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本編
45 揺れる大地
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慰労会が終わって数日。
レオンとの関係も含めて、何も変わらない日々を過ごしていた。
今のまま、穏やかで平凡な毎日が幸せなのだと。
私は、ささやかな平穏以外、何も望んでいなかったのに、これ以上の何かを求めるつもりはなかったのに、それは突然だった。
就寝時間になり、夜着に着替えてベッドの中に入る。
目を閉じると、今日はやたらと通路から足音が響いていた。
どことなく殺気だった空気もある。
それから、異変も感じた。
精霊が騒いでいる?
それを意識すると、急にダイアナの精霊達の気配が遠くに移動したのを感じた。
その瞬間だった。
ゴゴゴゴと地鳴りがしたかと思うと、横になっているのに、体を支えていられないほどの揺れに襲われる。
ベッドの端にしがみつかないと、振り落とされそうなほどだった。
どこかで建物が壊れていてもおかしくない。
それほどの揺れ。
室内の椅子は倒れ、テーブルは暴れているように動いている。
ダイアナが急にいなくなったから、身動きが取れない精霊達が怒っている。
この揺れは、その子達の怒りの表れだ。
私についてきた精霊達は、私のすぐそばにいる。
壊れて無くなりそうなほど揺れ続ける大地を鎮めるために、精霊に願った。
今だけ、彼女の代わりにこの大陸を支えてあげてと。
怒り狂う月の子達を宥めてと。
私の願いを聞いた精霊達が動く。
地面の揺れはすぐに治めたけど、それも、暫定的だ。
やはり、異なる大陸で生まれた者には、恒久的にここを支える力はない。
ここの大陸の精霊を従わせて、加護を与えることはできない。
とてつもない魔力の消費を感じていた。
神聖魔法が使えない私は、ただでさえ元々の魔力が少ない。
それが、回復する間もなく消耗している。
まるで、大地に生命力が丸ごと吸い取られていくかのような。
冷たい手で、直接心臓を鷲掴みにされたような感覚を受ける。
でも、危機的な異変は無くなった。
ホッと息を吐くと、
「シャーロット!!」
レオンらしくない行動だけど、非常時のためか、部屋に飛び込んできた。
「怪我はないか?」
夜着姿には構わず、険しい顔で私の状態を確認している。
手を借りてベッドから降りると、真っ先にそれを尋ねていた。
「私は大丈夫です。でも、ダイアナが、ダイアナは、どこに?」
「シャーロットには分かるんだな。ダイアナ様がいなくなったんだ。侍女がわずかな時間、退室している間に」
ほんの短時間で、ダイアナは遠くに行ってしまっている。
ダイアナの意思ではない。
彼女がこの大陸から連れ出されたら、どうなるか。
大気の精霊達の存在を確認する。
彼女の後を追って動いている。
早くダイアナを連れて帰らなければ、星の精霊達ももたない。
「入るぞ!!レオン、シャーロット、すぐに来い。皇帝が呼んでいる」
部屋に入って来たレインさんの表情は、レオン以上に険しいものだった。
ダイアナの事が心配なのは、聞かなくても分かる。
「皇帝陛下が、何故シャーロットを?」
「神官が報告した内容に、シャーロットの名前が出たからだ」
レオンが、私を見た。
「揺れを鎮めるために、私が精霊にお願いしたから……」
精霊が視える神官なら、私がした事にも気付くはずだ。
着替える時間も惜しまれて、夜着の上から上着を着ると、レオンに手を引かれて場所を移動していた。
皇宮の一室に、多くの人が集められていた。
その中で被害の報告を一緒に聞いた。
ほんの少しの時間だったのに、幾つもの地割れが起きていた。
近隣だけでも、建物だって壊れている。
「今は、シャーロット様に付き添う精霊が、この大陸を支えている状態です」
神官が皇帝に報告した。
「どれくらい、もつんだ?」
その言葉は、私に直接向けられる。
「長くは……恒久的なものではありません。いつ、この命が尽きるか、やはりこの大陸では異質なものであって、私が支えることができるのは限定的です」
レオンが、私を気遣わしげに見た。
心配をかけているのか、悲愴感すら漂わせている。
ダイアナはおそらく原初の民の能力によって、一瞬で場所を移動させられたのだと、騎士からの報告がなされた。
そんなことまでできるのかと驚くけど、できてもおかしな話ではない。
あの使者の一団の中に、聖女を誘拐したものが混ざっていた可能性もあると。
皇帝の勅命で、ドールドラン大陸に詳しい騎士が、すぐにでも出立することになった。
その中には、レオンやレインさんが含まれる。
レオンが救出に行くのなら、異常気象の影響が一時的に小さくなるはずだから、私もついていきたい思いもあった。
それを伝えても、もちろんレオンは首を振る。
「ダメだ。ここにいてくれ。ここに、いて欲しい。シャーロットはせめて、何も変わらない生活を送っていてほしい。ダイアナ様は大丈夫だから。すぐに取り戻すから」
レオンの方が、自分に言い聞かせるように言っているみたいだった。
ここを離れることの不安もあるから、それ以上、強くは言えない。
レオン達を見送っても、向かった方向をずっと見つめていた。
結局、残って、ダイアナの代わりにこの大陸を支える方がいいと判断した。
向こう側がどんな状況になっているのか分からないのが、心配だ。
私には祈ることしかできない。
レオン達の乗る船が無事でありますようにと。
荒れ狂う海が、その行手を阻むことのないようにと。
きっと、祈りは届くはずだ。
レオンとの関係も含めて、何も変わらない日々を過ごしていた。
今のまま、穏やかで平凡な毎日が幸せなのだと。
私は、ささやかな平穏以外、何も望んでいなかったのに、これ以上の何かを求めるつもりはなかったのに、それは突然だった。
就寝時間になり、夜着に着替えてベッドの中に入る。
目を閉じると、今日はやたらと通路から足音が響いていた。
どことなく殺気だった空気もある。
それから、異変も感じた。
精霊が騒いでいる?
