どうやら世界が滅亡したようだけれど、想定の範囲内です。

化茶ぬき

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第二章

第25話 信仰と信念

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 教会へ向かうためマンションを降りていく途中で、不意に柳木さんが口を開いた。

「そういえば、二人はどんな武術を学んだのだ? あの動きは素人のそれではないだろう」

「俺のほうは言わなくてもわかるだろ。学生時代に齧ったボクシングを元に、体を鍛え直したんだ。あとは一撃で急所を狙える正確さをな」

「故の鉄甲か。背中側にあるのは鉈か?」

「ああ。ナイフより頑丈で、包丁より切れ味抜群だ」

「ボクシングでの間合いに慣れているからこその得物というわけか。で、戎崎くんは?」

 これから敵陣に乗り込もうってのに緊張感が無いな。まぁ、変に固くなられるよりはいいが。

「俺は仲間の一人に対人格闘を習ったんだ。あと銃の扱いとか色々な」

「その仲間というのは?」

「元自衛隊員。生きているのか、という意味ではわからない」

「そうか。武器の扱いも習ったのか?」

 その言葉に、柳木さんの視線が俺の尻にある刀に向いているのがわかった。

「いや、ナイフ以外は独学だ。ちなみにこの刀はノコギリだ。他に持っているのは警棒とハンマーだな。知ったところで役に立つか?」

「もちろんだ。味方がどんな武器を使い、どう戦うのかによって私の立ち振る舞いも変わる。重要なことだ」

 そういうもんか、と視線を送れば勘違いに気が付いた。土門はどうだかわからないが、柳木さんは緊張の裏返しだ。今から向かうのは門下生を殺し攫っていった者たちの居城だ。怒りもあれば役割りとしての憤りもある。話すことで気を静める他にないか。

 マンションを出て教会へと向かう途中で、どこからバリケードの内側へ入ろうかと考えていたが悩むまでも無かった。確かに有刺鉄線は張られているが、越えられない高さではないし、方法もある。

「土門、これを」

 一番背の高い土門にバックパックから取り出したタオルを渡せば、有刺鉄線を覆うように掛けた。

「じゃあ、俺から行くぞ」

 バリケードの塀を越え、タオルで覆った部分から土門が向こう側に行ったのを確認し、俺は壁に背を付けて柳木さんの足場になるよう構えた。すると意図を察したのか、構えた手に足を掛けて跳び上がった。

 最後に俺が塀に上ったところで背後を確認すれば、まだゾンビもどきの姿は見えていない。

「よし。行くか」

 教会の敷地内には樹が茂っている。これは対人であれ対ゾンビであれ有効な手だ。攻撃を防げるし、隠れることもできる。一応、上から誰もいないことは確認済みだが慎重に進むことに変わりない。

 とはいえ、何事もなく扉の前へ辿り着いた。

 中から漏れ出てくる声からすると、今まさに祈りを捧げている最中らしい。

「どうする?」

 扉の前に立った土門が振り返って問い掛けてきた。

 普通にノックして入ろうと思っていたのだが、それを言うよりも先に煙草を銜えたジャージ姿の男が教会から出てきて、こちらに気が付いた。

「っ――なんだお前――らッ!」

 咄嗟の反応で土門が男を蹴り飛ばすと激しい音を立てながら扉が開かれた。タイミングが悪過ぎる。

「はぁ……仕方が無い」

 呟いて教会の中に足を踏み入れれば、背を向けた長椅子に座ったジャージ姿の者たちが振り返っていた。突き刺さる視線が痛いが――目算で男が三十五、女が十。加えて教祖が一人。

「何者だ、貴様等!」

 教祖の言葉に反応して途端に臨戦態勢って感じだが、掌を向けて制すれば動きを止めた。

「あ~……別にカチコミにきたわけじゃないから矛を下ろしてくれ。話し合いがしたい」

「先に手を出しておいて何をふざけたことを――!」

 側近っぽい男が食って掛かってきたが、確かにその通りだ。倒れている男を前に否定することは出来ない。

「これは事故だ。他意は無い。本当に話し合いをしたいだけなんだが……見返りが必要なら用意するぞ?」

「……良いだろう。見返りは必要ない。但し、話はこの場で。皆にも聞いてもらおう」

 駆け引きだ。これだけ多くの信者がいる中で、あからさまに何かを求めることはせず、要求に応えることはわかっていた。

 信者たちの視線が柳木さんに向かっていることに気が付き、二人の男が教祖の下に駆け寄ったのは道場の生き残りだと報告するためだろう。つまり、数人掛かりだとしても柳木さん一人に勝てないことを知った。それだけでもこちらに有利なほうへと話を進めやすい。

 今にも襲い掛かってきそうな信者たちの間を抜けて教祖の前までやってきて、軽く頭を下げた。

「俺は戎崎。こっちは土門で、こっちは柳木。そちらは?」

「私は楽望会教祖、天橋あまのはし孔雀くじゃく。それで、なんの御用かな?」

 敵意を背にしたまま話し合うのはあまり気分が良いものではないが、贅沢は言えないな。まずは軽い世間話から。

「紹介どうも。まぁ、教祖様とでも呼ばせてもらうが――ここは何を信仰している?」

「何を、ではない。誰を、だ。つまり、私自身を。私と――私の血を信仰しているのだ」

 有りがちだが、わかりやすい。

「理念は?」

「選ばれし者だけが楽園へと進める」

「〝選ばれし者だけが楽園へと進める〟」

 教祖に続いて信者が声を揃えて言葉を繰り返した。統率と洗脳か。嫌な感じだ。

「選ばれし者ってのはこの場にいる奴らのことか?」

「その通り。だが、君らにも資格はある。この世界は蠱毒なのだ! 我々だけが生かされ、そして再び殺し合う! また生き残った者だけが女を手にし子を作る。さすれば楽園へと招かれるだろう」

