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「まことに残念です。陛下と、このような形でお会いすることになるとは」
「まったくもって同感じゃ」
二年も経つと、さすがにこの言葉遣いもすらすら出てくる。
アウラ・ローザ・トゥ・オルディネこと雨井桜子は、避難が間に合わなかった大きな二冊の本を書き物机の上に置いて「ふん」とそっぽをむいた。
ロヴィーサ王宮の国王専用の図書室だった。薄暗い空間の四方には天井まで届く重厚な本棚が並び、本棚は背表紙で埋め尽くされている。中央に書き物机と書見台、一息つくための小さなテーブルが置かれていた。
二十一歳の女王はパニエ(スカートをふくらませるための骨組み)もヴァトー・プリーツ(背中側の襟下から足もとへ伸びる縦ひだ)もつけない、上品だがシンプルな緑の室内用ドレスを着て、髪も黒のリボンで一つに結んだだけの飾り気のない恰好だ。
彼女の正面に進み出たのは、紺の侍従服を着た銀朱色の髪の美形、ソヴァール・ラ・エーデル。
表向きはドゥーカ公爵の遠縁、エーデル男爵の養子で女王付きの侍従の一人だが、その正体は前々ロヴィーサ国王、イルシオン・サーブル・トゥ・オブリーオの愛人の子で、ヒロインの異母兄にあたる。
そして『聖なる乙女の祈りの伝説』本来の展開では、悪役女王ことアウラの恋人となるはずのキャラだった。
桜子はソヴァールが出てきた隠し通路から十人以上の武装した兵士達が出てくるのを見て、己が『詰んだ』ことを悟る。
兵士達はみな、ヒロインに助力する隣国、ブリガンテの軍装だった。
「失敗、か…………」
桜子はぼそり、呟く。
彼女もこの日まで無策だったわけではない
ヒロインが蜂起して聖女・ブリガンテ軍が王都に迫るに至り、脱出の手筈は整えていた。メイドのふりをして王宮を脱出し、二年間こつこつ集めた換金しやすい小さな宝石類をごっそり持って行く算段もついていたのだ。
ただ、この図書室に保管していた資料を安全な場所に避難させたかった。
そのために今日、侍従達の手を借りて資料を運び出していたら、どうやらこの図書室はロヴィーサ国王だけが知る緊急時の隠し通路につながっていたらしく、イルシオン王の隠し子であるソヴァールがブリガンテ兵を連れて侵入してきたところに、はちあわせたのである。
隠し通路を出たら、目の前に目的の女王がいたのだ。ソヴァールは「神は聖女フェリシアに味方している」と確信しただろう。おそらく、王宮の外に迫るブリガンテ軍も、もうすぐなだれ込んでくるはずだ。
ソヴァールは剣を収めたまま女王に告げた。
「聖女のもとへ連行します。おとなしくしてくだされば、手荒な真似はしません」
「はんっ」と桜子は肩をすくめる。
「あなたがここにいるってことは、ドゥーカ公爵は裏切ったわけね。本当、あてにならないクソ親父」
ソヴァールは目を丸くした。
「? どうしたの?」
「いえ。陛下のそのような言葉遣いは、初めてお聞きしたので…………」
「『クソ親父』のこと? あいにく、私はこちらが本来の話し方よ。『アウラ女王陛下』を演じるため、人前ではそれっぽくしゃべってきたけどね。まあ、主君を裏切って敵軍と合流した宰相なんて、『クソ親父』で充分でしょ? ホント、変わり身が早いったら。たぶん、十八年前の反乱の時も、そうだったんでしょうね」
「公爵が裏切ると知っていたのですか? ならば何故、彼を自由にさせていたのです?」
「自由にさせていたわけじゃないわ。情けないけど、向こうが一枚上手だっただけ。裏切るのは、ほんの少し先だと予想していたのよ」
その『ほんの少し』の間に資料を運び出し、逃げ出す手筈だったのに。
「まあ、あなたがここにいるってことは、公爵と息子は和解したんでしょ? でも、その和解もどこまで本気か謎よね。なにしろイルシオン王に仕えていながら、反乱を起こしたレベリオ王に膝を折り、レベリオ王の死後はその娘に仕えて、娘の形勢が悪くなったらイルシオン王の娘である聖女に寝返った男だもの。次はどう出るか、わかったものじゃない」
「真の忠義の道に戻った、とは思われませんか? イルシオン王の遺志を継ぐため、簒奪者に膝を折ったふりをして好機をうかがっていた、とは」
「全然。そんな殊勝な人間じゃないでしょ、あのクソ親父は。聖女認定をうけて、大国ブリガンテの有能な第二王子を味方につけたあなたの異母妹についたほうが得と、判断しただけよ。なにしろ自分の息子と恋仲なんだから」
「…………」
「まったく判断ミスよね。あなたのことも遠ざけるんじゃなく、思いきって暗殺でもしておけば良かった」
本当に痛恨のミスだった。何故なら。
(アンタも裏切るって、知ってたのにね!!)