それを意識すると、急にダイアナの精霊達の気配が遠くに移動したのを感じた。
その瞬間だった。
ゴゴゴゴと地鳴りがしたかと思うと、横になっているのに、体を支えていられないほどの揺れに襲われる。
ベッドの端にしがみつかないと、振り落とされそうなほどだった。
どこかで建物が壊れていてもおかしくない。
それほどの揺れ。
室内の椅子は倒れ、テーブルは暴れているように動いている。
ダイアナが急にいなくなったから、身動きが取れない精霊達が怒っている。
この揺れは、その子達の怒りの表れだ。
私についてきた精霊達は、私のすぐそばにいる。
壊れて無くなりそうなほど揺れ続ける大地を鎮めるために、精霊に願った。
今だけ、彼女の代わりにこの大陸を支えてあげてと。
怒り狂う月の子達を宥めてと。
私の願いを聞いた精霊達が動く。
地面の揺れはすぐに治めたけど、それも、暫定的だ。
やはり、異なる大陸で生まれた者には、恒久的にここを支える力はない。
ここの大陸の精霊を従わせて、加護を与えることはできない。
とてつもない魔力の消費を感じていた。
神聖魔法が使えない私は、ただでさえ元々の魔力が少ない。
それが、回復する間もなく消耗している。
まるで、大地に生命力が丸ごと吸い取られていくかのような。
冷たい手で、直接心臓を鷲掴みにされたような感覚を受ける。
でも、危機的な異変は無くなった。
ホッと息を吐くと、
「シャーロット!!」
レオンらしくない行動だけど、非常時のためか、部屋に飛び込んできた。
「怪我はないか?」
夜着姿には構わず、険しい顔で私の状態を確認している。
手を借りてベッドから降りると、真っ先にそれを尋ねていた。
「私は大丈夫です。でも、ダイアナが、ダイアナは、どこに?」
「シャーロットには分かるんだな。ダイアナ様がいなくなったんだ。侍女がわずかな時間、退室している間に」
ほんの短時間で、ダイアナは遠くに行ってしまっている。
ダイアナの意思ではない。
彼女がこの大陸から連れ出されたら、どうなるか。
大気の精霊達の存在を確認する。
彼女の後を追って動いている。
早くダイアナを連れて帰らなければ、星の精霊達ももたない。
「入るぞ!!レオン、シャーロット、すぐに来い。皇帝が呼んでいる」
部屋に入って来たレインさんの表情は、レオン以上に険しいものだった。
ダイアナの事が心配なのは、聞かなくても分かる。
「皇帝陛下が、何故シャーロットを?」
「神官が報告した内容に、シャーロットの名前が出たからだ」
レオンが、私を見た。
「揺れを鎮めるために、私が精霊にお願いしたから……」
精霊が視える神官なら、私がした事にも気付くはずだ。
着替える時間も惜しまれて、夜着の上から上着を着ると、レオンに手を引かれて場所を移動していた。
皇宮の一室に、多くの人が集められていた。
その中で被害の報告を一緒に聞いた。
ほんの少しの時間だったのに、幾つもの地割れが起きていた。
近隣だけでも、建物だって壊れている。
「今は、シャーロット様に付き添う精霊が、この大陸を支えている状態です」
神官が皇帝に報告した。
「どれくらい、もつんだ?」
その言葉は、私に直接向けられる。
「長くは……恒久的なものではありません。いつ、この命が尽きるか、やはりこの大陸では異質なものであって、私が支えることができるのは限定的です」
レオンが、私を気遣わしげに見た。
心配をかけているのか、悲愴感すら漂わせている。
ダイアナはおそらく原初の民の能力によって、一瞬で場所を移動させられたのだと、騎士からの報告がなされた。
そんなことまでできるのかと驚くけど、できてもおかしな話ではない。
あの使者の一団の中に、聖女を誘拐したものが混ざっていた可能性もあると。
皇帝の勅命で、ドールドラン大陸に詳しい騎士が、すぐにでも出立することになった。
その中には、レオンやレインさんが含まれる。
レオンが救出に行くのなら、異常気象の影響が一時的に小さくなるはずだから、私もついていきたい思いもあった。
それを伝えても、もちろんレオンは首を振る。
「ダメだ。ここにいてくれ。ここに、いて欲しい。シャーロットはせめて、何も変わらない生活を送っていてほしい。ダイアナ様は大丈夫だから。すぐに取り戻すから」
レオンの方が、自分に言い聞かせるように言っているみたいだった。
ここを離れることの不安もあるから、それ以上、強くは言えない。
レオン達を見送っても、向かった方向をずっと見つめていた。
結局、残って、ダイアナの代わりにこの大陸を支える方がいいと判断した。
向こう側がどんな状況になっているのか分からないのが、心配だ。
私には祈ることしかできない。
レオン達の乗る船が無事でありますようにと。
荒れ狂う海が、その行手を阻むことのないようにと。
きっと、祈りは届くはずだ。
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