高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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ラータニア7

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 王女がどうだとか、正直なところ邪魔にならければ良いと考えていた程度だ。敵陣に入るのだ、邪魔になる者とそうでない者の区別ははっきりしておかねばならない。一番関わる王女が邪魔な存在であれば、それにどう関与すべきか、相手の仕方を講ずる必要がある。

「お兄様、どうかご無事で」

 グングナルド行きの航空艇の前で、ユーリファラは祈るように言った。ジルミーユと並ぶ王は眉に皺を寄せ、諦め悪く、本当に行く気なのか? と口にしたげだった。

「情報共有のための方法はいくつかある。何方か分けて使いなさい。無理をするのではないよ。まずは婚姻の時間を稼がなければならない」
「承知しております」

 婚姻さえなければ戻ってこられる。しかし、女王が死去すればグングナルド王は無理にでも婚姻を行うだろう。ラータニアの戦力はできるだけ削ぎたいからだ。

 戻られる可能性は低い。ラータニア王は手を伸ばすと、自分を羽交い締めするかのようにきつく抱きしめた。帰られない可能性を感じているからか、腕の力が痛いほどだった。 

 いつの間にか抜いていた身長のせいで、王の頭が自分より低い。
 ずっと追ってきた広い背中は、自分より少し小さい気がする。そんなことも、離れることにならなければ気付かなかっただろうか。

「もがいてでも生き残るんだよ。そして、必ず帰ってくるんだ」

 震える声が内耳に響く。この声を聞かぬ日はなかったのに、二度と聞かなくなることも起きるのか。

 いつも笑いながら飄々と生きていたのに、ここずっと王は考え沈んでいるようだった。別れることは分かっていても、今生の別れになれば、王は深く後悔するのだろう。

「必ず、戻って参ります」
 返した言葉に、王はただ自分を抱きしめるだけだった。

「お兄様のご帰還を、心よりお待ちしております」
 ユーリファラの泣きそうな顔は既に涙を溜めて、いつ流さんと我慢で何とか留めている。
 その涙を拭うのは自分ではないが、戻られればそれも変わるのかもしれない。

「どうか、ご無事で!」

 航空艇が音を立てて離陸し見送る者たちの姿が段々と小さくなるのを眺めて、ラータニアの大地を空から見下ろした。見送りに来るのは人だけでなく精霊もいる。航空艇に並走して別れを惜しんでいた。

 王族の配置換えが行われれば、この景色も見られないのだろう。精霊との繋がりが契約である以上仕方がないとは言え、それも物悲しく感じられる。

 精霊に愛された美しき国、ラータニア。次この地を踏むのはいつになるのか。それとも、二度と踏む事はできないのか。

 大地が視界から遠去かり、グングナルドの土地へ入っていくと、もう精霊の姿はどこにも見えなくなっていた。
 別れからあっという間に辿り着いたグングナルド。王都ダリュンベリに到着してから城の中に入るまでとても長く、城から謁見のために待たされた部屋では更に長い時間を過ごした。

 謁見を許されても王と王女は遠い段の上。同じ目線に立つこともない立場に、改めて気を引き締めた。

「わたくしの婿となられる方は、東の館の離れに居住をおいていただくそうよ。日の光の当たりにくい、日陰の場所。小国ラータニアの方にお似合いのお部屋でしょうね」

 人を蔑むように見た王女フィルリーネ。明らかな敵意と嫌悪がこれからの未来を暗示しているようだった。ジルミーユの言葉通り、深く話す立場にはなれないだろう。よぎった言葉はすぐに忘れ、これからのグングナルドの生活をどう過ごすのか、頭に巡らせた。

 フィルリーネに関わらなければ情報が得にくい。だが関わると癇癪持ちで面倒だ。あの口を黙らせたいがそれも我慢しなければならない。扱うのは楽だが機嫌を損ねやすいのが難点だ。

 そんな感想を持っていた。





「だーかーらー、部屋に入るなと何度も言ってるでしょう。そしてここで本を読むな!」
「用があった」
「待つな!」

 フィルリーネは子供のように口を尖らせ、人の腕をはたいてソファーの上で端に寄るように言ってくる。持っていた荷物をソファーの上にどさりと置いて、鼻歌を歌いながら中身を出した。

「何だこれは?」
 フィルリーネは色とりどりの液体の入った瓶や木の破片。筆やヤスリを机に並べる。指さした瓶の中身はフィルリーネの瞳のような蜂蜜色だ。そのまま蜂蜜だろうか。

「絵の具ですー」
 フィルリーネはたまに語尾を伸ばす。その言い方は王女として好ましくない。言っても直さないので眉を顰めるだけに留めておく。

「これも絵の具か?」
「可愛いでしょ。珍しい色なの。新色なんだって」

 手にした淡い金色の絵の具は、ラータニアで見る夕焼けのような色だった。ラベルにはラータニアの産地が記されている。ラータニアの絵の具だ。その同じ色の瓶をごろごろと出してくる。一体何個買ったのだろうか。

