どうやら世界が滅亡したようだけれど、想定の範囲内です。

化茶ぬき

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第一章

第7話 命を賭ける価値

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 世界がこうなったときのための道具を用意していたのは、何も自宅にだけでは無い。そもそもが移動すること前提だったわけだから、あらかじめ駅などにあるロッカーの中に予備の武器や保存食、それに薬をバッグに詰めて預けておいた。自分でも用心深過ぎると思うが、現実的に役に立っているんだ。まさに転ばぬ先の杖だな。

 すでに日が暮れていて、外は奴らの時間だ。かといって、れなを放って朝になるのを待って行動したのでは間に合わないかもしれない。ならば、危険を冒してでも今、行く必要がある。

「……本当は一人で行くつもりだったんだが……」

「そうはいきません。スケボーを壊してしまった償いも出来ていませんし、お手伝いできることがあればなんでもします」

 ならば待っていてもらいたいところだが、経験上こんな風に真っ直ぐな表情を見せる男は引き下がることを知らない。まぁ、二人以上のほうが都合が良いのも確かなんだが。

「それなら止めはしない。すぐにでも向かいたいところだが、まずは仮説を証明する。懐中電灯持っているか?」

「はい、いくつかありますが」

「小さいほうが良いな。あればヘッドライト」

「ヘッドライトはありませんが、小さいのなら。何に使うんですか?」

「奴らは夜目が利く。つまり、昼間は目が見えないってことになる。まずは日の光に弱いのだろうと仮説を立てたが、建物内から外まで俺を追ってきたところを見るに、おそらくは人を人と判断すれば、見失うまでは何があっても追ってくるってことだろう」

「それは……厄介ですね」

「だな。だが、逆に言えば逃げ切れさえすれば追ってこないってことだ。そして、また別の仮説。奴らは何を見て、人を人と判断するのか、だ。ピット器官のように熱で判断しているのなら、日の光は関係ないし、何より今は秋だ。日差しが強いとは言えない。なら、虫を狙う魚のように動きで? いや、ゾンビもどきも動き自体はそれほど変わらない。意味のある動き、意図の無い行動、それを一見して判断できるのなら、あそこまで短絡的に人を追うことは無いだろう。ならば――何が違うのか。わかるか?」

「違うのは……目、ですか?」

 それがわかるということは、一度でも相対して戦ったことがあるということだ。まぁ、そうでなければ出会い頭で思い切り木刀を振り下ろすことなど出来ないだろうが。

「そうだ。俺の予想では奴らは目の色で人かどうかを判断しているのではないかと思う」

「つまり、目さえ見られなければいい、と……ん? それだとサングラスで良くないですか? 懐中電灯は何に……」

「さっき、奴らは夜目が利くと言ったが、それは夜だから見えるのではなく、おそらく暗闇の先が見えるのではないか、と思う。まぁ、これも仮説だが――目を見せないのでは無く、光で見せなくさせるほうが効果的なのでは? とね」

「なるほど。だから懐中電灯ですか。ヘッドライトなら、向こうから見れば眩しくて顔が見えない」

 話しながら、渡された二つの小さな懐中電灯を血液感染を防ぐために用意していたダテ眼鏡の脇に括り付けて、それを修司に手渡した。

「そういうことだ。昼間でも人を認識すれば外でもお構いなしに襲ってくるが、認識されなければ問題にはならない。まずは仮説を証明しなければ行動のしようも無い。修司、この辺りのことは詳しいか?」

「まぁ、近所ではありますが」

「じゃあ、俺は仮説を証明している間に奴らに見つからないようにバイクを探してきてくれ。もちろん、動くやつをな」

「動くバイクですか……わかりました」

 体育館を出たところで別れた修司は入ってきた方向とは反対に向かった。それなら、俺は正面に行かないとな。動き易くするためにバックパックは置いてきたが、現状で使える武器は銃と伸縮警棒のみ。とはいえ、暗闇の中で狙いを付けて銃を打つのは無理がある。どれだけ特訓したとしても一般人の域は出ないわけだからな。