そう。ソヴァールは最初、ヒロインの幼い頃の記憶に残る『初恋の君』として登場する。そしてヒロインがロヴィーサに旅立つ直前、ヒロインと再会し「君を忘れたことはない」「この先もずっと君を想っている」みたいな台詞を残して、ふたたび姿を消す。
ヒロインはリーデルと愛し合うようになりながらも、心の隅にソヴァールの面影を残しつづける。一方、ソヴァールはアウラ女王と恋仲になり、読者に「この二人どうなるの?」とやきもきさせつづける。そしてロヴィーサ王宮に聖女・ブリガンテ軍がなだれ込んだ時、ソヴァールはアウラ女王の脱出を手伝うと見せかけて彼女を捕え、「実は自分はイルシオン王の隠し子でヒロインの異母兄」「アウラ女王に仕えていたのは復讐のため」「女王と親密になり、国を追われた父王の仇をとるチャンスをうかがっていた」と真実を明かすのだ。
実際の展開は多少変わっているが、これはアウラと入れ替わった桜子が漫画どおりに行動しなかったせいだろう。桜子はソヴァールの裏切りを知っていたので、最初から彼を近づけずにいたが、それだけでは対処が甘かった、というわけだ。
「本当、次から次へと懐柔してくれたわよね、あなたの異母妹は。おかげで、私の努力は水の泡。国庫を立て直すために用意していた策も、すべて徒労ってわけ」
ため息をついた女王に不思議そうにソヴァールが訊ねる。
「国庫を立て直す、ですか? 貴女が?」
「立て直すわよ。だって、そうしないと生き残れないもの。王国や国民のためにも、国庫の回復は急務、必要不可欠だったのは明らかでしょ?」
「私とフェリシアの父を、イルシオン王を追い出した簒奪者の娘であるあなたが…………」
「あなたがどう考えようと、あなたの勝手だけど。でも、そうね。少し話しましょうか」
桜子は言った。資料を安全な場所に避難させるまで、時間を稼ぐ必要がある。
「あなたは前ロヴィーサ国王、レベリオをどう思っているの?」
「反逆者にして簒奪者。他にどんな評価があると?」
「はっ」とソヴァールは知的な雰囲気の秀麗な顔に、嘲りの笑みを浮かべた。もともと目尻が吊りあがり気味のキャラデザインなので、そういう嫌味っぽい表情をすると非常に様になる。
この嫌味と皮肉が似合う美形がヒロインに対してはめちゃくちゃ優しくて甘い、というのがポイントなのだが、それはさておき。
「父の、イルシオン王の再従兄弟でありながら、レベリオは反旗をひるがえして国王夫妻をロヴィーサから追い出した。父も王妃も、最後までロヴィーサに戻ることを夢見ながら、幼いフェリシア王女を残して病で逝った。そして王宮に残ったレベリオがしたことといえば、国政を弄んで国内を混乱させただけ。それでも数年で逝ったかと思えば、後を継いだ娘は贅沢三昧ときている。民が見放し、新たな真の女王を求めるのも無理はない!」
ソヴァールの長い指がアウラにむかって突きつけられる。
「レベリオ王が国政を混乱させたことは否定しないわ。彼は国王の再従兄弟といっても一介の伯爵。国政には無縁な立場だったもの。急に王座に就いたって、うまくやれるはずがない。でもね、一度くらいは考えたことない? イルシオン王が反逆されたのは、レベリオ王の野心のためではない。イルシオン王の治世に原因があったんだって」
「なにを…………」
「イルシオン王の時代には、ロヴィーサ国庫はすでに莫大な借金と大赤字を抱えていた。これに対して、イルシオン王が効果的な対策をとった形跡はない。レベリオ王が反乱を起こしたのは、その状況をどうにかするためだった、としたら…………」
「でたらめを! 命乞いのつもりですか?」
「私が集めた情報をもとに、私見を述べているだけよ。なんなら根拠も教えましょうか? でもその前に、兵を外に出すべきね。このままだと、オブリーオ前王朝の復活を大義名分に掲げるあなた達にとって、都合の悪い情報が兵士達の口からロヴィーサ中にひろがるわよ?」
ソヴァールは図書室中にちらばって自分達を囲むブリガンテの兵達をちらりと見やる。
「必要ありません。兵を外に出して、私一人になったところを攻撃されては困りますからね。このままお聞きしましょう」
「私の力じゃ、あなたを押えるのは無理だけど。まあ、いいわ」
桜子は自分だけ椅子に座った。この程度の特権は許されるだろう。
「まず、あなたはさっき、私を『贅沢三昧』と言ったけど。なにを根拠にそう思ったわけ?」
「心当たりがないとでも? 『アウラ女王は毎日、美しいドレスや高価な宝石に溺れて毎晩、舞踏会や夜会を催している。挙句に、気まぐれで何十人もの女官達を突然、解雇し、王宮から追い出した』とブリガンテではもっぱらの噂です」