「すごい量だな」
「玩具に使いたいからね。たくさん必要なのよ。ほら、後ろ向け!」

 言ってフィルリーネは人が後ろを向く前に服を脱ごうとする。すぐに目線を他所に移すと、躊躇いなく脱いだか布が擦れる音がした。

「男の前で着替えるのは、はしたなくないのか?」
「勝手に部屋に入る人に言われたくないよ」
「口が悪い。君は外に影響され過ぎだ。王女とは思えない」
「そんなこと言われても、外にいる方が長いもの」

 呆れて物も言えない。フィルリーネは部屋に引き籠もっているふりをして、常に外に出ているのだろう。想像以上に動き回っており、接する相手も城の者たちより街の者たちの方が多いのかもしれない。

「城は息苦しいわ。外で走り回っている方が余程いい」
 取り出した荷物を並べて、フィルリーネは思いを馳せるように絵の具を眺めた。フィルリーネの部屋には絵が多い。飾られた絵は少ないが、棚には今まで描いていた絵が残っていた。

 描かれているのは風景ばかりだ。木の緑や空の青。街並みは描くわけにはいかないのか、自然の風景が多い。知った場所を描いているのだろう。植物の種類や動物が多様だ。城よりも外を望むのは自由があるからに違いない。

 ラータニアで自由のある自分は、外よりも城の中にいる方が長かった。

「何?」
 見ている先が違うと改めて思っていると、フィルリーネが首を傾げた。普段王女を演じている時にはしない仕草だ。王女の時は頬に手を添えて、首をほんの少しだけ傾ける。こんなとぼけた顔はしない。息苦しくて当然のフィルリーネの生活を垣間見るようだ。

「そのようなこと、国にいて考えたこともない」
「幸せね、おぼっちゃま」
 その言葉に嫌味はなかった。羨むような声でもない。優しげでそれが当然のことだと肯定している声だった。

「この悪夢ももう終わるわ。膿を出し切るまでに時間は掛かるでしょうけれど、大きな膿は潰し切る」
 力強く言うフィルリーネはあと僅かで終わるはずの景色を描いている。弟のコニアサスが王になるための道を開くために自らを犠牲にしながら、その顔は晴れやかだ。

 精霊に愛され美しく聡明で優秀。芸術にも秀でており、明朗闊達で王女ゆえの気質を持つ。ユーリファラの言っていた言葉がふと頭によぎる。あの時ユーリファラは精霊より聞いたと言っていた。それは貴族に噂されるフィルリーネの姿ではなく、精霊が噂した本来のフィルリーネだった。

 とは言え、美しく聡明で優秀で芸術に秀でているかもしれないが、明朗闊達かどうかは疑問だ。朗らかで器が大きいというより、能天気で適当なのではないだろうか。

「本当に、職人になる気か?」
「なるけど? 何で?」

 何で? と言う問いをそのまま返したくなる。フィルリーネは木札を取り出して色を塗り始めた。職人になることは彼女にとって決定事項で、なれないなどと思ってもいない。
 慣れた手つきで木片に筆をのせる。鼻歌を歌いながら王女を忘れて趣味に没頭するのだ。

「君は、国を守るための王族だ」
「王になることだけが守ることではないわ。市井にいてもできる事はあるでしょう」
 それを言うならば、王でなければできないことだってあるのだ。しかし、フィルリーネは聞く耳を持たない。

「王殺しなんて外聞が悪いわあ。後々の歴史で悪女とか書かれるのかしら」
 それを嬉しそうに言ってどうする。独裁を貫いた王を倒した王女と後の歴史で賞賛されるかは分からないが、内乱が悪とは限らない。外聞も何もないだろうに。

「君は常識がおかしい」
「おかしいですが。何か?」

 筆を動かしながら悪びれもせず言ってくる。ため息しか出ない。このような王族は初めてだった。考え方も行動もどれも理解に苦しむ相手だ。

「そんなもの誰が決めたのよ。私は私のもので、私をつくるのは私だもの。他の誰でもない」
 フィルリーネは論理にならない話を口にした。ただの我が儘にしか聞こえないのだが。

「大丈夫よ、安心なさい。例え間違って婚姻してもちゃんと後で離縁してあげるから。経歴に傷が付いてもグングナルドのせいよ。誰も文句言わないわ。そこでちゃんと大切な人と婚姻するのね」
 言い切られた言葉に、彼女が誰を思い浮かべて言っているのか、頭をよぎった。

「…君は、愚かに思う」
「褒め言葉として受け取っとくー」

 根拠のない自信がフィルリーネにあって、それが思い通りに進むと信じている。
 フィルリーネを信じついて来る者が、職人になるなど許せるはずがない。荒唐無稽な考え方だ。馬鹿馬鹿しいほど愚かな将来像だ。

 そんなことを気にもしないフィルリーネは、いつまでも鼻歌を歌って筆を動かしていた。
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