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何とか鼻で呼吸が可能になったメリンダは、未だ地面を転がっています。
その横に立つハーバートさんが、メイソン子爵の指示を受けたからなのか、こちらに杖の先端を向けました。
明らかに正常な状態にないハーバートさんをどうすればいいのか、胸の前で自身の拳を握りしめていると、そんな私の横で、
「うーん……薬じゃないね」
「ですね。あれは、何かしらの魔法です。初めて見ました」
「それなら、食べる?」
「食べます」
美味しいお菓子を分け合うようなお二人の会話でしたが、そんな微笑ましいものではないのは分かります。
アタナシアさんとイライアス様とのそんな会話が繰り広げられている最中でも、ハーバートさんはどこを見ているのか、でも杖の先端を向けている方向は私がいる場所で、
「加護が動く。大丈夫だよ」
イライアス様ののんびりとした言葉が聞こえて、竦み上がる間もなくその杖の先から放たれた火球は、目の前で、私を守るように出現した光に弾かれて消滅しました。
私の身の上には、何も起きていません。
空気すら震えていませんでした。
「────!」
今度は、アタナシアさんが聞き取れない言葉を発すると、掲げた杖の先から放たれた犬が、ハーバートさんの体を貫いて消えました。
膝をついて、胸を押さえたハーバートさんに、思わず駆け寄ります。
「ハーバートさん!!」
俯いていた顔は苦悶に歪んでいました。
「すまない……俺は……よりにもよってエリを、傷つけるところだった……」
でも、私を見る眼差しは光を宿し、気遣うような優しげなものでした。
良かった。いつものハーバートさんです。
「私は大丈夫です。守ってくださったのも、ハーバートさんです。お怪我は、ありませんか?」
「大丈夫だ。心配をさせてしまった。依頼を受けた帰りに襲撃を受けて、記憶を奪われそうになって、咄嗟に自分の記憶を封印して、焦るあまりに大切なエリとの思い出もしまい込んでしまったから、こんな状況になってしまったんだ。すまなかった。エリを傷付けてしまって」
「ハーバートさんが謝る必要など、何一つありません。ハーバートさんが無事なら」
そんな会話をする私達の背後には、“計画が狂った”と、ワナワナと震えている人達がいました。
今度はハーバートさんが怒りを滾らせて、彼らを見つめています。
それは、今まで見たことがないほど憎悪に満ちたもので、背筋を冷や汗が伝っていきます。
ふらつきながらも立ち上がるハーバートさんを支えると、視線は子爵達を睨んだまま、片腕で私の頭を抱き寄せて、顔を自身の胸に押しつけて、それはまるで何も見るなと言うようで……
視界が閉ざされると、ハーバートさんの杖を握っていた腕が動く気配がありました。
それからすぐに聞こえてくる、断続的な男女の悲鳴。
何が起きているのか、ハーバートさんが、今、どんな顔で、何をしているのか、私には知る術がありません。
鼓動がやたらと近くで聞こえているのを、自分以外の体温と共に感じていることしかできませんでした。
どれだけそうされていたのか、ハーバートさんの体が離れ、視界が開放されると、誘拐の主犯の二人は、宙をみつめて、ボーッとしています。
口の端から涎を垂らし、目からは光が失われていました。
二人が座りこんでいる地面には、不自然なシミも生まれています。
あーとか、うーとか、言葉ではない声も発しています。
その姿に、本能的な怖れを感じ、思わずハーバートさんの服にしがみついていました。
「エリ」
安心させるように名前を呼んでくれた人を見上げると、見慣れたハーバートさんの姿です。
「ハーバートさんはね、自分にかけられた禁術をラーニングして、そのままあの人達にやり返したんだよ。だからもう、あの人達は、ハーバートさんのことを忘れているよ。しばらく動けないだろうね」
それだけではなかったのだと思いますが、アタナシアさんが簡単には説明してくれました。
「やぁ。他国の魔法使いさんだね」
