まれた棺の中で、静かに眠っていた。
遺体に花を手向けた経験があるので、恐ろしさは感じない。しかし、すでに多くの人が花を手向けていたので、花の置き場がなかった。顔の周りはぎちぎちに花が置かれている。
指先まで白の服の袖が伸びていたが、その手と体の間に若干の隙間を感じてそこに花を手向けると、少しだけ袖を動かしてしまった。
「……」
次いでジョゼットが花を手向けて、花を手向け終わって待っていたフィオナの元にやってくる。
「どうかしたの? 少し止まっていたけれど……」
「え、いえ。別に……。あの、私はこのまますぐに戻りますが、ジョゼットはどうされるんですか?」
「私も屋敷に戻るわ。家にいないと落ち着かないから……」
ジョゼットも夫が戻るまではできるだけ早く連絡を得られるよう屋敷にいたいのだろう。
お互い同じ想いだと、フィオナはジョゼットと別れて、屋敷への帰路へ着いた。
(あの指先……)
馬車の中で、フィオナは先ほどの亡骸の指先を思い出す。
爪の中に何かが残っていた。手入れをしていなかったのかもしれないが、見えた三本の爪すべてに何かが残っていたのだ。皮のような、血の塊のような。
「首を引っ掻いたみたいな……」
亡骸は首元までしっかりと服を着ていて、見えたのは顔の部分だけだった。こちらの葬儀がどのように行われるのか分からないが、もしわざと首元や指先を見せないようにしていたとしたら。
「エルネストならば、あり得るのよね……」
悲しんでいる遺族に失礼な考えは持ちたくないが、亡くなったのはあのエルネストの父親である。
考えても証拠などを探すことはできないので、フィオナがなにかすることはないが、あの爪から考えるに、苦しんで亡くなったような気がする。
殺したのか。毒を盛って。しかも苦しむような毒で。
ただなにを思っても、クラウディオは戻ってこず、この気持ちがなんなのか整理がつかぬまま、数日が経った。
セレスティーヌになって初めての黒の衣装をまといながら、フィオナは集まる人々の顔を確認しては周囲を眺めた。
「王がいらっしゃっているわ」
「当然でしょう。公爵が亡くなったのだから」
ぽそぽそ、小さな声が耳に入る。喪主であるエルネストに王が話しかけ、長く話しているようだ。
王と話すエルネストは気落ちした様子を見せていた。会うたびに上がっていた口端は下がり、地面に視線を下ろしたまま。声を掛けられては顔を上げる。
(知らない人とはいえ、いつでも葬式は嫌なものだわ)
クラウディオが留守にしている間に、葬式の知らせが届いた。サルヴェール公爵。エルネストの父親が亡くなった。
足が悪くなり出掛けられないことが増え、最近は起きることも減ってきていたようだが、ある日目が覚めることがなく、亡くなっていることに気付いたそうだ。
フィオナがその情報を得られるわけがないので、葬式に来ていた人たちの噂話を耳にしただけだが、頓死したのは間違いないようだ。
病気がちの公爵夫人は寝込んでしまったようで、エルネストだけが参加者の相手をしている。
「セレスティーヌ」
「デュパー……ジョゼット」
声を掛けられてフィオナはデュパール公爵夫人と言いそうになったのを、すぐに名前に変える。ジョゼットは言い換えたことに小さく笑った。
「急な知らせで驚いたわ。最近サルヴェール公爵は外に出られない状態とは聞いていたけれど」
「そうですね。突然亡くなったとか。痛ましいことです」
二人で話していると、ジョゼットとセレスティーヌが二人でいることが気になるのか、周囲が奇異の目を持ちながら確認してくる。
(クラウディオがいないのに、二人でいるから周りもびっくりしちゃうのよね。狩猟大会の時もそうだったけど)
それがお互い名で呼び合っているのだと分かれば、驚愕しながらのひそひそ話をしたくなるのだろう。周囲は青天の霹靂だと、むしろ怪訝な視線を向けては、二人になにがあったのかと興味津々で耳を大きくしてくる。
それにはジョゼットも肩を竦めた。
目立っていたか、王と話を終えたエルネストがこちらに気付く。不思議な二人組に一瞬驚いて見せて、こちらに近付いてきた。
「お二人ご一緒とは、珍しいですね」
「こんなことになるだなんて、残念でしたわね」
「お悔やみ申し上げます」
「最近太り気味だったので、仕方がないんです。眠ったまま起きないとは思いませんでしたが」
ジョゼットとフィオナの挨拶に、エルネストは首を振りながら肩を下ろした。受け入れるのに時間はかかったが、仕方がなかったのだと諦めの言葉を口にする。
「母も気落ちしていましたが、すぐに元気になるでしょう。どうか、父の顔を見てやってください」
エルネストはため息混じりの落ち込んだ声で話しながら、また他の参加者と話をする。その中に、王宮の書庫で見た、クラウディオを囲んでいた人たちがいた。
「ジョゼット、今エルネスト様が話している方たち、お名前ご存知ですか? 私が噛みついた人がいるんですけれど」
「噛みついた? ああ、赤い髪の、カタリーナ令嬢のことかしら。エルネスト様のご親戚よ。またいとこの関係だわ。彼女がどうかした?」
噛みついたことは否定せず、ジョゼットはセレスティーヌが喧嘩を売った女性は知っていると、集団の中に一人いる赤髪の女性の名を口にする。