「噂を鵜呑みにするのは、どうかと思うけど?」
「もちろん、巷間の噂だけを根拠にしてはいません。王宮に入れない平民ではなく、ロヴィーサ王宮に伺候を許されたロヴィーサ貴族達からの証言です。ブリガンテの第二王子、レスティ殿下も情報収集に協力してくださいました。信憑性は高いでしょう?」
「その貴族達の名は?」
「本来なら教えることはできませんが…………今のあなたは捕えられた罪人同然ですから、問題ないでしょう」
ソヴァールは複数の貴族達の名前をあげていく。
「彼らの妻は女王付きの女官でしたが、みな解雇されました。『妻は真面目に務めを果たしていたのに、女王陛下の気まぐれで給金を半分以下に減らされたあげく、解雇された』と憤慨していましたよ」
桜子は書き物机に置いた、避難させ損ねた資料をひらく。
ソヴァールが挙げた貴族達の名前には心当たりがあったが、念のため確認するのだ。
「なんの本です?」
パラパラとページをめくる桜子にソヴァールが訊ねてくる。
桜子は視線をページに落としたまま説明した。
「私の個人的な記録の一部よ。人に言わせると、私は『メモ魔』らしいわ」
この場合の『人』はロヴィーサ人ではなく、現代日本で出会った日本人達のことだ。
実は雨井桜子はメモをとるのが癖で、スケジュール帳もマンスリーやウィークリーではなく、分単位で書き込める大きな物を購入して、日々の予定はむろん、何時何分にどんな仕事をしたか、いつ休憩をとったか、その日の食事のメニューや会った人の名前など、すべて書き込んでいた。会話だって、小さなメモ帳を持ち歩いて逐一記録しないと気が済まない。
日記は中学一年から欠かしたことはないし、仕事用、友人用にわけた名簿も作っていて、帰宅するとメモ帳に記録した会話の情報をすべて名簿に書き写すのが日課だった。
家族や友人からは「めんどくさい」と言われるし、あまりメモばかりとっていると「観察されているみたいで気持ち悪い」と言われたりもするので加減が難しいが、桜子はこれをしないと落ち着かないし、習慣として定着しているので面倒くさいと感じることもない。
むしろ仕事では「熱心だ」と評価されることも多く、周囲の役に立つこともけっこうある(特に「言った」「言わない」の水掛け論争の時には役に立つ)。
この癖はアウラという別人に入れ替わっても変わることはなく、この二年間も桜子はアウラとして様々なメモをとりつづけていた。
ぶ厚い手作りの名簿の数ページを開いて、手をとめる。
「あった。たしかに全員、奥方が私付きの女官だった貴族ね。今は全員、解雇した」
「そうでしょう。では、私の言うことを信じていただけましたか?」
「その前に。あなた、彼女達がどういう仕事に就いていたか、ご存じ?」
「女官でしょう? あなたの身の回りの世話が役目では?」
「そうね。でも女王付き女官って、数種類いるの」
桜子は説明した。
「一つは、本当に私の身の回りの世話をする者。私が『喉が乾いた』といえば飲み物を用意して、『メモをとりたい』といえば筆記用具を用意する侍女達。これは下級貴族とか、爵位は持っていないけど教育はうけている富裕層の令嬢達から採用するわ。この下にいるのが、掃除や洗濯や繕い物をする下女達。これは町娘や村娘がほとんど。私は顔を合わせることはほとんどないわ。で、女官は、実際に書類作業とかを担当する本物の女官と、形だけの女官がいるの。あなたが挙げた貴族達の奥方は全員、この後者のほうね」
「どういう意味です?」
「あなた、女王の着替え方をご存じ? 二年前まで、私がどんな風に着替えていたか」
「そんな…………男が知る必要のないことでしょう!」
ソヴァールは秀麗な顔を薄ピンクに染めた。理知的な雰囲気が薄れて可愛い印象になり、桜子は(美形は得だ)と実感する。
「ドレスって重ね着よ。下着にコルセット、パニエ、ジュップ(パニエの上に着るペチコート)、ローブ(一番上に着るドレス)、ストマッカー(飾りのついた胸当て)、ヴァトー・プリーツ。さらに靴下をはいて靴をはいて、髪を結って髪飾りをつけて、ネックレスやらブローチやらをつけて…………まあ、とにかく時間と手間がかかるのよ。一人で着れるものじゃないわ」
「そうでしょうね」
「それでも三、四人で分担すれば、三十分くらいには短縮できるの。それでも、服にかける時間じゃないとは思うけど…………でも、以前は二時間以上かかってたわ。何故だと思う? いちいち女官達にやらせていたからよ」
「想像してみて」と桜子はソヴァールにうながした。