今度はそんな声が聞こえてそちらを見ると、イライアス様が人好きのする笑顔で残された魔法使いに話しかけていました。
もう一人残っているのを、すっかり忘れていました。
「私はこの国の第一王子だ。君は、我が国の登録魔法使いを無断で連れ出そうとしていたのかな?国際条約以前の問題で、問答無用で拘束されてもおかしくないよね。たとえ、フロンティア公国の魔法使いだとしても。今なら、記憶を奪うだけで帰してあげるけどどうする?でも、その前に全て話してもらわないとならないかなぁ。最近、獣人の傭兵団が大量に流入してあちこちで騒ぎを起こしているんだ。何か知ってるかな?ああ、でも、君は、禁呪を使用する魔法使いなんだよね。君自身が問題を運んでいる可能性もあるのかな?困ったなぁ。あ、もしかして君、今流行りの“梟”だったりする?」
少しも困ったような表情ではなく、相変わらず微笑を浮かべたままです。
大人しくしていると思った魔法使いが攻撃するように杖を掲げて、思わず声をあげそうになりました。
そうして放たれた何かではありましたが、イライアス様は剣を一振りしただけで、涼しい顔をしています。
「さぁ、話を聞こうかな」
それで分かったことを簡単に言うと、子爵家の当主が、司祭から司教に推薦してもらう為の賄賂として、知識を持ったハーバートさんを差し出すといったものでした。
何かを実行するための協力者を大公家令息が探していて、その為に獣人の傭兵と、この魔法使いを駆り出したそうです。
でも、何を実行しようとしているのかは、わかりません。
幸い、いい土産があると言っただけで、ハーバートさんの情報はまだどこにも伝えていないので、この場だけの処理でどうにかなるようでした。
という内容の情報を、アタナシアさんが無力化している間に、ハーバートさんが頭に手を乗せるだけで抜き取ってしまっていました。
魔法使いさんが三人もいれば、本当に色んなことができるようです。
国が一人でも多くの魔法使いを囲いたがるはずでした。
その横に立つハーバートさんが、メイソン子爵の指示を受けたからなのか、こちらに杖の先端を向けました。
明らかに正常な状態にないハーバートさんをどうすればいいのか、胸の前で自身の拳を握りしめていると、そんな私の横で、
「うーん……薬じゃないね」
「ですね。あれは、何かしらの魔法です。初めて見ました」
「それなら、食べる?」
「食べます」
美味しいお菓子を分け合うようなお二人の会話でしたが、そんな微笑ましいものではないのは分かります。
アタナシアさんとイライアス様とのそんな会話が繰り広げられている最中でも、ハーバートさんはどこを見ているのか、でも杖の先端を向けている方向は私がいる場所で、
「加護が動く。大丈夫だよ」
イライアス様ののんびりとした言葉が聞こえて、竦み上がる間もなくその杖の先から放たれた火球は、目の前で、私を守るように出現した光に弾かれて消滅しました。
私の身の上には、何も起きていません。
空気すら震えていませんでした。
「────!」
今度は、アタナシアさんが聞き取れない言葉を発すると、掲げた杖の先から放たれた犬が、ハーバートさんの体を貫いて消えました。
膝をついて、胸を押さえたハーバートさんに、思わず駆け寄ります。
「ハーバートさん!!」
俯いていた顔は苦悶に歪んでいました。
「すまない……俺は……よりにもよってエリを、傷つけるところだった……」
でも、私を見る眼差しは光を宿し、気遣うような優しげなものでした。
良かった。いつものハーバートさんです。
「私は大丈夫です。守ってくださったのも、ハーバートさんです。お怪我は、ありませんか?」
「大丈夫だ。心配をさせてしまった。依頼を受けた帰りに襲撃を受けて、記憶を奪われそうになって、咄嗟に自分の記憶を封印して、焦るあまりに大切なエリとの思い出もしまい込んでしまったから、こんな状況になってしまったんだ。すまなかった。エリを傷付けてしまって」
「ハーバートさんが謝る必要など、何一つありません。ハーバートさんが無事なら」