「前に王宮の書庫でお会いして、クラウディオに教員になったことを報告されていたなと思いまして」
「彼女は魔法師ではないけれど、学び舎に残られたのよ。バラチア公爵のことを同い年ながら憧れていたようだから、魔法師を目指しているのでしょうね。彼は学び舎にいる間に魔法師になったから、憧れる女性は多いのよ」
肩を竦めるあたり、ジョゼットからすれば共感できないようだ。本当にクラウディオに興味がないのだと気付かされる。むしろ、どこがいいのかしら? という雰囲気を感じた。
フィオナはつい笑いそうになる。
「別にあなたの敵じゃないわ。一方的に憧れて魔法師を目指す女性は多いのよ。魔法師になれなくとも学び舎にいれば身分も関係なく情報を共有し合えるから」
「情報ですか? 魔法の」
「新しい魔法が開発されたとか、こんな事例が見付かったとか、卒業しても連絡が来るの。魔法を使う者は常に学ぶべきという教えがあるから。卒業しても勉強会などはあるのよ。たとえパーティでしか会えない相手でも、連絡を出すことができるのならば、少しは繋がりを保てているように感じるでしょう?」
「そんなことのために……?」
「そうねえ。少しでもなにか関わりがあれば、と思う人はいるということよ」
フィオナには良く分からなかったが、セレスティーヌはそうではなかったの? と問われて、慌てて頷く。執着心が強いセレスティーヌならば、学び舎で学ぶことができていればそこに留まっていそうだ。
それにしても、どれだけ人気だったのだろうか。クラウディオのモテっぷりに、ジョゼットも真顔で、どこが良かったの? と聞いてくる。
「えーと、どこ? どこでしょうかね」
「空気読まないでしょう? 女心もまったく分からないでしょう? 顔はおいて成績とかもおいて、性格はどうなの? 友人としては良いけれど、妻としてはどうなの??」
ジョゼットがかつてなくぐいぐい聞いてくる。余程不思議に思っているようだ。ジョゼットがクラウディオと付き合っていたなど、間違いなく嘘だったことが分かる。
「えーと、そうですね。えーと。……無神経でも、誠実なところでしょうか。不器用すぎて向く方向が間違っていることも多いですけれど、真面目で真摯に物事に向き合ってくれるので、話して伝われば納得して寄り添って行動してくれます。アロイスも慣れるくらいですから、結局は優しい人だと……」
言いながら、ぐっと胸が詰まりそうになってくる。
偏っていても修正するために努力してくれる人だ。彼が報いてくれるのだから、自分もそうでなければと思う。
「……他の女性はそれに気付いていないと思うわ。誰にでも同じ態度で素敵、とか言っていたのを聞いたことがあるし」
「同じだと素敵なんですか?」
「誰も特別でないと思うからでしょう。でも愛する人には違うってこと、彼女たちは分からないのでしょうね」
どのあたりが違うのだろうか。フィオナは考え込みそうになる。セレスティーヌを無下にしていたのは別の理由なので、そうでない相手の仕方が分からなかった。
首を捻っていると、ジョゼットは呆れるような顔をしてきた。
「本人が分かっていないんじゃ、もっと努力は必要よね」
なんの話だろうか。頭にはてなを浮かべながら、フィオナは花を持ってサルヴェール公爵の棺の前へ歩む。
太ってはいるがそこまで年は取っていないように見えた。四十代後半くらいだろうか。白の花に囲まれた棺の中で、静かに眠っていた。
遺体に花を手向けた経験があるので、恐ろしさは感じない。しかし、すでに多くの人が花を手向けていたので、花の置き場がなかった。顔の周りはぎちぎちに花が置かれている。
指先まで白の服の袖が伸びていたが、その手と体の間に若干の隙間を感じてそこに花を手向けると、少しだけ袖を動かしてしまった。
「……」
次いでジョゼットが花を手向けて、花を手向け終わって待っていたフィオナの元にやってくる。
「どうかしたの? 少し止まっていたけれど……」
「え、いえ。別に……。あの、私はこのまますぐに戻りますが、ジョゼットはどうされるんですか?」
「私も屋敷に戻るわ。家にいないと落ち着かないから……」
ジョゼットも夫が戻るまではできるだけ早く連絡を得られるよう屋敷にいたいのだろう。
お互い同じ想いだと、フィオナはジョゼットと別れて、屋敷への帰路へ着いた。
(あの指先……)
馬車の中で、フィオナは先ほどの亡骸の指先を思い出す。
爪の中に何かが残っていた。手入れをしていなかったのかもしれないが、見えた三本の爪すべてに何かが残っていたのだ。皮のような、血の塊のような。
「首を引っ掻いたみたいな……」
亡骸は首元までしっかりと服を着ていて、見えたのは顔の部分だけだった。こちらの葬儀がどのように行われるのか分からないが、もしわざと首元や指先を見せないようにしていたとしたら。
「エルネストならば、あり得るのよね……」
悲しんでいる遺族に失礼な考えは持ちたくないが、亡くなったのはあのエルネストの父親である。
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