「広い部屋に三十人の貴婦人が並んでいる。で、私は貴婦人達の前に、下着とコルセット姿で立たされる。私のまわりには三人の侍女が待機していて、女官長が女官の名前を呼ぶと、その女官が進み出て、持っている着替えを私に渡す。私が礼を述べてそれを受けとり、侍女に渡すと、侍女はそれを私に着せる。これをくりかえして、ドレスも靴もアクセサリーもいちいち女官達からうけとっていくの。非効率的でしょ? 夜会や式典のような礼装、正装だと三時間を越すこともざら。一日中、着替えているようなものよ。女王の仕事の半分は着替えよ。一年中これだもの、二年前の真冬は風邪をひいて死にかけたわ」
そして本物のアウラの魂が、現代日本の雨井桜子の肉体に逃げるきっかけとなったのだ。
ソヴァールも聞いていた兵士達も目を丸くしている。
「非合理的よね。でも大臣達に言わせると、これが代々の伝統であり、王と貴族の絆を深める作法だそうよ。これがあるから、女王と貴族達の絆がたもてるの。まあ、間違ってはいなかったわ。あなたが挙げた貴族達は、これを中止したことで離反のきっかけになったしね」
「え…………」
「あなたが挙げた貴族の奥方達は全員、この非効率的で非合理的な着替えのために雇われた女官よ。私が解雇したのは、それが理由。こんな伝統、つづける意味も価値もないでしょ? でも女官達にとっては、一生を左右する一大事だったみたい。貴族達にとって『高貴な方のお側にいける』『お顔を間近で拝見できる』というのは、庶民が考える以上に名誉で、位置づけを左右するものなのよ。『着替えを一つ手渡すだけ』の仕事は、彼女達にとって『自分がそれを許されるくらい高貴で重要な存在』である証で、この役目をもらえるか否かで、自分や夫の世間での立ち位置が決まるの。だから大臣達も、この伝統をやめさせようとしなかった。たとえ肝心の女王自身が倒れてもね。私はそれを理解できなかった。だからこの伝統を廃止して、着替えは侍女だけで済ませるようにしたの。結果、私は着替えに費やしていた数時間を執務や睡眠に回せるようになり、貴婦人達の心は離れた、というわけ。あなた達が出会った貴族が妻の解雇に憤慨していたのは、それによって貴族社会で自分が重んじられる理由を一つ、失ったからよ」
「た、たしかにそれは非効率的ですが…………女官を解雇する以外の方法はなかったのですか? 彼らは本当に『妻は真面目に仕事していたのに』と憤慨していたのですよ?」
「そうね。真面目に着替えを渡してくれたわ。毎回、二時間整列して、一種類だけ持ってね。くりかえすけど、そのおかげで私は風邪をひいて、死にかけたのよ? そして、それだけのために、彼女達がどれくらい給料をもらっていたか知ってる? 最低でも――――」
桜子は一つの金額を提示した。
「はあ!?」
ソヴァールは、兵士達は目を丸くして声をあげる。
「庶民なら、三年は楽に暮らせる金額ですよ!? それを、着替えを渡すだけの仕事に!?」
(食いつくのはそこか。ま、そうか)
人間、世界が変わっても重視するのはお金だな、と桜子はうっすら親近感を覚える。
「楽な仕事でしょ? 庶民の妻なら、朝から晩までくたくたになるまで働いても、日当はよくて銀貨一枚。でも、あなたが会ったロヴィーサ貴族の奥方達は、たった一日、王宮に伺候して着替えを渡すだけで、金貨がもらえたのよ。ロヴィーサ国庫は大赤字だった。彼女達を解雇して支出を減らしたのは、そんなに罪なこと?」
「それは…………」
「食事もよ。毎回、私一人のために十人分以上の量が並んで…………でも、それも下女下男に食べ残しを回すために必要な量だそうよ。だから私の食事量を一人分に減らして、浮いた材料費を下男下女の食事に回すよう命じたの。そうしたら大臣達は、それも『伝統だ』『食事の質を落とされた下男下女達が怒る』って。あなた、豪華でも他人の食べ残しを出されるのと、多少粗末でも自分のために作られた料理を食べるのと、どちらがいい?」
「…………っ」
「結果的には、これも少し支出をおさえられたのよ? 豪華な十人分を用意するより、そこそこの三十人分を用意するほうが、金額的にはお得だったの」
「…………」
「それに舞踏会や夜会も、今は週に一回。招待客の数を増やして規模は大きくしたけど、それでも二年前に比べれば、支出額は大幅に減ったわ。ドレスや宝石の注文も最低限に削って、今、身につけているのは、すべて手持ちの着まわし。おかげで女王に関する出費は、かなり抑えられてるわ。これでも『贅沢三昧』?」
「しかし、我々が出会った貴族達は…………!」
