出来損ないと呼ばれた公爵令嬢の結婚

奏千歌

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ハーバート(1)

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 常に薄暗く、ジメジメとしている場所が、俺が幼少期を過ごした場所だった。

 物心ついた時には、すでに汚泥の中で生活していた。

 それまでどうやって生きてこられたのか、両親の顔は知らない。

 自分がどんな出自なのかも分からない。

 正確な年齢も分からない。

 ろくな整備もされていない悪臭が漂う裏路地で、食べ物と飲み水を求めて彷徨う毎日だった。

 生きるためには、誰かが捨てた生ゴミも平気で拾って食べていた。

 盗みと、人を傷付けること以外は、自尊心など考えずに何でもやった。

 善悪を誰かに教えてもらったわけではない。

 本能で、それをやってはいけないと感じていた。

 楽な方に逃げて、それで手を汚すと、この先に何も残らないと。

 名乗る名前もなかった俺に、ハーバートという名前を与えてくれたのは、道端で死の淵にあった年老いた男性だった。

 彼は、旅の途中で病に蝕まれ、道半ばで命が尽きようとしていた。

 望むままに末期の水を彼のもとに運んであげると、それを自分の名前とすればいいと最期に俺に告げ、この世を去った。

 彼がどんな人生を送った果てに、あの道端で死を迎えることになったのかは分からない。

 俺に名前を与えてくれた、名前を知らない老人の遺体を、地面に埋めてあげる作業も、誰にも助けてもらえることなく一人で行った。

 それからも、ずっと一人で過ごした。

 薄暗い世界しか、俺は知らなかったからだ。

 建物と建物の間に潜むよう過ごし、病気にもならずに運良く生き続けることができていたが、6~7歳の頃だったか、たまたま近くを通りかかった大きな馬車が、運が悪いことに、違法な奴隷商の馬車だった。

 馬車の中から突然投げられたロープは首に引っ掛けられ、捕まり、枷をはめられ、馬車に押し込められる。

 そこから先は、なんの自由もない生活が待っていた。

 売られた先は、貴族の家、メイソン子爵家だった。

 そこで、実質奴隷としての生活が始まった。

 苦痛と空腹の毎日で、ただただ、農奴として体を痛めつけて労働に従事する毎日だった。

 鞭が飛んでくる環境が常で、茶色の土をひたすら耕し、それが終わると牢と同義の部屋に、数人単位で押し込まれる。

 冷たい土の上に直に寝るしかなく、隙間風は冬の季節に死者を出したほどだった。

 俺を飼っている貴族の男が聖職者だと、誰かが話しているのを聞いて皮肉なものだと感じていた。

 その貴族の娘が、また、性悪な女だった。

 子供の頃からすでにあの残忍な性格は出来上がっており、同じ年頃である俺に、事あるごとに苦痛を与えに来ていた。

 メリンダ。

 人の顔が苦悶に歪むのを、積極的に見たがるような女だ。

 自ら鞭を振るうことも、望んでやるような女だった。

 何度、一度しか与えられない食事を床に落とされ、それを食べろと言われたことか。

 ただ、感情を殺して淡々と従っていれば、興味が薄れるのも早かった。

 人として扱われないのなら、その間はプライドなど忘れればいい。

 ここから抜け出す機会は、必ずやってくる。

 今の子供の力では叶わなくとも、生きていれば必ず。

 自分に言い聞かせることで、希望を繋いでいた。

 そんな生活に変化があったのは、俺がおそらく12才くらいになった頃だった。

 誰かが畑に手の平サイズの本を落としていき、それを拾った瞬間、頭の中に次々と何かが流れ込んできた。

 それは初めてのことで、奇妙な感覚に支配され、それが、文字とわかり、文章を理解し、知識となって自分のものになるのはほんの一瞬のことだった。

 何が起きたのか、戸惑い、それを理解するのに時間がかかった。

 自分自身が別の生き物になったようでもあった。

 その奇妙な感覚の正体は、魔法。

 今まで文字や本に触れる機会がなかったから、俺の魔法に気付くことがなかったんだ。

 それを自覚した途端に、知識に飢えた。

 本に触れたかった。

 自分が知らないことを、もっと、もっと知りたくなった。

 新聞の切れ端、使用人用の掲示板、誰かが書き損じたメモからも、得られるものは全て読み取って学習した。

 少しずつ、少しずつ、知識を増やしていたのに、その魔法が使えることが、子爵達にバレたことで俺の置かれる状況をまずくした。 

 どこかから連れてこられた別の魔法使いに“鑑定”され、利用価値があると判断した子爵は、俺を完全に支配下に置くことをまず最初に決めた。

 最初は、メリンダを妻にすること提示し、俺を懐柔しようとした。

 でも、あんな女と家族となるなど、そんな悍ましい事を例え言葉だけだとしても受け入れるはずがない。

 メイソンはすぐに手段を変え、数人の男達に体を床に押さえつけさせると、何かの薬を無理矢理口に放り込んできた。

 それは、強力な麻薬で、依存性の強い作用のせいですぐに俺の自我は奪われかけていた。

 薬を渇望する欲に、支配されそうになる。

 牢に放り込まれ、一人悶え苦しむ中、自身の腕を隠し持っていたナイフで斬りつけることで正気を保つ。

 そして、力を、魔力を振り絞って、あの、“鑑定”を施した魔法使いから“学習”した魔法を使い、子爵家の手の内から逃げ出していた。

 その衝撃で建物が半壊していたのだとしても、俺が気にかける余裕なんかなかった。











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