高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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鍛錬

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「お話は伺っております。フィルリーネ様の頼みとか」

 王騎士団のアシュタルは、横目で遠目に見えるフィルリーネを睨め付けながら、サラディカに向き直った。

「鍛錬であればいつでも仰ってください。こちらは全く問題ありませんので」
 難色を示したのは、見学用の机と椅子を鍛錬所に持ち込んで、優雅に茶を飲んでいるフィルリーネに対してなのだろう。
 アシュタルは不満気に、ただあの場所でお茶はちょっと……。と呟く。

 入り口近くでも、弾いた剣が飛ぶ可能性もあるのだ。フィルリーネに何かあれば、罰を受けるのは必死。アシュタルは出来るだけフィルリーネに近寄らないように、他の団員たちに注意しながら鍛錬所の説明をしてくる。

「狩猟大会での腕は、聞き及んでおります。ゴリアルテを一撃で倒されたとか。こちらでは剣や弓など使用する鍛錬所と、魔導のための鍛錬所、対戦用の広さのある鍛錬所、それから、実践向けの獣を放つ鍛錬所などがございます」
 広さがあるので、方向を指差す程度の説明だが、フィルリーネが入り口近くで茶を飲んでいるため、移動できないのだろう。

 棟ごとに行える鍛錬が違うらしく、今ここにいる場所は、剣のみの鍛錬所となっている。他にもいくつかの部屋に分かれており、階高のある大きな広間が何部屋かあるそうだ。
 隣の空間は、弓で狙いを定めるための目標物や、相手がいない場合に使用する人型の藁が置いてあるようだ。
 イアーナが、惚けた顔で周囲を眺めた。レブロンも、故国との規模の違いに驚きを隠さない。

「魔導を使用できる鍛錬所は、別の建物になります。そこでは魔導防御壁もございますし、かなり広大な場所を擁しておりますから、周囲を気にせず鍛錬されることが可能です。……今日は、無理でしょうけれど」

 アシュタルは、非難めいた口調で、ぼやくように言う。
 どうやら、ルヴィアーレの、魔導を伴った剣技が見たいようだ。しかし、ここで行うわけにはいかないらしく、アシュタルは、この場所では剣のみでお願いしますと、残念そうに言った。

「ドミニアンを一撃で倒されたのですから、かなりの腕とお見受けします。フィルリーネ様とご一緒されるとは思いませんでしたが。誰か相手をさせましょうか? それとも、フィルリーネ様に、何かご希望があられたりは」

 何でも注文してくるフィルリーネならば、鍛錬の仕方まで口出しをしてくると思ったらしい。今の所、そんな口は出してきていないが、飽きてきたら余計なことを言う可能性はある。
 アシュタルはそう思っているようだ。フィルリーネの依頼は、何が起きるか分からない、と口籠もった。

「フィルリーネ様が何もおっしゃらないのならば、こちらはこちらの騎士と行うので、問題ありません」
「そうですか。そうですね。騎士の方々も、鍛錬されないと」

 アシュタルは残念そうにしたが、それも当然だと頷いた。フィルリーネがいる手前、自分の騎士を使うとは思わなかったようだが、よほど鍛錬したいと理解したらしい。実際はお互い手を抜けるからだが、言う必要はない。

「フィルリーネ様には感謝しています。私も鍛錬不足であったのは否めませんので」
「もっと早くお誘いすべきでした。申し訳ありません」

 メロニオルより、鍛錬所の使用については耳にしていた。アシュタルが、余裕があれば足を運ぶように言伝ていたことも知っている。ただ、こちらに来る機会がなかっただけだと言うと、アシュタルは安堵の顔を見せた。
 メロニオルを紹介してきたため、王の手ではないことは分かっているが、鍛錬所にどの程度の者が現れるのかがまだ分かっていなかった。調べさせていた間、ここに訪れることができなかっただけである。

「普段は王騎士団も警備騎士も、兵士も時間を気にせず使っておりますが、午前中は王騎士団が使用していることが多いです」
 アシュタルはフィルリーネがいることも気にせず、鍛錬所の説明をした。自分がいる時に説明をしたかったようだ。フィルリーネが機嫌を悪くしないかを見つつ、簡単に分かりやすく話す。

「アシュタル、ルヴィアーレ様と鍛錬されたら?」
 説明をしていると、フィルリーネが口を挟んだ。言われたアシュタルが気まずそうな顔をする。

「言ってるそばから、ですね。いかがされますか?」
「構いません」
「先に軽く流してから、ルヴィアーレ様と行います」

 すぐにそう答えるあたり、どうやら想定していたようだ。言ってくるの早えよ。とアシュタルが口だけで呟いたのが見えた。
 他の団員たちは、哀れむような顔をして見ている。よくアシュタルを呼んで命令するため、からかわれている話は本当のようだ。

 アシュタルは既に鍛錬していたので、汗もかいているのだろう。軽く剣を振って、こちらが用意できるのを待った。

「ルヴィアーレ様。こちらを」
 鍛錬用の剣は刃がなく、切っ先が丸まっており木でできていたが、しっかり重みのあるものだ。肩がけのマントを外してから、その木の剣を手にする。

 王騎士団団員たちは鎧を纏ったままだった。鍛錬とはいえ、何かあればすぐに動けるようにしているのだろう。こちらは、鍛錬用のなめし革で作られた簡易的な鎧を纏っている。重さでいえば、こちらの方が有利だった。