「そもそも。同じことは、イルシオン王や彼の王妃もやっていたのよ?」
「えっ…………」
「まったくもって同感じゃ」
二年も経つと、さすがにこの言葉遣いもすらすら出てくる。
アウラ・ローザ・トゥ・オルディネこと雨井桜子は、避難が間に合わなかった大きな二冊の本を書き物机の上に置いて「ふん」とそっぽをむいた。
ロヴィーサ王宮の国王専用の図書室だった。薄暗い空間の四方には天井まで届く重厚な本棚が並び、本棚は背表紙で埋め尽くされている。中央に書き物机と書見台、一息つくための小さなテーブルが置かれていた。
二十一歳の女王はパニエ(スカートをふくらませるための骨組み)もヴァトー・プリーツ(背中側の襟下から足もとへ伸びる縦ひだ)もつけない、上品だがシンプルな緑の室内用ドレスを着て、髪も黒のリボンで一つに結んだだけの飾り気のない恰好だ。
彼女の正面に進み出たのは、紺の侍従服を着た銀朱色の髪の美形、ソヴァール・ラ・エーデル。
表向きはドゥーカ公爵の遠縁、エーデル男爵の養子で女王付きの侍従の一人だが、その正体は前々ロヴィーサ国王、イルシオン・サーブル・トゥ・オブリーオの愛人の子で、ヒロインの異母兄にあたる。
そして『聖なる乙女の祈りの伝説』本来の展開では、悪役女王ことアウラの恋人となるはずのキャラだった。
桜子はソヴァールが出てきた隠し通路から十人以上の武装した兵士達が出てくるのを見て、己が『詰んだ』ことを悟る。
兵士達はみな、ヒロインに助力する隣国、ブリガンテの軍装だった。
「失敗、か…………」
桜子はぼそり、呟く。
彼女もこの日まで無策だったわけではない
ヒロインが蜂起して聖女・ブリガンテ軍が王都に迫るに至り、脱出の手筈は整えていた。メイドのふりをして王宮を脱出し、二年間こつこつ集めた換金しやすい小さな宝石類をごっそり持って行く算段もついていたのだ。
ただ、この図書室に保管していた資料を安全な場所に避難させたかった。
そのために今日、侍従達の手を借りて資料を運び出していたら、どうやらこの図書室はロヴィーサ国王だけが知る緊急時の隠し通路につながっていたらしく、イルシオン王の隠し子であるソヴァールがブリガンテ兵を連れて侵入してきたところに、はちあわせたのである。
隠し通路を出たら、目の前に目的の女王がいたのだ。ソヴァールは「神は聖女フェリシアに味方している」と確信しただろう。おそらく、王宮の外に迫るブリガンテ軍も、もうすぐなだれ込んでくるはずだ。
ソヴァールは剣を収めたまま女王に告げた。
「聖女のもとへ連行します。おとなしくしてくだされば、手荒な真似はしません」
「はんっ」と桜子は肩をすくめる。
「あなたがここにいるってことは、ドゥーカ公爵は裏切ったわけね。本当、あてにならないクソ親父」
ソヴァールは目を丸くした。
「? どうしたの?」
「いえ。陛下のそのような言葉遣いは、初めてお聞きしたので…………」
「『クソ親父』のこと? あいにく、私はこちらが本来の話し方よ。『アウラ女王陛下』を演じるため、人前ではそれっぽくしゃべってきたけどね。まあ、主君を裏切って敵軍と合流した宰相なんて、『クソ親父』で充分でしょ? ホント、変わり身が早いったら。たぶん、十八年前の反乱の時も、そうだったんでしょうね」
「公爵が裏切ると知っていたのですか? ならば何故、彼を自由にさせていたのです?」
「自由にさせていたわけじゃないわ。情けないけど、向こうが一枚上手だっただけ。裏切るのは、ほんの少し先だと予想していたのよ」
その『ほんの少し』の間に資料を運び出し、逃げ出す手筈だったのに。
「まあ、あなたがここにいるってことは、公爵と息子は和解したんでしょ? でも、その和解もどこまで本気か謎よね。なにしろイルシオン王に仕えていながら、反乱を起こしたレベリオ王に膝を折り、レベリオ王の死後はその娘に仕えて、娘の形勢が悪くなったらイルシオン王の娘である聖女に寝返った男だもの。次はどう出るか、わかったものじゃない」
「真の忠義の道に戻った、とは思われませんか? イルシオン王の遺志を継ぐため、簒奪者に膝を折ったふりをして好機をうかがっていた、とは」
「全然。そんな殊勝な人間じゃないでしょ、あのクソ親父は。聖女認定をうけて、大国ブリガンテの有能な第二王子を味方につけたあなたの異母妹についたほうが得と、判断しただけよ。なにしろ自分の息子と恋仲なんだから」
「…………」
「まったく判断ミスよね。あなたのことも遠ざけるんじゃなく、思いきって暗殺でもしておけば良かった」
本当に痛恨のミスだった。何故なら。
(アンタも裏切るって、知ってたのにね!!)
