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本編
26 暁の翼をもつ一族
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こっちに来て、ひと月が経とうとしていた。
穏やかな気候が続いているけど、野営地の周りには平原しかないから、目に付くものは草や岩ばかりで自然の恩恵を目で見る機会はない。
少し先に行けば森があって、そのさらに先には畑や別の町があると聞いた。
その辺に行けば何か違う光景を眺めて楽しめる物もあるのかもしれないけど、積極的に行動しようとは思えなかった。
朝食の忙しい時間が終わり、心地良い日差しの下で洗い終えたタオルを外に干していると、目の前を通り過ぎて行った騎士達の声が聞こえてきた。
「海岸に多くの遺体が流れ着いているらしい。10人乗りの船に、50人乗ってたって話だ」
「もう、港は封鎖されているんだろ?」
「本来なら接岸できないようなところに寄せて、そこで人が死んでここまで流れ着いたって。迷惑な話だよな」
「そもそも、あの大陸周辺が時化で船が出せないだろ」
それだけでも向こうの大陸の混乱が想像できる。
でも、やっぱり何も感じなかった。
もっと気持ちがスッとするのかと思ったらそうでもないし、誰かが死んで悲しいとも嬉しいとも思わない。
私はこの体になって、命に対して何かを感じる感情を永久に失ったのかな。
騎士達の話は続いていた。
「むこうでは戦争が始まったって話もある。まだ小競り合い程度だろうが、戦火が大きくなるのも時間の問題だな。こっちに飛び火しなければいいが」
「それはないだろ」
それから雨の代わりに雪が降り、凍死者もいるとも話していた。
やはり、何も感じなかった。
私のせいだとも思わない。
あの人達が選んだ結果だ。
ただ、元凶のあの人達は未だに、温かいところで食べ物にも困る事なく守られているのだろうか。
世界は常に不公平であり、理不尽なもので溢れている。
もう考えるのはやめて、空っぽになったカゴを持った。
レオン達は、港町や海岸沿いの問題の対処にあたっているので、忙しそうにしている。
そんな中でも、何かと私のところに変わった食べ物を持ってくる事を忘れないし、レインさんに無理矢理誘われてよく食堂で一緒に食事をしている。
私のことは放っておいてくれていいのに、レオンもだけど、意外なことにレインさんも私に構ってくる。
私がレオンに何かしないか、監視しているのかと思えるほどだ。
ここで何かを企んでいるわけではないから、気にしないように過ごした。
調理場の仕事には慣れて、ジーナさんとも随分と親しくなった。
そのおかげで、ここでの生活が楽しいと思える時がある。
「今日は人の出入りが多いですね」
タオルを干し終えて調理場に戻ると、外の様子をジーナさんに報告した。
「商人達が騎士向けに何か売りつけに来たんだろう。連中は、家族のお土産を買ったりするからね。後でシャーロットも見に行ったらいいよ。女性物を多く売っているから、気に入った物があるかもしれないよ」
「はい。そうさせてもらいます」
正式に騎士団のお手伝いとして雇ってもらっているので、お給金をもらっている。
自分で自由に使えるお金を持つなど初めての事だったから、別に何か欲しい物があるわけではないけど、ジーナさんがせっかく言ってくれたから様子を見てみるだけでも悪くはないかなと思っていた。
「シャーロット、裏の食材庫からジャガイモを持ってきてもらっていい?重かったら、その辺の騎士連中に言えば手伝ってくれるから」
「はい、わかりました」
昼食の準備は、まずは食材庫に材料を取りに行くことから始まった。
ジャガイモはカゴに入っていて、持ち上げられない重さじゃない。
ヨイショっと抱えると、そこから外に出る。
調理場から食材庫までほんの少しの距離で何か起きるはずはないのに、それは突然だった。
「イリーナ、無事だったのか」
腕を掴まれていた。
その拍子に、カゴが落ちてジャガイモが散らばる。
驚いて顔を上げると、見知らぬ男の人に腕を掴まれていた。
誰だかわからない人に、恐怖を覚える。
何をされるのかと言葉も出せずに体を強張らせていると、
「その子を、放せ」
剣を男の首筋にあてて、レオンが言った。
気配も何も感じさせずに男の背後に立っていたのは、さすがと言えるかもしれない。