「――おい、どこに行くつもりだ?」

 ドアの前で座り込んで警備をしていたホスト風の男の横を通り過ぎようと思ったら声を掛けられて身を屈めた。

「子供の片割れが病気で薬を取りに行く。今から、そのための実験をしてくる」

「そうか。言っておくが、俺はまだお前を信用してねぇ。死ぬなら勝手に死ね」

「……ああ、その予定だ」

 壁から覗き込むように門の外に視線を向ければ、数匹の陰が見える。さすがに陰った月明かりでは判別が難しいが、居るのは間違いない。

 ヘッドライトのスイッチを入れて――さぁ、命を賭けてみようか。

 一歩を踏み出す。

 何が恐怖かと言えば、これは俺だけでなく下手をすればこの場にいる全員を巻き込んだ賭けだからだ。今はまだ園内の中。門のこちら側だ。この時点で見つかれば押し寄せてきたゾンビもどきが門を押し壊すだろう。たった一人の少女のために犯す賭けか? と問われれば難しいところだが、目の前のただ一人の少女を救えずに安眠できるほど、俺の責任は軽くない。

「ふぅ――」

 一先ずは門の前まで来た。念のために警棒を伸ばして、門を越えた。

 薄々気が付いていたが……数メートル先をゾンビもどきが通り過ぎていく。一瞥すらしないとなると、正解かもしれない。確認のために歩くゾンビもどきの目の前で立ち止まってみたが、するりと避けて過ぎていく。

 ゆっくりと背を向けて門のほうに向かってみるが、それでも襲い掛かってくる様子は無い。これでどちらの仮説も証明できた。

 門を越えて、建物に入ってからヘッドライトを切った。

「実験とやらは成功したのか?」

「まぁ、一応は」

 とはいえ、生きた心地はしない。夜に出歩くことが可能になったとしても、極力は避けるのがベストであることに違いは無い。

 バイクのほうはどうなったかと別れたほうへと向かうと、丁度バイクを押してくる修司が居た。無事だったか。

「あ、戎崎さん。このバイクで良かったですか?」

「大型――しかも、ヤマハのボルトか。チョイスは悪くないがどこで見つけたんだ?」

「近くに中古のバイク屋があるんです。そこで、一番手近だったものを。あ! それよりもどうでしたか? 俺の方は遭遇せずに済みましたが、そちらは……?」

「仮説は証明された。早速、薬と武器を取りに行くぞ。……というか、このバイクどうやって園内に持ってきた?」

「裏口は正面の門と違ってドアなので出入りは簡単なんです。ただ、高さがある分、奴らの侵入の心配は無いので」

 だから見張りは正面の門だけってことか。

 ガソリンは七割程度。荷物が置いてある駅のロッカーに行って帰ってくるには十分だが、大型なだけに故障が心配だな。まぁ、駄目ならどこかで別の乗り物を調達すればいい。今は一刻も早く。

 ヘルメットは無いがバイクゴーグルは用意しておいてよかった。

 夜の街にエンジン音が響くが、奴らに聴覚は無い。それに加えてバイクのヘッドライトと俺の付けているヘッドライトで姿が見えていないだろうから、思いの外に快適なツーリングと言える。

「修司! 大丈夫か!?」

「っ――は、はい! 大丈夫! だと、思います!」

 お互いに風を切る音に負けぬよう大声で。

 腰に回された腕と密着する体から伝わってくるのは――恐怖と、期待だろうか? あの場で決定権を持ち合わせていたのは年長で元警官の武蔵だと思うが、おそらく双子や園児より、言うまでも無くホスト風の男より、誰よりもあの場に留まることに危機感を持っていたのは修司だ。そうでなければ、そもそもスケボーを壊したから、なんて理由で良く分からない相手を安全な場所に案内するはずが無い。なんたって、こんな世界だからな。つまり、修司は相手がどんな者であれ変化が欲しかったのだろう。感化された武蔵にもお礼を言うべきだな。

 停滞を望む者は先が見えていない証拠だ。在庫を食い潰すだけでは、いずれ限界が来るのは間違いない。今の修司を見る限りではそれを理解していたとは思えないが、それでも変化を望むのであれば――俺は手を差し伸べよう。

 そう考える者が一人でもいる限り、十分に命を賭ける価値がある。俺、一人の命なら。
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