そう。ソヴァールは最初、ヒロインの幼い頃の記憶に残る『初恋の君』として登場する。そしてヒロインがロヴィーサに旅立つ直前、ヒロインと再会し「君を忘れたことはない」「この先もずっと君を想っている」みたいな台詞を残して、ふたたび姿を消す。
ヒロインはリーデルと愛し合うようになりながらも、心の隅にソヴァールの面影を残しつづける。一方、ソヴァールはアウラ女王と恋仲になり、読者に「この二人どうなるの?」とやきもきさせつづける。そしてロヴィーサ王宮に聖女・ブリガンテ軍がなだれ込んだ時、ソヴァールはアウラ女王の脱出を手伝うと見せかけて彼女を捕え、「実は自分はイルシオン王の隠し子でヒロインの異母兄」「アウラ女王に仕えていたのは復讐のため」「女王と親密になり、国を追われた父王の仇をとるチャンスをうかがっていた」と真実を明かすのだ。
実際の展開は多少変わっているが、これはアウラと入れ替わった桜子が漫画どおりに行動しなかったせいだろう。桜子はソヴァールの裏切りを知っていたので、最初から彼を近づけずにいたが、それだけでは対処が甘かった、というわけだ。
「本当、次から次へと懐柔してくれたわよね、あなたの異母妹は。おかげで、私の努力は水の泡。国庫を立て直すために用意していた策も、すべて徒労ってわけ」
ため息をついた女王に不思議そうにソヴァールが訊ねる。
「国庫を立て直す、ですか? 貴女が?」
「立て直すわよ。だって、そうしないと生き残れないもの。王国や国民のためにも、国庫の回復は急務、必要不可欠だったのは明らかでしょ?」
「私とフェリシアの父を、イルシオン王を追い出した簒奪者の娘であるあなたが…………」
「あなたがどう考えようと、あなたの勝手だけど。でも、そうね。少し話しましょうか」
桜子は言った。資料を安全な場所に避難させるまで、時間を稼ぐ必要がある。
「あなたは前ロヴィーサ国王、レベリオをどう思っているの?」
「反逆者にして簒奪者。他にどんな評価があると?」
「はっ」とソヴァールは知的な雰囲気の秀麗な顔に、嘲りの笑みを浮かべた。もともと目尻が吊りあがり気味のキャラデザインなので、そういう嫌味っぽい表情をすると非常に様になる。
この嫌味と皮肉が似合う美形がヒロインに対してはめちゃくちゃ優しくて甘い、というのがポイントなのだが、それはさておき。
「父の、イルシオン王の再従兄弟でありながら、レベリオは反旗をひるがえして国王夫妻をロヴィーサから追い出した。父も王妃も、最後までロヴィーサに戻ることを夢見ながら、幼いフェリシア王女を残して病で逝った。そして王宮に残ったレベリオがしたことといえば、国政を弄んで国内を混乱させただけ。それでも数年で逝ったかと思えば、後を継いだ娘は贅沢三昧ときている。民が見放し、新たな真の女王を求めるのも無理はない!」
ソヴァールの長い指がアウラにむかって突きつけられる。
「レベリオ王が国政を混乱させたことは否定しないわ。彼は国王の再従兄弟といっても一介の伯爵。国政には無縁な立場だったもの。急に王座に就いたって、うまくやれるはずがない。でもね、一度くらいは考えたことない? イルシオン王が反逆されたのは、レベリオ王の野心のためではない。イルシオン王の治世に原因があったんだって」
「なにを…………」
「イルシオン王の時代には、ロヴィーサ国庫はすでに莫大な借金と大赤字を抱えていた。これに対して、イルシオン王が効果的な対策をとった形跡はない。レベリオ王が反乱を起こしたのは、その状況をどうにかするためだった、としたら…………」
「でたらめを! 命乞いのつもりですか?」
「私が集めた情報をもとに、私見を述べているだけよ。なんなら根拠も教えましょうか? でもその前に、兵を外に出すべきね。このままだと、オブリーオ前王朝の復活を大義名分に掲げるあなた達にとって、都合の悪い情報が兵士達の口からロヴィーサ中にひろがるわよ?」
ソヴァールは図書室中にちらばって自分達を囲むブリガンテの兵達をちらりと見やる。
「必要ありません。兵を外に出して、私一人になったところを攻撃されては困りますからね。このままお聞きしましょう」
「私の力じゃ、あなたを押えるのは無理だけど。まあ、いいわ」
桜子は自分だけ椅子に座った。この程度の特権は許されるだろう。
「まず、あなたはさっき、私を『贅沢三昧』と言ったけど。なにを根拠にそう思ったわけ?」
「心当たりがないとでも? 『アウラ女王は毎日、美しいドレスや高価な宝石に溺れて毎晩、舞踏会や夜会を催している。挙句に、気まぐれで何十人もの女官達を突然、解雇し、王宮から追い出した』とブリガンテではもっぱらの噂です」