 蠱毒だなんだは世界が滅亡してから取って付けたっぽい言い回しだが、信仰ってのは自分で物事を考える思考力も奪うものらしい。甘言も何も無い。ただの戯言だ。

「そんな……そんな馬鹿げた考えで……私は――私の、門下たちは――」

 怒気を孕んだ柳木さんの呟きは俺と土門にしか聞こえていない。我慢の限界かな。聞きたいことはまだあるが、話の流れ的にも今しかない。

「その生き残った者にあてがう女についてだが、そちらで勝手にやる分には構わない。だが、無理矢理連れて来られた者は解放してもらえないか?」

「連れて来られた者? なんのことだかわからないな」

 まぁ、恍けられるのは想定済みだ。

「連れて来られた者の中には俺の知り合いもいてね。あまり事を荒立てたくはないんだが……どうする?」

「どうするも何も、知らないものは知らないのだ。事を荒立てるというのならそれでも良いぞ。そちらが宜しければな」

 人数差から考えてもこちらが圧倒的に不利なのは間違いないが、じゃあ帰ります、と言ったところで素直に帰してはくれないだろう。ならば引くよりも押すとしよう。

「そうか。じゃあ――こうしよう」

 取り出した拳銃を教祖に向かって構えれば、背後の信者たちが一斉に動き出したのがわかった。

「私を殺したところで彼らは止まらない。種はすでに蒔かれているのだ。私一人がいなくなったところで何も変わりはしない!」

 相対している俺には強がりを言っているとわかるが、盲目的に信仰している奴らにとっては教祖の言葉全てが疑う余地の無い真実だ。おそらくは俺が何を言っても聞く耳を持たないだろう。状況が状況だ。世界の滅亡は、宗教家にとって都合が良過ぎる。

「……わかった。争いはお互いにとって良い結末を生まないはずだ。なら、こうしないか? 昨日攫った女子供だけでも解放してくれれば俺たちの出会いは無かったことにして、この場所のことも忘れてやる」

 言いながら銃を仕舞えば、教祖は鼻から漏れた笑いを隠すように口を開いた。

「仮に、その居るかもしれない女子供を解放したとして、こちらにどんなメリットがあると言うのだ? もう良い。聞け、皆の者! 今からこやつらを殺した者にはボーナスを与える! 好きな女を選ぶ権利だ」

 その瞬間、俺たちの入ってきた扉が勢いよく閉じられた。

 見た限り、出入り口はあそこだけ。まぁ、予備の避難口なんかも確実にあるだろうが、それを探すよりは目の前の扉を開けたほうが手っ取り早い。

「俺は本当に、穏便に済ませたかったんだがな」

 取り出したのは車を爆発させたときと同じ材料を容れたガラス瓶。飛び出た布に火を付けて、閉ざされた扉に向かって放り投げた。すると、拳を構えていた土門が大きく息を吸い込んだ。

「死にたくなければ全員物陰に隠れろぉお!」

 とはいえ、威力は抑えてある。飛び散るガラスさえ当たらなければ怪我をすることもない。

 土門の言葉で三十分ほど前の爆発と同じものだと気が付いたのか、信者たちは一斉に椅子の影に身を隠し、そして――爆発した。

 威力の大きさを想定できていたから、すぐに動き出せた。開いた扉を確かめてから、一先ずは蹲っている教祖がすぐには動けないように蹴りを入れた。

「作戦通りだ! 柳木さんは地下への道を探して女子供を解放しろ。俺と土門はこの場を死守だ」

「すまない」

 すれ違いざまに言った柳木さんは倒れている教祖を飛び越えて教会の奥へと進んでいった。

 信者がこの場に勢揃いしているのなら、俺たちがするべきことは女子供の安全の確保だ。そのためには柳木さんが適任だった

「どうにも嫌な方向に進んでいくな、零士」

「ああ、まったくだ。この様子じゃあ、もう一つの予感も当たってそうだが……殺すなよ」

「はいよ」

 信者たちの視線は教祖に向かっている。三十人以上を相手に殺さず殺されず、か。面倒だが、俺は俺のやり方を貫かせてもらう。

 土門は鉄甲ではなく普通のメリケンを付けている。当然、俺のほうも銃は無しだ。ナイフも使えない。加減が難しいラバー警棒も使わない。対人なら素手でも良いが、その相手は皆が皆、木刀や金属バットや鉄パイプを握り締めている。ならば、こっちは伸縮警棒を二本持ちだ。

「警告だ! 怪我をしたく無い者、嫌々従っている者、安全な場所への避難を求める者は武器を捨てろ! そうすればこちらから危害を加えることはしない!」

「黙れ! そんな言葉に騙されるか!」

 言葉を投げ掛けたところで鼻息を荒くしている信者たちには無意味か。

 戦いたくないのは本音だ。だが、それでも――誰にだって曲げらないところがある。俺の場合は、望む者には救いの手を差し伸べて、望まざる者には無関心を決め込む。それなのに邪魔をするというのなら、強硬手段も仕方がない。

 まぁそもそも、数で制して人を殺して抵抗できない女子供を攫ったって時点で――柳木さんほどではないにしろ、俺の沸点は到に過ぎているのだが。
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