高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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香水3

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 脳内ファンファーレが鳴っている中、ルヴィアーレは人の顔を見て、うっすらと笑んだ。
 あの顔は、諦めていない顔である。

「フィルリーネ様の演奏があれば、精霊も喜ぶでしょう。ここはフィルリーネ様の国です。私の演奏より、フィルリーネ様の演奏を、精霊は望むのではないですか?」
「あら、そうかしら?」

 容赦無くくるね。
 ルヴィアーレは、どうしてもフィルリーネに演奏をさせたいようだ。
 ここぞとばかりに正体を暴露したいようである。芸事が得意とか良く言うな。って言いたいんですね。分かります。
 それとも、他に目的があるだろうか。

 しかし、さすがルヴィアーレ。精霊のために演奏をするだけある。だが、やはり甘い。この国は、そこまで精霊に対して演奏を奉納するという意識はない。精霊よりも、王女のメンツを護る方が、彼女たちには大事なのだ。

 優先順位の違いは、文化の違い。

 立ち上がろうとすると、三人が一斉に止めた。
「フィルリーネ様、そ、そう言えば、ルヴィアーレ様のお国では、やはり、皆様ロブレフィートをお弾きになるのかしら!?」
 苦肉の質問だ。タウリュネがとにかく別の話題を出そうと捻り出す。

 王族は、まずロブレフィートを練習するものなのだよ。知っているけれど、急な質問が出てこなかったんだね。ごめんね、気を利かせて。
 可哀想なので、こちらもタウリュネの話に乗ることにした。

「ルヴィアーレ様のご家族も、皆優秀なのかしら? ラータニア王もフリューノートをお吹きになって?」
「……王はハービルフェールを好んでおります」

 声に不服感満載だよ。
 笑っているくせに、声の不機嫌は隠しきれていない。負けたのが悔しかったらしい。ルヴィアーレの笑顔が、心なしか不気味だ。

「まあ、素敵ですわね。ハービルフェールは、タウリュネ様もお得意でしたわね。男性でハービルフェールをお弾きになられるなんて、素敵だわ」

 ハービルフェールは女性に人気の楽器である。柔らかい音色を持つ楽器なので、女性人気が高いのだ。もちろん男性も弾く。足元から身体に抱えるくらいの大きさの楽器なので、男性が持つと小さく見える。そこから淡い音色が流れてくると、ぐっとくる。
 私はハービルフェールが好き。イムレスが弾くので、それはもう、うっとり聴けるのだ。

「あら、でしたら、ラータニアの姫はどうなのでしょうか?」
 ロデリアナが口にした途端、部屋の雰囲気が凍った。

 さすが、ぶっこんでくるね。
 マリミアラとタウリュネが、身体を強張らせたのが分かる。おそらく、後ろのルヴィアーレの部下たちもそうだろう。

 言ってはいけないネタに、空気が冷え込んだ。
 私は気にしないよ? むしろ聞きたいんだけど、教えてくれないだろうね。
 ここは自分も突っ込んだ方が良いのだろうか。迷うところだ。

「姪は、ロブレフィートとフリューノートが得意です」
 ルヴィアーレにも凍った空気が分かっただろう。怖い笑顔が消えた。面倒な話題を振られたと思ったかもしれない。

「何歳におなりなのですか? 妹姫のようだと伺っておりますけれど」
「十三です」
 タウリュネの問いに、ルヴィアーレは、しれっと答えた。タウリュネはこの空気を変えたい一心なのだろう。当たり障りない会話で、別の話に持っていきたそうにした。

 ラータニア王側室の連れ子、ユーリファラが、本当にルヴィアーレのことを好きだとしたら、大好きな人がロブレフィートとフリューノートが得意だから、その楽器を好んで練習したのだと思う。
 その年の差ならば、憧れのお兄様だろう。しかも、完璧な三割り増し肖像画が側にいれば、現実的に他所を向くことはできない気がする。

 ルヴィアーレが悪いね。間違いなく。そんな完璧な異性が子供の頃から近くにいれば、惚れちゃうんじゃない? 分かんないけど。
 ルヴィアーレだって、お兄様。みたいに呼ばれて、後ろくっついてこられてみなよ。可愛いってなるでしょう。血が繋がってないなら、婚姻しちゃえってなるかもよ?