「噂を鵜呑みにするのは、どうかと思うけど?」
「もちろん、巷間の噂だけを根拠にしてはいません。王宮に入れない平民ではなく、ロヴィーサ王宮に伺候を許されたロヴィーサ貴族達からの証言です。ブリガンテの第二王子、レスティ殿下も情報収集に協力してくださいました。信憑性は高いでしょう?」
「その貴族達の名は?」
「本来なら教えることはできませんが…………今のあなたは捕えられた罪人同然ですから、問題ないでしょう」
ソヴァールは複数の貴族達の名前をあげていく。
「彼らの妻は女王付きの女官でしたが、みな解雇されました。『妻は真面目に務めを果たしていたのに、女王陛下の気まぐれで給金を半分以下に減らされたあげく、解雇された』と憤慨していましたよ」
桜子は書き物机に置いた、避難させ損ねた資料をひらく。
ソヴァールが挙げた貴族達の名前には心当たりがあったが、念のため確認するのだ。
「なんの本です?」
パラパラとページをめくる桜子にソヴァールが訊ねてくる。
桜子は視線をページに落としたまま説明した。
「私の個人的な記録の一部よ。人に言わせると、私は『メモ魔』らしいわ」
この場合の『人』はロヴィーサ人ではなく、現代日本で出会った日本人達のことだ。
実は雨井桜子はメモをとるのが癖で、スケジュール帳もマンスリーやウィークリーではなく、分単位で書き込める大きな物を購入して、日々の予定はむろん、何時何分にどんな仕事をしたか、いつ休憩をとったか、その日の食事のメニューや会った人の名前など、すべて書き込んでいた。会話だって、小さなメモ帳を持ち歩いて逐一記録しないと気が済まない。
日記は中学一年から欠かしたことはないし、仕事用、友人用にわけた名簿も作っていて、帰宅するとメモ帳に記録した会話の情報をすべて名簿に書き写すのが日課だった。
家族や友人からは「めんどくさい」と言われるし、あまりメモばかりとっていると「観察されているみたいで気持ち悪い」と言われたりもするので加減が難しいが、桜子はこれをしないと落ち着かないし、習慣として定着しているので面倒くさいと感じることもない。
むしろ仕事では「熱心だ」と評価されることも多く、周囲の役に立つこともけっこうある(特に「言った」「言わない」の水掛け論争の時には役に立つ)。
この癖はアウラという別人に入れ替わっても変わることはなく、この二年間も桜子はアウラとして様々なメモをとりつづけていた。
ぶ厚い手作りの名簿の数ページを開いて、手をとめる。
「あった。たしかに全員、奥方が私付きの女官だった貴族ね。今は全員、解雇した」
「そうでしょう。では、私の言うことを信じていただけましたか?」
「その前に。あなた、彼女達がどういう仕事に就いていたか、ご存じ?」
「女官でしょう? あなたの身の回りの世話が役目では?」
「そうね。でも女王付き女官って、数種類いるの」
桜子は説明した。
「一つは、本当に私の身の回りの世話をする者。私が『喉が乾いた』といえば飲み物を用意して、『メモをとりたい』といえば筆記用具を用意する侍女達。これは下級貴族とか、爵位は持っていないけど教育はうけている富裕層の令嬢達から採用するわ。この下にいるのが、掃除や洗濯や繕い物をする下女達。これは町娘や村娘がほとんど。私は顔を合わせることはほとんどないわ。で、女官は、実際に書類作業とかを担当する本物の女官と、形だけの女官がいるの。あなたが挙げた貴族達の奥方は全員、この後者のほうね」
「どういう意味です?」
「あなた、女王の着替え方をご存じ? 二年前まで、私がどんな風に着替えていたか」
「そんな…………男が知る必要のないことでしょう!」
ソヴァールは秀麗な顔を薄ピンクに染めた。理知的な雰囲気が薄れて可愛い印象になり、桜子は(美形は得だ)と実感する。
「ドレスって重ね着よ。下着にコルセット、パニエ、ジュップ(パニエの上に着るペチコート)、ローブ(一番上に着るドレス)、ストマッカー(飾りのついた胸当て)、ヴァトー・プリーツ。さらに靴下をはいて靴をはいて、髪を結って髪飾りをつけて、ネックレスやらブローチやらをつけて…………まあ、とにかく時間と手間がかかるのよ。一人で着れるものじゃないわ」
「そうでしょうね」
「それでも三、四人で分担すれば、三十分くらいには短縮できるの。それでも、服にかける時間じゃないとは思うけど…………でも、以前は二時間以上かかってたわ。何故だと思う? いちいち女官達にやらせていたからよ」
「想像してみて」と桜子はソヴァールにうながした。
