目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO

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39① ー侵入ー

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「セレスティーヌ。来てくれるとは思わなかったぞ。バラチア公爵。よくいらしてくださった」

 フィオナは、クラウディオとアロイス、リディを連れて、セレスティーヌの実家にやってきた。
 セレスティーヌの両親が暖かく迎えてくれたが、アロイスに会いたいと言っておきながら、アロイスには見向きもせずにクラウディオを迎え入れる。

 クラウディオが行方不明の間、両親から手紙は来ていなかったが、クラウディオが戻った途端に手紙をよこし、無事を確かめたいやらアロイスに会いたいやら、分かりやすく連絡してきた。
 それに応えた形で実家に訪れることにしたのだが、アロイスのことは完全無視である。

「お招きありがとうございます」

 塩対応のクラウディオは、フィオナに初めて会った時くらい、素っ気なく返した。

「討伐から戻らないと聞いた時はどうなるかと思いましたよ」
「なにかあったら、セレスティーヌは未亡人ですわ。なにごともなくて良かったこと」

 両親は良かった良かったと頷いているが、誰のおかげでクラウディオが面倒に巻き込まれたのか、言ってやりたくなる。
 クラウディオが知らないと高を括っているのだろうか、ごまかせるとふんでいるのだろうか。どちらにしても、人の皮を被った狸のようだ。よくいけしゃあしゃあと言ってのけるものである。

 目くじらを立てそうになるが、セレスティーヌが口を出しては変に思われるだろう。クラウディオには申し訳ないが、両親の相手をクラウディオに任せてフィオナはアロイスを抱っこする。
 祖父母に初めて会ったのか、会っても覚えていないのか、アロイスは顔を背けたまま、フィオナの胸に顔を埋めた。二人の顔を見る気もないと甘えるように黙ってしがみついてくる。

「アロイス、少しお散歩してきましょうか。大人の話はつまらないものね」
「ああ、そうしなさい。はしゃいで屋敷の物を壊さぬようにな」
「あまり自由に遊ばせないでちょうだいね」

 それが孫に言う言葉か。フィオナはすぐにでも連れて帰りたい衝動に駆られたが、辛うじて我慢し二つ返事をする。
 クラウディオと一瞬視線を合わせて、フィオナはアロイスを抱っこしたまま部屋を出た。リディもついてきて、人気のない廊下へと歩む。
 この屋敷の作りは、リディが作ってくれた見取り図で覚えてあった。

「リディさん、行きますよ」
「はい。フィオナ様!」

 フィオナはアロイスを抱っこしたまま足早に階段を登る。リディが周囲を見回しながら別の道へ進んだ。フィオナは両親の部屋、リディは別の部屋に行く。

 クラウディオが帰ってきた時に伝えた、両親についての話。
 フィオナはこんな提案をしていた。

『旦那様にお願いが。関わるなと言っておきながら申し訳ありませんが、アロイスと一緒に実家に行っていただきたいのです』
『何をする気なんですか?』
『証拠に心当たりがあるんです』

 クラウディオは最初難色を示したが、証拠が手に入ればセレスティーヌの父親の罪を明らかにできるかもしれないと力説した。
 どうやって、セレスティーヌの父親の悪行の証拠を手に入れるのか。
 計画はこうだ。

 クラウディオに両親の相手をしてもらい、その間にフィオナとリディが魔獣に関する資料を探しに行く。アロイスを連れてきたのは、アロイスと隠れん坊をしていると言い訳するためである。
 両親がアロイスに会いたいと言っていたのだから、こちらはその望みに沿っただけだ。

 クラウディオに両親の話し相手をさせるなど、ひどいお願いをすることになったが、クラウディオは危険な真似をしなければ、と計画に頷いてくれた。

 セレスティーヌに父親が大切な物をどこに隠すのか、思い当たるところはないか聞いてある。探せる時間は少ないが、家探しできるチャンスは一度きりだ。

「アロイス、ここで待っててね」

 アロイスとそっと両親の部屋へと入り込む。鍵は閉まっていなかったので、とりあえずは安堵した。アロイスを両親のベッドに乗せて、フィオナはベッドの周囲を腰を屈めながら調べ始めた。