そんな会話をする私達の背後には、“計画が狂った”と、ワナワナと震えている人達がいました。
今度はハーバートさんが怒りを滾らせて、彼らを見つめています。
それは、今まで見たことがないほど憎悪に満ちたもので、背筋を冷や汗が伝っていきます。
ふらつきながらも立ち上がるハーバートさんを支えると、視線は子爵達を睨んだまま、片腕で私の頭を抱き寄せて、顔を自身の胸に押しつけて、それはまるで何も見るなと言うようで……
視界が閉ざされると、ハーバートさんの杖を握っていた腕が動く気配がありました。
それからすぐに聞こえてくる、断続的な男女の悲鳴。
何が起きているのか、ハーバートさんが、今、どんな顔で、何をしているのか、私には知る術がありません。
鼓動がやたらと近くで聞こえているのを、自分以外の体温と共に感じていることしかできませんでした。
どれだけそうされていたのか、ハーバートさんの体が離れ、視界が開放されると、誘拐の主犯の二人は、宙をみつめて、ボーッとしています。
口の端から涎を垂らし、目からは光が失われていました。
二人が座りこんでいる地面には、不自然なシミも生まれています。
あーとか、うーとか、言葉ではない声も発しています。
その姿に、本能的な怖れを感じ、思わずハーバートさんの服にしがみついていました。
「エリ」
安心させるように名前を呼んでくれた人を見上げると、見慣れたハーバートさんの姿です。
「ハーバートさんはね、自分にかけられた禁術をラーニングして、そのままあの人達にやり返したんだよ。だからもう、あの人達は、ハーバートさんのことを忘れているよ。しばらく動けないだろうね」
それだけではなかったのだと思いますが、アタナシアさんが簡単には説明してくれました。
「やぁ。他国の魔法使いさんだね」
今度はそんな声が聞こえてそちらを見ると、イライアス様が人好きのする笑顔で残された魔法使いに話しかけていました。
もう一人残っているのを、すっかり忘れていました。
「私はこの国の第一王子だ。君は、我が国の登録魔法使いを無断で連れ出そうとしていたのかな?国際条約以前の問題で、問答無用で拘束されてもおかしくないよね。たとえ、フロンティア公国の魔法使いだとしても。今なら、記憶を奪うだけで帰してあげるけどどうする?でも、その前に全て話してもらわないとならないかなぁ。最近、獣人の傭兵団が大量に流入してあちこちで騒ぎを起こしているんだ。何か知ってるかな?ああ、でも、君は、禁呪を使用する魔法使いなんだよね。君自身が問題を運んでいる可能性もあるのかな?困ったなぁ。あ、もしかして君、今流行りの“梟”だったりする?」
少しも困ったような表情ではなく、相変わらず微笑を浮かべたままです。
大人しくしていると思った魔法使いが攻撃するように杖を掲げて、思わず声をあげそうになりました。
そうして放たれた何かではありましたが、イライアス様は剣を一振りしただけで、涼しい顔をしています。
「さぁ、話を聞こうかな」
それで分かったことを簡単に言うと、子爵家の当主が、司祭から司教に推薦してもらう為の賄賂として、知識を持ったハーバートさんを差し出すといったものでした。
何かを実行するための協力者を大公家令息が探していて、その為に獣人の傭兵と、この魔法使いを駆り出したそうです。
でも、何を実行しようとしているのかは、わかりません。
幸い、いい土産があると言っただけで、ハーバートさんの情報はまだどこにも伝えていないので、この場だけの処理でどうにかなるようでした。
という内容の情報を、アタナシアさんが無力化している間に、ハーバートさんが頭に手を乗せるだけで抜き取ってしまっていました。
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国が一人でも多くの魔法使いを囲いたがるはずでした。
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