 私も、コニアサスにお姉様。なんて言われてくっついてこられたら、もう、可愛いって、ぎゅってするよ。いいなあ。癒し。

「妹姫とは、仲がよろしいと伺っておりますわ」
 脳内妄想していたら、ロデリアナが際どいネタに入ろうとしていた。そのネタ使うと、もっと周りが凍るのだが、それがお望みらしい。

 残念ながら、自分はその話に妬くこともないし、腹立たしく思うこともない。むしろ罪悪感が込み上げる。
 そんな思いを知らない周囲は、既にはらはらしはじめていた。マリミアラとタウリュネの狼狽さが哀れになってくる。面倒だが、止めるしかないか。周囲が可哀想になってきた。

「ご家族皆、仲がよろしいのでしょう? ラータニアは、どのような国なのですか?」
 タウリュネが、再度話題変更を行なった。その言葉に皆が安堵する。ロデリアナだけが舌打ちするような顔をした。しかし、姪のネタを出せば、ロデリアナにこそ衝撃が来ると思うのだが、気のせいだろうか。

「自然豊かな、美しい国です」
「わたくし、ラータニアには浮島があると伺いましたが、本当なのですか?」
 今度はマリミアラが、知らず言ってはいけないネタを出してきた。
 それも、ルヴィアーレは聞かれたくないと思うぞ。

「マリオンネと同じ浮島があるのですか?」
 タウリュネがそれに便乗した。普通に気になるのだろう。浮島を持つ国は少ないからだ。
「小さな島です。マリオンネとは比べ物にならないでしょう」
「一度、訪れてみたいですわ」
「マリオンネに行かれるのは、王族だけですものね」

 天にある、女王の住む島、マリオンネ。天の司と言われる、世界の中枢。王族以外は足を踏み入れることが許されていない。王族ですら、許可がいる。

「フィルリーネ様もルヴィアーレ様も、すぐに訪問できるのですものね」
 タウリュネは自らの幸福を感じるように、フィルリーネとルヴィアーレの幸福を考えたのかもしれない。早く婚約の儀式が行えるようにと。

「少々、間がございますね」
「マリオンネの女王様のお加減が早く良くなればよろしいのですけれど」
 タウリュネは、ルヴィアーレの言葉の意味に気付いていない。

 ルヴィアーレは静かに笑顔で返したが、行きたくないと聞こえた。
 まあ、それはこちらも同じこと。
 女王の体調が治るのか、それともこのまま良くならずに、最悪亡くなってしまうのか。

 どちらにしても、この茶番は早く終わらしたいものだ。



「フィルリーネ様、ルヴィアーレ様、本日は楽しかったですわ」
「また、お呼びいただけたら嬉しいですわ」
「またいらして」

 タウリュネは、幸せいっぱいを溢れさせたまま帰っていったが、ロデリアナは不機嫌が隠しきれぬまま、ルヴィアーレにめいいっぱいの笑顔を向けて帰っていった。
 ワックボリヌの説得は、フィルリーネに負けぬよう、ルヴィアーレを獲得しろというものだったのだろうか。随分と挑発的だった。いつも以上に。

 ルヴィアーレを押さえておけるならば、相手は誰でもいいとか?
 そんなわけないね。完全にロデリアナの暴走だね。
 しかし、そこまで本気でルヴィアーレを好ましく思っているならば、茶会に呼ばない方が良さそうだ。ロデリアナが変に暴走し、ワックボリヌにあることないこと伝えられても困る。

 さて、あとはルヴィアーレにお別れの言葉を言って、本日の任務は終わりである。
 今日も刺激的なお茶会だったよ。

 振り向こうとすると、ルヴィアーレは僅かに屈んで、耳元で囁いた。

「今日は、香水を付けていらっしゃるのですね」
 フィルリーネの間近で、ルヴィアーレは静かに口端を上げた。下弦の形良い美麗な口元が嫌に色っぽくて、ぞくりと背筋に寒気が走る。