男の人は慌てた様子で私から手を離して、さらに両手をあげた。
「と、突然すまなかった。俺は二大陸間を行き来していた商人で、彼女、イリーナとは幼い頃からの知り合いだ」
「シャーロット、知り合いか?」
レオンが男と私の間に立って、尋ねてきた。
「人違いです。私はシャーロットで、貴方の事は知りません」
私の事をイリーナと呼ぶその人のことは、もちろん知らない。
レインさんに歳が近いように見えて、赤銅色の髪に瞳も少し赤みがかっているように見える。
男の人が傷ついた顔をしたから申し訳なく思ったけど、本当に知らないのだからどうしようもない。
「いきなり失礼なことをした。どうか、許して欲しい」
丁寧に謝ってくるその人は、悪い人ではないのかもしれないけど、
「いえ……」
関わりたくはない。
「最後に一つだけ。君達は、暁の翼をもつ一族をこの辺で見たことはあるか?」
レオンと顔を見合わせてから首を振って答えると、何か納得した様子でこの場を去って行った。
「大丈夫か?シャーロット」
「はい。ありがとうございました」
お礼を伝えてから地面に落ちたジャガイモを拾い集めると、レオンも手伝ってくれる。
「調理場でいいんだよな?」
そして、カゴに入れられた物を運んでくれた。
「おや、レオンが手伝ってくれたんだね」
「ジーナさん。今日は馴染みのない商人も多いから、何かトラブルが起きたらすぐに知らせてください」
「何かあったのかい?」
「シャーロットが、知らない男に声をかけられていたから」
「ああ、なるほどね。私も気をつけておくよ」
レオンとジーナさんの会話を聞き流しながら考えていたことは、ある一族の事だった。
背中に翼のようなアザを、生まれつき持つ一族がいる。
この世界に最初に生まれた、原初の民と呼ばれている。
暁の翼を持つ一族とも言われていて、聖女とはまた別の不思議な力が扱えるそうだ。
今でも尊い存在とされて、同時に、その能力を狙われて奴隷狩りの被害に遭ったりしていると聞く。
ドールドラン大陸の“影”と呼ばれている集団も、原初の民であり、異能を扱うと聞いたことがある。
この体が、その一族の子?
背中を確認しようとは思わなかった。
そうなのだとしても、今の私には何の能力もない。
意味がない事だった。
穏やかな気候が続いているけど、野営地の周りには平原しかないから、目に付くものは草や岩ばかりで自然の恩恵を目で見る機会はない。
少し先に行けば森があって、そのさらに先には畑や別の町があると聞いた。
その辺に行けば何か違う光景を眺めて楽しめる物もあるのかもしれないけど、積極的に行動しようとは思えなかった。
朝食の忙しい時間が終わり、心地良い日差しの下で洗い終えたタオルを外に干していると、目の前を通り過ぎて行った騎士達の声が聞こえてきた。
「海岸に多くの遺体が流れ着いているらしい。10人乗りの船に、50人乗ってたって話だ」
「もう、港は封鎖されているんだろ?」
「本来なら接岸できないようなところに寄せて、そこで人が死んでここまで流れ着いたって。迷惑な話だよな」
「そもそも、あの大陸周辺が時化で船が出せないだろ」
それだけでも向こうの大陸の混乱が想像できる。
でも、やっぱり何も感じなかった。
もっと気持ちがスッとするのかと思ったらそうでもないし、誰かが死んで悲しいとも嬉しいとも思わない。
私はこの体になって、命に対して何かを感じる感情を永久に失ったのかな。
騎士達の話は続いていた。
「むこうでは戦争が始まったって話もある。まだ小競り合い程度だろうが、戦火が大きくなるのも時間の問題だな。こっちに飛び火しなければいいが」
「それはないだろ」
それから雨の代わりに雪が降り、凍死者もいるとも話していた。
やはり、何も感じなかった。
私のせいだとも思わない。
あの人達が選んだ結果だ。
ただ、元凶のあの人達は未だに、温かいところで食べ物にも困る事なく守られているのだろうか。
世界は常に不公平であり、理不尽なもので溢れている。
もう考えるのはやめて、空っぽになったカゴを持った。
レオン達は、港町や海岸沿いの問題の対処にあたっているので、忙しそうにしている。
そんな中でも、何かと私のところに変わった食べ物を持ってくる事を忘れないし、レインさんに無理矢理誘われてよく食堂で一緒に食事をしている。