(ベッドの飾りを押さえて、なにかすると、扉が開く)

 開いたのは見たことがあるが、覗き見して見たことがあるだけなので、何をして開くかは分からない。
 そんなことをヴァルラムが言っていたが、可能性があるのならば、調べるに越したことはない。

「飾り……? ヘッドボードのこと?」

 ベッドに飾りがある場所は、ヘッドボードの側面だけだ。平面は布で覆われて、ソファーの背もたれのように凹凸があるだけ。その側面は彫刻がなされて、なんの模様かごつごつとした飾りになっている。
 そこに触れてもただの板だ。それに、押さえると言ってどこを押さえて何をすれば良いのか。
 手垢でもないかじっくりと見遣るが、そんな汚い手で触らないか、気になるところはない。

「こっちの側面?」

 逆側に行って探すが、同じ模様で特に変わりはない。

(押さえてなにかをするんでしょう? だいたい、どこが開くの??)

 押さえてなにかをして、どこが開くのか。開く場所も分からない。フィオナが側面の彫刻に触れていても、なにも起きない。
 時間ばかりがすぎてそろそろ焦ってくる。両親が気付かなくとも、メイドが掃除でもしてやってくるかもしれない。

「そうよ。メイドが掃除でもして間違って押したら、勝手に開いちゃうんでしょう?」

 だったら、そう簡単に触れない場所か、触っても特別なことをしなければ開かない仕掛けになっているはずだ。
 時間がない。あちこち触れて、押したり引いたり、蹴ったりしてみたが、一向になにかが開く様子はない。

「分かんないわ、セレスティーヌ。どこを押さえるの!?」
「おばたまー」
「アロイス、ちょっと待ってね」

 アロイスがベッドの上でごろごろするのが飽きたと、フィオナの頭を引っ張り、寝転びながらベッドのヘッドボードを足で踏み始めた。

「うう、ごめん、もうちょっと待って、アロイス!」

 フィオナはとうとう這いつくばりながら装置を探した。焦りばかりで時間が過ぎ、とうとうアロイスが泣き始めた。

「待って、アロイス。ほら、抱っこしてあげるから。もう、どこにあるの!?」

 フィオナも泣きそうになる。その時、部屋に人が近付く足音が聞こえた。





「王に子ができないとなれば、継承権はバラチア公爵になるのではないかと、皆は噂しているんですよ。しかし、公爵にも子ができぬとあれば話は違います。まあ、焦ることはありませんよ。ただ、セレスティーヌにも寂しい思いはしてほしくなくて」
「セレスティーヌは寂しがりやなんですよ。あの子の姉のように、息子でもできれば寂しい思いはしないでしょうし、ねえ?」

 あはは、おほほ。繰り返し同じことを口にするセレスティーヌの両親を前に、聞いているのか聞いていないのか、クラウディオは澄ました顔をしてカップを口に付けていた。

「旦那様、アロイスがぐずりはじめたので、お暇しましょう!」
「そうですね。では、この辺で」
「は!? ちょっと、おい、セレスティーヌ!」
「お二人とも、お邪魔いたしました!」

 フィオナがアロイスと戻って来ると、クラウディオは立ち上がりアロイスを抱き上げた。
 後ろで両親が追い掛けて来るが、早足で玄関へと進んでいく。

「リディは?」
「先に馬車へ戻りました」

 小声で問われてフィオナは答える。そそくさと玄関を通り過ぎ、帰りの挨拶もせずに馬車に乗り込んだ。

「セレスティーヌ! 公爵!! 一体、どうしたんだ!?」
「アロイスが帰りたがるので帰ります。あと、もう二度とこちらには来ませんから! 手紙もよこさないでください!」
「は!? なにを言って、セレスティーヌ!?」

 父親の呼び声を無視し、馬車が動き出す。その後ろから追って来る父親が見えたが、あっという間に遠のいた。
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