 さて、アシュタルの腕はいいと言うが、ここでそこまで戦う理由がない。
 相手も遠慮してくるだろうから、それに合わせておくか、それとも。

 フィルリーネは笑顔でこちらを見ている。これでは会話ができないので、また何か手を考えなければならない。
 面倒なことだ。馬鹿な王女には適当に相手をしていればいいと思っていたのが、そうもいかなくなってきた。

 化けの皮を被っていないことは、確認しなければならない。

 ガツンと木々がぶつかり、滲んだ音が響く。
 力は七割も出していないか。アシュタルの余裕の顔は様子見であることがありありとしている。何度か打ち付け合うと、アシュタルは速さを上げた。相手の腕を図り、速さを変えてきたのだ。

 ガツ、ガツ、と鈍い音が鳴る。
 腕があるとは聞いていたが、確かに悪くない。速さもある。良く見ているし、隙を与えない安定さがある。少し癖があるか、剣が受けづらい。
 無闇矢鱈穿つのではなく、間を取り、相手の足さばきも見極めて打ち付けてくる。それでも力を抜いているのだろう。口端に笑みを湛えた。

 長く打ち続けて間を取るために離れると、アシュタルも剣を構え直した。
 そうして、また打ち込もうとしたその時、パン、と柏手が打たれた。

 音の元はフィルリーネだ。

「つまらないですわ。ルヴィアーレ様であれば、アシュタルに簡単に勝てると思ってましたのに。わたくし、先に戻ります」

 フィルリーネは立ち上がると、さっさと部屋を出て行った。周囲にいた騎士たちがぽかんと口を開けて、フィルリーネの背を追う。
 飽きるのが早いのか、鍛錬が見たいと言うのは、ただの口実だったのか。全く分からない。

「あーのー」
 アシュタルは間延びした声を出すと、えーと、と口籠る。補う言葉が見付からないらしい。言葉が出ないと、えーと、を繰り返すと、かろうじて、

「剣のことを、全く知らない方ですから」
 と説明した。取り繕う周囲の人間の苦労を考えると、哀れに思う。フィルリーネに関わると、こんなことばかりなのだろう。

 アシュタルは、フィルリーネの被害に合った者に、ことさら優しいそうだ。それも成る程と納得した。被害に合った自分にも同情しているのだ。振り回される者の気持ちは、理解できるわけである。

「フィルリーネ様には、後ほどご機嫌を伺いに参ります。今行っても、お怒りを受けるだけでしょう」
「あー、そ、そうですね。えー、このまま、鍛錬を続けられますか?それとも、他の場所を見学されますか?」
「こちらは適当に鍛錬を行いますので、アシュタルは仕事に戻ってください」
「そうですか。お力になれず、申し訳ありません」

 アシュタルは肩を下ろすと、なんとも情けない顔をした。しかし、すぐにそれを消すと、鍛錬所にいつでも入れることを伝えられた。

「こちらに来てから、身体を動かすこともないでしょう。たまには、こちらにいらっしゃれるのならば、お時間があればですが。他国へ来て、気疲れもするでしょうし」
 誰とも言わず、フィルリーネが出て行った扉に目を向ける。もう姿のない彼女は、部屋に戻っていることだろう。

「アシュタルは、フィルリーネ様の警備騎士をしていたそうですが」
「二年ほど前ですが。私は数年、フィルリーネ様に付いておりました」
 少しは子供の頃を知っている。それならば、フィルリーネが絵を描くことを知っているのだろうか。

「フィルリーネ様の、絵心には感心しました。良い趣味をお持ちですね」
「え、ご、絵心ですか??」
 アシュタルは意外だと、素っ頓狂な声を上げる。とぼけた顔が間抜けだ。

「フィルリーネ様の絵を、見られる機会があったのですか??」
 知らないのか。余程予想外の話だったのか、狼狽した様子を見せて問うてくる。

「フィルリーネ様の警備はしておりましたが、フィルリーネ様の幼い頃は、今以上に奔放だったので、おとなしく絵を描く姿は見たことはありません。騎士たちを罠に掛けようとしたり、お茶会か、部屋に籠もるかだったので」
 騎士を罠に掛ける意味が分からないが、そこは無視しておく。

「その頃から、部屋に籠もっていたのですか?」
「それは、昔から変わりません。よく部屋に籠もっておいでで、何をされているかは、私たちにはまったく」
 アシュタルは首を振った。
 それでは、常に部屋で描いてきたのか?

 あの絵が描けるまで、それなりに学び、練習してきたはずだ。それなのに、護衛騎士が全く知らない。今なら隠していてもあり得るが、子供の頃から隠しているとなると、相当な曲者だ。

「ただ、絵心というのは、学院で描いた絵が、評価が高かったためで。あれも、別の者が描いたとか、あ、いえ。で、では、私はこれで」
 アシュタルははっと気付くようにすると、表情を繕い、そそくさとその場から離れて行った。 

 別の者? 部屋に入れさせて? 常に籠もっていて、誰かに描かせた?
 アシュタルは、フィルリーネが絵を描くことも知らない様子だった。

 疑問が疑問を呼んでくる。フィルリーネは自分が描いたと明言したが、そうではない可能性もあるのか。

 部屋の中の彼女は、まるで幻で、夢に過ぎなかったと思わずにはいられない。
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