「わたくしの好きな香りですのよ」
「そうですか。覚えておきます」

 フィルリーネが笑顔で返すと、ルヴィアーレはそろりと腰を曲げ、胸の前で腕を折り、別れの口上を述べ、普段通りの笑顔で部屋を後にした。




「ルヴィアーレ様の演奏は素敵でしたわね」
「……そうね」

 レミアも感想が言いたかったと、ルヴィアーレの演奏を褒める。ムイロエも参加して片付けながら、あれが良かったこれが良かったと話しはじめた。

 案外、挑戦的で、鋭くて、強気だ。

 耳元に囁かれたせいか、その雰囲気に押されたせいか、腕に鳥肌が立っている。

 侮れない。あそこで言ってくるとは。

 丁度、気が抜けた時だった。やっと終わったと、安堵した時だった。それを見越した瞬間の言葉だった。

 香水ねえ。気付くか、普通。付けずに会ったこと、あったな。
 たった数回で、恐ろしいな。

 優秀という言葉は、簡単な挨拶みたいなものだと思っていた。優秀を通り過ぎて胡散臭くて、今は、ただ不気味だ。早々に、帰ってもらいたい気持ちが込み上げる。

「ほんと、素敵すぎて困るわ」
 フィルリーネの呟きに、レミアとムイロエは大きく頷いた。




「ご婚約者のロブレフィートが、楽師並みだったって聞きましたよ」

 植物に囲まれた外廊下のベンチで、カノイはどれくらいすごかったんですか? と楽しそうに聞いてきた。
 まったく、情報が早いね。誰が話しているんだか。全員か。

「みんな、うるうるするくらい凄かったわよ」
「うるうるって、僕も聴いてみたいです。フリューノートも聴いてないし」

 政務のカノイは催しには出ることがない。そのため、演奏を聴く機会がないことを残念がる。
 男でも見惚れる演奏である。カノイがルヴィアーレの演奏を聴きながら、うるうるするのは見たくない。

「僕はしませんよ!」
「いや、でもすごいぞ。全身寒気がするって言うか。不思議な感覚ですよね」

 フリューノートの演奏は聴いていたアシュタルが、その時のことを思い出したように両手を摩った。アシュタルも寒気があったようだ。

「魔導を乗せてるからだと思うわ。身体中に響くって言うか、音に支配されるって言うか」
 そうだ。支配だ。魔導を音として広げて、五感を奪おうとする。その感覚に陥る。
「呪いじゃないの……?」
 カノイが嫌そうに口にした。確かに呪いみたいだ。フィルリーネも頷く。

「精霊に奉納するための魔導でも、人にとってはその力に支配されるのかも。畏怖を感じるようなものかしらね。ルヴィアーレの、力の波動を感じて、魅了されるって言うか。……気持ち悪いわね」
 言いながら嫌な気分になった。顔をしかめると、最後の言葉にアシュタルが吹き出す。カノイは残念そうな声を出した。

「何よ」
「もう、姫様の感想ってひどいよね。他の女子たちの言葉を聞いた方がいいですよ」
「毎度、聞いてるわよ。飽きたわよ」
「そこが、もう」

 それで落ちないからいいですけどー。カノイは呆れ声を出しながらそう言う。
 落ちるって何よ。絶対嫌だわ。

「それにしても、匂い、ですか。それは、近くにいなければ、分かりませんね」
「残り香を気にして、付けていないことすら、知らなかったです」
「だめね、カノイ。女の子にもてないわよ」
「ほっといてください!」

 確かに、香水は付けたり付けなかったりしている。ここに来る時や、アシュタルと会う回廊に行く時など、姿を隠して移動する時に、香水は付けない。そんなものを付けて動いたら、そこに香りが残った時に、どう気付かれるか分からないからだ。
 匂いは自分にとって微量でも、嫌いな人にとっては悪臭にもなる。秘密裏に動く時には、不必要なものだった。

 だが、それを指摘されるとは思わなかった。

「表情がいつも同じだから、何考えているか分かんないんですよねえ、ルヴィアーレ様って。僕の話聞いてるのかなって、時々思っちゃうくらい」
 ルヴィアーレは大抵笑顔で過ごしている。大人しめな印象を持たせる微笑み。だが、性格は全く違うものだと、あの言葉で確信した。

「何かバレるなら、カノイからだと思ってたのに」
「僕のこと、何だと思ってるんですか!」
 香水を付けていないことに、どう判断したのか分からない。何を思って、あの言葉を自分に伝えたのだろう。

「ふぎゃーっ、めんどくさい!」
「ふぎゃーって」
「姫様、壊れた……」
 フィルリーネは頭を抱える。考えることはたくさんあるのに、あんな不気味な男を相手にしていたくない。

「あと一年は短いわあ」
「一年以内に終える気ですか?」
 溜め息交じりの声に、アシュタルが問うた。
「私に離婚しろっての」

 婚約後、精霊から婚姻の許可が出るのは、最低半年と言われている。しかし、ルヴィアーレは、精霊の怒りを買わずに婚姻できるのは、一年かかると考えているのだ。
 婚約の儀式がいつになるかは今の所分からないが、婚姻まで最低一年として考えたい。そうであってほしい。

「いえ……。婚姻、です、か……」
「婚姻しても、何もなさそうだからいいけど」
「いえっ、一年で終わらせてください!」
「何もないでいけるんですか? 一応、王配でしょ?」
「おいっ」
 カノイの真面目な問いかけに、アシュタルが焦ったような声を出す。

「あれだけ嫌悪丸出しで、何があるって言うのよ」
「嫌悪丸出しなんですか? いつもにこやか笑顔」
 笑顔は笑顔だが、その裏の心は間違いない嫌悪だろう。あれで好意だったら、どれだけ捻くれているのか。

「カノイ、彼女ができても騙されないでね」
「ひどいっ」

 心配して言ったのに、カノイは泣きそうな顔でそう叫んだ。
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