私のことは放っておいてくれていいのに、レオンもだけど、意外なことにレインさんも私に構ってくる。
私がレオンに何かしないか、監視しているのかと思えるほどだ。
ここで何かを企んでいるわけではないから、気にしないように過ごした。
調理場の仕事には慣れて、ジーナさんとも随分と親しくなった。
そのおかげで、ここでの生活が楽しいと思える時がある。
「今日は人の出入りが多いですね」
タオルを干し終えて調理場に戻ると、外の様子をジーナさんに報告した。
「商人達が騎士向けに何か売りつけに来たんだろう。連中は、家族のお土産を買ったりするからね。後でシャーロットも見に行ったらいいよ。女性物を多く売っているから、気に入った物があるかもしれないよ」
「はい。そうさせてもらいます」
正式に騎士団のお手伝いとして雇ってもらっているので、お給金をもらっている。
自分で自由に使えるお金を持つなど初めての事だったから、別に何か欲しい物があるわけではないけど、ジーナさんがせっかく言ってくれたから様子を見てみるだけでも悪くはないかなと思っていた。
「シャーロット、裏の食材庫からジャガイモを持ってきてもらっていい?重かったら、その辺の騎士連中に言えば手伝ってくれるから」
「はい、わかりました」
昼食の準備は、まずは食材庫に材料を取りに行くことから始まった。
ジャガイモはカゴに入っていて、持ち上げられない重さじゃない。
ヨイショっと抱えると、そこから外に出る。
調理場から食材庫までほんの少しの距離で何か起きるはずはないのに、それは突然だった。
「イリーナ、無事だったのか」
腕を掴まれていた。
その拍子に、カゴが落ちてジャガイモが散らばる。
驚いて顔を上げると、見知らぬ男の人に腕を掴まれていた。
誰だかわからない人に、恐怖を覚える。
何をされるのかと言葉も出せずに体を強張らせていると、
「その子を、放せ」
剣を男の首筋にあてて、レオンが言った。
気配も何も感じさせずに男の背後に立っていたのは、さすがと言えるかもしれない。
男の人は慌てた様子で私から手を離して、さらに両手をあげた。
「と、突然すまなかった。俺は二大陸間を行き来していた商人で、彼女、イリーナとは幼い頃からの知り合いだ」
「シャーロット、知り合いか?」
レオンが男と私の間に立って、尋ねてきた。
「人違いです。私はシャーロットで、貴方の事は知りません」
私の事をイリーナと呼ぶその人のことは、もちろん知らない。
レインさんに歳が近いように見えて、赤銅色の髪に瞳も少し赤みがかっているように見える。
男の人が傷ついた顔をしたから申し訳なく思ったけど、本当に知らないのだからどうしようもない。
「いきなり失礼なことをした。どうか、許して欲しい」
丁寧に謝ってくるその人は、悪い人ではないのかもしれないけど、
「いえ……」
関わりたくはない。
「最後に一つだけ。君達は、暁の翼をもつ一族をこの辺で見たことはあるか?」
レオンと顔を見合わせてから首を振って答えると、何か納得した様子でこの場を去って行った。
「大丈夫か?シャーロット」
「はい。ありがとうございました」
お礼を伝えてから地面に落ちたジャガイモを拾い集めると、レオンも手伝ってくれる。
「調理場でいいんだよな?」
そして、カゴに入れられた物を運んでくれた。
「おや、レオンが手伝ってくれたんだね」
「ジーナさん。今日は馴染みのない商人も多いから、何かトラブルが起きたらすぐに知らせてください」
「何かあったのかい?」
「シャーロットが、知らない男に声をかけられていたから」
「ああ、なるほどね。私も気をつけておくよ」
レオンとジーナさんの会話を聞き流しながら考えていたことは、ある一族の事だった。
背中に翼のようなアザを、生まれつき持つ一族がいる。
この世界に最初に生まれた、原初の民と呼ばれている。
暁の翼を持つ一族とも言われていて、聖女とはまた別の不思議な力が扱えるそうだ。
今でも尊い存在とされて、同時に、その能力を狙われて奴隷狩りの被害に遭ったりしていると聞く。
ドールドラン大陸の“影”と呼ばれている集団も、原初の民であり、異能を扱うと聞いたことがある。
この体が、その一族の子?
背中を確認しようとは思わなかった。
そうなのだとしても、今の私には何の能力もない。
意味がない事だった。
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