お言葉ですが今さらです

MIRICO

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2−2 帰宅

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 朝目覚めてすぐに午前に行うことを反復するのは、いつもの癖だ。予定を頭に入れておかなければ、時間がもったいない。いつも予定通りにいかないため、余裕を持って過ごさなければならないからだ。
 なんといっても、アンリエットは王太子の仕事、城のこと全てを把握していた伯父の仕事を行わなければならない。本来ならば王に確認することも伯父が行なっていたため、それすらもアンリエットの仕事になっていた。そのせいで、予定を作っていても端から別の問題が横入りしてくるのだ。
 だから時間は切り詰めて動くことが必要で、それこそ分刻みに働いていた。 

「けれど、もうそんなことをしなくていいのね」
 代わりの仕事はこれからマルスランの娘が行うのだろう。仕事の引き継ぎも何もせずにこちらに来てしまったが、問題ないのだろうか。そう考えて頭を振った。
「私が考えることではないわ」

「おはようございます。アンリエット様」
「おはよう、リノン」
 ベッドから起きようとすると、メイドのリノンがやってきた。アンリエットの髪をとかし、身支度を手伝ってくれる。

「アンリエット様の髪は美しいですね。艶やかな黒髪で、櫛がスッと通ります。こんなに長くて綺麗な髪は初めてです」
「そう? 忙しくて手入れも適当にしていたのよ。メイドに嫌々綺麗にしてもらっていたわ。誰も見ないから適当でいいと言っておいたの」

 それでもマーサは忙しい朝にきちんと髪型を整えてくれた。あまりの忙しさのせいで腕が上がったと冗談交じりで笑っていたほどだ。
 マーサたちに二度と会えないことを思い出して、気落ちした気分になる。芋づる式にエダンの顔が思い浮かんで、アンリエットは急いで首を振った。

「アンリエット様?」
「あ、ごめんなさいね。邪魔だから一つに結んでしまっていいわよ」
「まあ、こんな素敵な髪なのですから、美しく仕上げましょう。肩に流して、後ろに髪飾りをつけて」

 アンリエットは父親と髪色が同じで黒。兄のシメオンは母親の金髪と同じだ。母親の兄、マルスランも金髪だった。会った時のことはほとんど覚えておらず、絵で見たくらいだが、シメオンのようにクセのある髪をしていた。
 マルスランの娘である女性。彼女もまた、同じクセのある金髪。

 行方不明だった伯父のマルスランが、いつどこで、どうしていて、娘を授かっていたかは聞けなかった。昨夜、母親にマルスランが亡くなっていたという話を伝えたが、その実情を知らないため詳細を話すこともできなかった。
 マルスランは行方不明ということで、葬式すら行われていない。亡くなっているのならば、その事実を国民に報告し葬式も行うだろう。そうであれば、アンリエットも参席することになるかもしれない。

「ドレスはどうなさいますか? シメオン様が何着か選んでいらっしゃったので、それにされます?」
「そうね。その中から選んでくれる?」
 兄のシメオンは、アンリエットにどのドレスが似合うかと、昨日のうちに確認していた。妹のドレスなどどれでもいいと思うのだが、母親が急いで集めてくれたドレスが既製品であることが母親含め皆気に食わないらしく、シメオンがその中から数着選んでくれていたのだ。
 そして、今日は町でドレスを購入しに行く予定である。

「これだけ先に買ってくださったのに、何が気に食わなかったのかしら。サイズも問題なさそうなのに」
「それはもちろん、アンリエット様にお似合いのドレスを着せたいからに決まっています! 奥様も、どうせオーダーメイドでできたドレスが届くまでだからとおっしゃっていましたし」
「それなのに、こんなに購入したの? そこまでしてくれなくてよかったのに」
「今までの分もご購入したかったのですよ」

 今までの分。子供の頃から空いてしまった分。その隙間をうめるためだと言われて、なんだか気恥ずかしい。けれど、愛されていることがわかる。スファルツ王国では祖父である王から罵られてばかりだったのに。
 祖父から愛など感じたことはなかった。常に伯父のマルスランと比べられ、こんなこともできないのかと怒鳴られ、時に暴力を受けたりした。頬を打たれ、舌打ちされ、蹴り飛ばされたこともある。

 それを哀れに思ってくれていたマーサたちメイドや騎士たちも、王の前では助けることはできない。唯一、婚約者であるエダンだけが王に対して庇ってくれていた。アンリエットへの叱責は、婚約者である自分が受けると言って。
 事あるごとにエダンを思い出していることに気付き、アンリエットは唇を噛んだ。そう簡単に、あの長い時間を共にしていた人を忘れることなどできない。

「――、楽しみですね」
「え?」
「本日はお買い物日和ですし、久しぶりの町を散策なさるのですから、楽しみではないですか?」
「え、ええ。そうね。とても楽しみよ」

 そうだ。と思う。過去に囚われていてばかりではならない。今は家族と過ごすことを楽しんで、これからを考えなければ。
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