「広い部屋に三十人の貴婦人が並んでいる。で、私は貴婦人達の前に、下着とコルセット姿で立たされる。私のまわりには三人の侍女が待機していて、女官長が女官の名前を呼ぶと、その女官が進み出て、持っている着替えを私に渡す。私が礼を述べてそれを受けとり、侍女に渡すと、侍女はそれを私に着せる。これをくりかえして、ドレスも靴もアクセサリーもいちいち女官達からうけとっていくの。非効率的でしょ? 夜会や式典のような礼装、正装だと三時間を越すこともざら。一日中、着替えているようなものよ。女王の仕事の半分は着替えよ。一年中これだもの、二年前の真冬は風邪をひいて死にかけたわ」
そして本物のアウラの魂が、現代日本の雨井桜子の肉体に逃げるきっかけとなったのだ。
ソヴァールも聞いていた兵士達も目を丸くしている。
「非合理的よね。でも大臣達に言わせると、これが代々の伝統であり、王と貴族の絆を深める作法だそうよ。これがあるから、女王と貴族達の絆がたもてるの。まあ、間違ってはいなかったわ。あなたが挙げた貴族達は、これを中止したことで離反のきっかけになったしね」
「え…………」
「あなたが挙げた貴族の奥方達は全員、この非効率的で非合理的な着替えのために雇われた女官よ。私が解雇したのは、それが理由。こんな伝統、つづける意味も価値もないでしょ? でも女官達にとっては、一生を左右する一大事だったみたい。貴族達にとって『高貴な方のお側にいける』『お顔を間近で拝見できる』というのは、庶民が考える以上に名誉で、位置づけを左右するものなのよ。『着替えを一つ手渡すだけ』の仕事は、彼女達にとって『自分がそれを許されるくらい高貴で重要な存在』である証で、この役目をもらえるか否かで、自分や夫の世間での立ち位置が決まるの。だから大臣達も、この伝統をやめさせようとしなかった。たとえ肝心の女王自身が倒れてもね。私はそれを理解できなかった。だからこの伝統を廃止して、着替えは侍女だけで済ませるようにしたの。結果、私は着替えに費やしていた数時間を執務や睡眠に回せるようになり、貴婦人達の心は離れた、というわけ。あなた達が出会った貴族が妻の解雇に憤慨していたのは、それによって貴族社会で自分が重んじられる理由を一つ、失ったからよ」
「た、たしかにそれは非効率的ですが…………女官を解雇する以外の方法はなかったのですか? 彼らは本当に『妻は真面目に仕事していたのに』と憤慨していたのですよ?」
「そうね。真面目に着替えを渡してくれたわ。毎回、二時間整列して、一種類だけ持ってね。くりかえすけど、そのおかげで私は風邪をひいて、死にかけたのよ? そして、それだけのために、彼女達がどれくらい給料をもらっていたか知ってる? 最低でも――――」
桜子は一つの金額を提示した。
「はあ!?」
ソヴァールは、兵士達は目を丸くして声をあげる。
「庶民なら、三年は楽に暮らせる金額ですよ!? それを、着替えを渡すだけの仕事に!?」
(食いつくのはそこか。ま、そうか)
人間、世界が変わっても重視するのはお金だな、と桜子はうっすら親近感を覚える。
「楽な仕事でしょ? 庶民の妻なら、朝から晩までくたくたになるまで働いても、日当はよくて銀貨一枚。でも、あなたが会ったロヴィーサ貴族の奥方達は、たった一日、王宮に伺候して着替えを渡すだけで、金貨がもらえたのよ。ロヴィーサ国庫は大赤字だった。彼女達を解雇して支出を減らしたのは、そんなに罪なこと?」
「それは…………」
「食事もよ。毎回、私一人のために十人分以上の量が並んで…………でも、それも下女下男に食べ残しを回すために必要な量だそうよ。だから私の食事量を一人分に減らして、浮いた材料費を下男下女の食事に回すよう命じたの。そうしたら大臣達は、それも『伝統だ』『食事の質を落とされた下男下女達が怒る』って。あなた、豪華でも他人の食べ残しを出されるのと、多少粗末でも自分のために作られた料理を食べるのと、どちらがいい?」
「…………っ」
「結果的には、これも少し支出をおさえられたのよ? 豪華な十人分を用意するより、そこそこの三十人分を用意するほうが、金額的にはお得だったの」
「…………」
「それに舞踏会や夜会も、今は週に一回。招待客の数を増やして規模は大きくしたけど、それでも二年前に比べれば、支出額は大幅に減ったわ。ドレスや宝石の注文も最低限に削って、今、身につけているのは、すべて手持ちの着まわし。おかげで女王に関する出費は、かなり抑えられてるわ。これでも『贅沢三昧』?」
「しかし、我々が出会った貴族達は…………!」
「そもそも。同じことは、イルシオン王や彼の王妃もやっていたのよ?」
「えっ…………」
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